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6-6 裡に秘めた理由 ◆

 結局、何度果てたのか分からない。イったばかりでより敏感になっている先端を責められ続けては、達する速度もどんどん早くなり、四ノ宮が「つまらない」と言っては幾度も繰り返された。  ついでとばかりに後ろに入っているプラグのバイブレーションまでスイッチを入れられ、途中からは声を抑えるどころじゃなくなり、見兼ねた四ノ宮がオレの口にハンカチを詰め込んだ。  オレは何回か気絶したと思う。よく分からない。その度にプラグの振動を強くされたり雄を握られたりと、強い刺激を与えられて引き戻された。  人が来なかったのは、奇跡だと思った。けど、よくよく考えてみれば、そこは両隣廃業した無人の店やら廃墟の裏手で、実は四ノ宮が狙って連れ込んだのだと、後になって悟った。何にせよ、誰かに気付かれなかったんなら、それでいい。  腰の痙攣が止まらない。もう立てない。もう射精()ない。ていうか、最後の方はもうなんか違うのが出てたぞ。精液でも尿でもない、水みたいな……何だよもう、どうなってんだよ。  ずたぼろに泣かされて使い捨てられたゴミみたいに惨めに、オレは路地裏の狭いスペースに身を縮めるようして転がっていた。  それでも、プラグは挿さったまま微振動を続けている。敢えて弱にしてあるのか、このくらいならばもう慣れてしまって何も感じなくなった。  カチリ、ボタンを押す音がして、四ノ宮がプラグのスイッチを切った。途端に内部の振動も止み、低く唸るようなバイブ音も消え去ると、路地裏で聞こえるのはオレの呼吸音だけになった。  不意に口中に指を突っ込まれて、詰められていたハンカチを取り除かれた。口が自由になる。 「壊れちゃいましたか? トキさん」 「……な、ぃ」  ――まだ壊れてない。  声が掠れて上手く喋れない。 「こういうこと、よくやるのかって訊きましたね。……そうですね。それなりに遊んできましたかね」  今更、先の問い掛けの答えが返ってきた。 「んで……だ?」 「はい?」 「なんで……こんなこと、するんだ?」  やっと、声が出た。 「何でって、変なこと訊きますね。楽しいからに決まってるじゃないですか」 「ぉとこが、すきなのか?」 「まさか。――大嫌いですよ、男なんて」  その瞬間、四ノ宮の表情が歪んだ。いつも花のように可憐に美しく笑う四ノ宮の表情が、そんな風に嫌悪を顕にする様は初めて見た。  嫌悪……いや、憎悪? あまりにも強い感情が、ほんの一殺那だけ覗いてはすぐに掻き消えた。それは、この天使みたいな悪魔が、確かに人間(ひと)であることを思わせるような、生々しい激情の表情(かお)だった。 「……しのみや?」  思わず覗き込むように見上げる。だけど、四ノ宮はもう既にいつもの表情に戻っていて、先程見せた強い情念のようなものは、今は全く感じさせなかった。 「さて、トキさん。それでは、当初の目的通り僕の家に向かいましょうか」 「え? ……まだ、行くのか?」  まだ解放されないのか? 嘘だろ……。もうボロボロだぞ、オレ。 「当たり前でしょう。ちょっと寄り道をしただけです。トキさんもまだ壊れていないようですし、最後まで付き合って頂きますよ」 「む、無理……! も、歩けない!」 「少し休んだから、もう行けるでしょう。まだ本格的に掘られた訳でなしに、連続射精くらい何ですか。男でしょう? 僕なんて一晩で何十発と元気にイけますよ」 「絶倫かよ! お前と一緒にすんな!」 「ほら、元気になってきた」  ぐぅ……っ若者の体力が逆に恨めしい……。  四ノ宮に服を着せられて、手を引っ張られた。立ち上がる。やっぱり、産まれたての子鹿みたいに足腰がプルプルした。 「さぁ、出発しましょう」 「ま……待ってオレ! 歩けないって、マジで!」 「だらしがないですね。仕方ない。おんぶしてあげますよ」 「……マジで?」  そんな、何としても行くのか……。  女の子みたいに華奢で可愛い見た目をしているくせに、四ノ宮は意外と力持ちだった。オレを背に負うと、何なく持ち上げてスタスタ歩き始める。……何か、お姫様抱っこも恥ずいけど、これはこれで女の子におぶられてる男、みたいな図で恥ずかしいな……。 「……四ノ宮」 「何ですか?」 「どうして、嫌いなのに男を抱こうと思うんだ?」 『楽しいから』――本当に、それだけか? 「……貴方もしつこいですね。逆に、何でそんなこと訊いてくるんです? どうでも良いでしょう?」 「良くない」  寸の間、間があった。四ノ宮は少し驚いたようだった。 「だって……何かお前、辛そうじゃん」  さっきの表情が、胸に引っ掛かっていた。四ノ宮がこういうことをするのには、絶対何か理由がある。……そんな気がしてならない。  はっ、と乾いた笑みが背中越しに飛んできた。 「相変わらずのお人好しっぷりですね。辛そう? 僕が? 貴方何処に目がついているんですか? 楽しくなければしませんよ、こんなこと」 「でも……」 「もう黙って。そろそろ、人の多い通りに出ますよ。無駄口は終了です」  躱された気がする。ともかく、大通りに出るのなら確かにこれ以上は際どい話は出来ない。オレは言われた通り口を噤んで、四ノ宮の背に顔を埋めた。  静かにしていると、段々意識が薄れてきた。四ノ宮の背中の温度、ぽかぽか心地好い。さっき散々イかされ続けて疲れたせいもあるだろう、オレは気が付けばそのままの姿勢で昏睡状態になっていた。「トキさん」と揺り起こされた時には、周囲の景色はまるで見覚えのない場所に変わっていた。 「ん……ここは?」 「もうじき、僕の家に着きますよ。そろそろ起きてください。というか、よくこの状況で眠れますね。貴方、鋼の精神ですか?」  後半、呆れたように溜息を吐かれた。うっせ、主にお前のせいで前後不覚になるくらい疲労したんだろ! 最早、気絶だろ!  ……って言ってやりたいけど、怖いので黙っとく。代わりに「もう大丈夫だ。自分で歩く」と主張して下ろして貰った。まだ多少ふらついたけど、寝たおかげで歩ける程度には回復出来た。  四ノ宮の家は、須崎ん家と似たり寄ったりの小さな(オンボロ)アパートだった。須崎ん家みたいに傾いてはいないけど、何だか周囲にもあまり人の気配がなく、しんと静まり返っていて一層寂しい印象がある。アパートを見上げるオレに、四ノ宮が問うた。 「物珍しいですか? お金持ちのお坊ちゃまのトキさんには」 「……いや、そんなこともない」  ご家族の方も一緒なのか? と訊いたら、一人暮らしだと言う。……四ノ宮も一人暮らし勢なのか。  お目当ての一室に向かいながら、彼は鞄の中を探り始めた。たぶん、鍵を探してるんだ。程なくして見つけたようで改めて顔を上げると、四ノ宮は途端に何かに気が付いたように、はたと立ち止まった。 「四ノ宮?」  疑問に思って呼び掛ける。驚いたように硬直する彼の視線の先――見知らぬ中年男性が、こちらを見ていた。ニヤニヤと、俗物的な下卑た笑みを浮かべて。  ……誰だ? 何か、嫌な感じだな。 「久しぶりだね、郁くん」  その男は無遠慮にこちらに寄ってくると、迷わず四ノ宮に声を掛けてきた。 「――逢いたかったよ」  そう思っていたのは少なくともそいつの方だけだということは、四ノ宮の固い表情が克明に物語っていた。

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