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5-2 夢じゃない。

 ゆっくりと、意識が浮上してきた。ぼんやりと重たい頭を巡らせて、薄く目を開く。――あれ? 真っ暗だ。  今目を開いたと思ったのに、何も見えない。焦りは覚醒を促した。ハッとして飛び起きる。オレは一体、どうしたんだ?  身体が痛い。嫌に冷えている。固く冷たい床に直に横たわっていたらしい。手が自由に動かせない。どうやら、背中で固定されているようだ。外そうとしても手首が擦れて痛みを覚え、縄か何かで両手を縛られているのだと知る。  闇に目を凝らしてみると、次第に物の輪郭が浮かび上がってきた。完全なる暗闇じゃない。そのことに少なからず安堵する。  窓も何も無い、薄暗い部屋。……いや、正確にはあったのかもしれない。何かで塞がれているんだ。その証拠に壁の一点、隙間から光が僅かに差し込む部位がある。それのおかげで、室内の様子が仄かに見えるんだろう。  外の光? だとしたらまだそう日は傾いていない。あまり時間は経っていないんだ。  何から? ――そうだ、オレは確か誘拐されたんだ。  、急に横脇に車が停って……中から出てきた大人の男に、掴まれて引きずり込まれた。  騒いだら、殴られて……そこから記憶が無い。きっと、あの男達にここに連れてこられたんだ。  ここは……何処なんだろう。オレ……殺されるのか?  いや、落ち着け。たぶんそれは無い。だって、オレは〝金持ちん家の子供〟だ。誘拐するとしたら、目的は身代金だろ? だとしたら、金を受け取るまでは生かしとく筈じゃないのか。  犯人達の姿は見当たらないようだけど……今下手に騒がない方がいい。考えろ。どうするか。  目は見えてる。目隠しはされてない。口にも違和感はない。声は出せそうだ。腕は縛られてるけど、足は自由に動く。拘束は腕だけみたいだな。――アイツら、オレが子供だからって、舐めてんな?  そこはかとない不安と恐怖はあるものの、頭は冷静だった。だって、オレには確信がある。――タカだ。タカが来てくれる。  オレが攫われるとこ、タカが見てたもん。タカはきっと、すぐに警察に連絡してくれる。だからきっと、その内必ず助けが来る。それまでの辛抱だ。  ――タカ、オレ負けないよ。  とりあえず、今オレに出来ることはなんだ? あまり明瞭でない視界の中、辺りを探る。キラリと一瞬、何かが光った。丁度、差し込む光の当たる床の位置。……何か落ちてる?  近付いてみる。石……? 先の尖った石かと思った。掌サイズ。何かに使えるかも。とりあえず背を向けて、結ばれた両手でそれを掴んだ。 「ッ……」  指にピシッと、軽い衝撃。その後ピリピリとした痛みが走る。指、切った? これ……もしかして、石じゃなくてガラスか?  窓ガラスとかが割れた破片? 何にせよ、これだけ鋭利なら縄を切るのに使えるんじゃないか。……そう思ったけど、両手とも縛られてたら上手く使えない。頑張ってみたけど、一層指の傷を増やしただけに終わる。――駄目か。  内心溜め息を吐いた時、不意に物音がして、次の瞬間強い光が室内に差した。……入り口。扉が開かれた。そこから、見覚えのある男が姿を見せる。オレを車に連れ込んだ奴だ。  そいつは他にもう一人連れていた。――男の子。十歳前後、同い年くらいの。紫がかった黒髪の。俯いた前髪に隠されて、顔はよく見えない。 「ここに入ってろ」  犯人はそう言って、その男の子を突き飛ばすように入室させると、ろくに中を確認もせずにそのまま扉を閉めた。静かにしていたから、もしかしたらオレが起きたことにすら気が付かなかったのかもしれない。  再び暗くなる室内。一瞬だけ見えた向こう側……建物の中だった。どこかの施設の一室なんだ。犯人達は別室に、たぶん近くに居る。  そう、複数犯の筈だ。さっきの奴の他に、車を運転してた奴もいる。もしかしたら、他にも仲間がいるのかもしれない。  今しがた連行されてきた男の子も、オレと同じで誘拐されてきたのかな。様子を窺おうと、その子がいる辺りに近付く。  すすり泣きが聞こえた。男の子が、泣いている。小さく震える、微かな声。酷く怯えたような、心許ない音色。  ……そうだよな。怖いよな。オレも同じだよ。オレだって、タカが来るって信じられなかったら、今頃もっと取り乱してる。 「――だいじょうぶだ」  そっと声を掛けた。驚いたような気配が返ってくる。 「だいじょうぶ。きっとすぐに助けがくる」  タカが、絶対何とかしてくれる。オレ達は必ず助かる。 「だから、何もこわくない。――泣くな」  そう言って、笑い掛けた。暗くて表情まで伝わったかは分からないけど、それでも男の子は泣き止んだ。 「だいじょうぶだ、一人じゃない。オレもいる」  ――あれ?  こんな夢、そういやこないだも見なかったっけ? ふと、そんな不思議な感覚が生じた。  夢? ……ああ、そうだ。これ……夢じゃないんだ。夢じゃ、なかったんだ。  ゆっくりと、意識が浮上してきた。ぼんやりと重たい頭を巡らせて、薄く目を開く。――目の前は、今度は暗闇じゃなかった。人だ。人の姿が、段々と実像を結んでいく。 「起きたか」  声を掛けられた。それで、ハッとして目を覚ました。すぐ近くに、男が居た。特徴の薄い、何処にでも居そうなサラリーマン風の。数秒間戸惑いに見つめた後、ふっと思い出す。そうだ、見たことのある顔だ。 「アンタは……」  ――今朝の、痴漢リーマンだった。

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