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7-9 三つ巴お見舞い合戦

「へ~、タカっちはトッキーの幼馴染なんだぁ」 「はぁ、まぁ……」  寝室のベッドサイド。五十鈴センパイに絡まれて、タカは少々辟易している。それもそうだ。風邪を引いて休んだ幼馴染のお見舞いに駆け付けたら、いきなり初対面の……しかも一個上の先輩が居たんじゃ、誰だって面食らうだろう。  オマケに、彼だけじゃない。 「花鏡、おじや温まったよ」  ひょいと寝室の入口から九重が顔を出した。そこにはいつもの優等生モードの仮面の笑みがにっこりと貼り付けられている。レンジで加熱したコンビニおじやを両手で慎重に運び込み、ベッド脇のサイドテーブルに置くと、彼はスプーンを手にして言った。 「食べさせてあげる」 「え、いや自分で」 「花鏡、熱があるんだから、無理しないでいいよ。ほら、あーん」 「いや、マジでいいって!」  おじやを一掬い、スプーンが迫る。たじたじになったオレとの間に、すかさずタカが割って入った。 「俺がやる」  爆ぜる空気、リターンズ。 「いいよ、僕がやるよ」 「俺が持ってきたやつなんだから、俺がやる」 「風見はお客さんなんだから、何もしなくていいよ。座って寛いでなよ」 「お前も同じ立場だろう」  黒い笑みを浮かべる九重と、眉間に皺を寄せたタカの間で、おじやの器が行ったり来たり。それを愉快げに眺める五十鈴センパイと、唖然とするオレ。――何だ、この絵面。  タカはどうやら、何度もオレに連絡をくれていたらしい。オレが携帯をタワマンの方に置いてきたもんだから、オレからの返事が無くて心配を募らせていたようだ。  訪問者がタカと知れると九重は「追い返せ」と主張したが、そうもいかない。正直お怒りの九重に連れ戻されそうだったオレ的にはグッドタイミングの助け舟だった。  タカは先客達の存在に目を丸くした。特に、初対面の五十鈴センパイ。同じ生徒会役員で九重共々お見舞いに来てくれたという事にしたけど、センパイの見た目が派手なもんだから、本当に副会長なのかって怪しまれたりした。  何とか納得して貰ったけど、次は九重とタカの摩擦問題だ。この二人はある意味似た者同士なくせに、やたら仲が悪い。何かにつけてこうして小競り合いを繰り広げる。そして、五十鈴センパイはそれを面白がって全く止めやしない。必然的にオレの胃が痛くなる。  タカの前だと九重はまだ取り繕って優等生モードなので、センパイがちょくちょく九重の言動の変わり様に笑いを堪えていて、それがまた傍から見ていてハラハラする。  頼むから、皆仲良くしてくれ。――そう思った矢先、二人の手元からおじやの器がつるりと滑って、直後オレの上に降り注いだ。 「熱っつぁ!?」 「わぁあ!! トキ!!」 「花鏡っ!!」 「あーぁ」  加熱したての熱々おじやを胸元に被ったオレは、その熱さに思わず飛び起きた。顔じゃなくて良かった……。 「もっ……お前ら、仲良くしろよ!」  濡れたパジャマの前を開いて冷やす。おじやの具が肌の上を滑り落ちた。てか、心労で余計に熱が上がった気がする。吐息が熱い。潤んで揺れる視界の中、タカと九重を軽く睨み付けた。二人共ぐっと息を呑んだ気配の後、それぞれに気まずそうに顔を逸らして謝った。 「……済まない、トキ」 「ごめん、花鏡……」 「分かればよろしい!」 「大丈夫ぅ? トッキー。火傷してない?」  五十鈴センパイがタオルでオレの胸元を拭い始めた。どろりとした汁の濡れた感覚が広がって、ぞくりと身を竦める。すると、先程収まったかに見えた争いが再び勃発した。 「先輩、それは俺がやります。幼馴染として」 「いや、僕が。ここは会長として責任を」  そうして、今度はタオルの奪い合いになる。オレは呆れて声を失くしたけど、何か段々笑えてきた。思わず笑みを零すと、それに気付いた皆がキョトンとこっちを見た。 「トキ?」「花鏡?」「トッキー?」三人の声が揃ってオレを呼ぶ。 「ごめ、何か……おかしくって」  なんだろうな。仲悪いくせに、変に息ピッタリっていうか……。やっぱ、タカと九重って似てるよな。  つーか、熱で心細いのとか諸々、皆のバカ騒ぎ見てたら飛んだ。 「サンキュな。皆……来てくれてさ。何か、元気出た」  ニカッと歯を見せて笑み掛けてやると、皆ハッと瞠目して、各々はにかんだように笑み返してくれた。 「はいはい、そうは言ってもトッキーはまだ熱が高いんだから、二人共無理はさせないようにね?」  五十鈴センパイの総括に、タカと九重がしおらしく「はい……」なんて返事するから、オレはまたぞろ笑った。  そんな場合じゃないって分かってるけど、皆が居て何か嬉しい。このままこういう時間がずっと続けばいいのにな……なんて思った。  その後、オレは九重がわざわざ出前で買い直したおじやを皆が見守る中食べた。(何か恥ずかった)そうして、お腹いっぱいになったらウトウトしてきて、少し眠ったらしい。目を覚ましたら、タカが居なかった。  五十鈴センパイの話によると、タカと九重は互いに相手が先に帰るまで不動の構えで牽制し合っていたようだけど、結局は九重の粘り勝ち……というか、あまり長居するとオレの体調が更に悪化すると踏んだタカが気遣って先に帰ったのだとか。 「幼馴染くんは、トッキーのこと本当に大事に想ってるんだねー。何処かの誰かさんと違って」  煽るような文言と共にセンパイが九重に視線を向ける。九重は最早センパイの前では本性を隠す気はないらしく、優等生モードをかなぐり捨てた素の不機嫌顔で鋭く問うた。   「アンタはいつまで居るつもりだ?」 「だってオレ、トッキーに泊めてもらうって約束したもん」 「……なに?」  そうだ、その件。 「そうなんだ。五十鈴センパイ泊まるとこ無いって言うから、暫くここ使ってもらおうと思って……。悪い、九重、勝手に決めて。ここの家賃は、やっぱオレが出すからさ」  オレの説明に、九重は顰めっ面で応じた。 「お前は、またそういう余計なお節介を……。まぁいい。どうせ何言っても無駄だろうから、それに関しては構わない。じゃあ、帰るぞ」 「へっ?」  何だって? 虚を衝かれて固まっていると、次の瞬間九重にベッドから抱き上げられた。オレが驚きの声を発するより先に、五十鈴センパイがツッコんだ。 「え? その状態で連れてくの? ここで安静に寝かせといた方が良くない?」 「アンタと一緒に残していくのは危険だからな」 「えー、何それ、信用無いなぁ。むしろ、キミと一緒の方が危ないんじゃない?」  九重が金色の瞳でギロリと睨むも、センパイはやっぱり堪えない。 「ていうか、二人は一緒に住んでるんだねぇ。タカっちは何も知らなさそうだったけど?」 「アンタには関係ない」 「アンタなんて酷いなぁ。学校では〝先輩〟って可愛く呼んでくれてたくせに」  九重の眼光が鋭くなる。ああ、また空気が重い。頭痛え……。 「えっと……る、ルームシェアすることになったんだ。ひょんなことから。でも、タカはあの通り心配性だし、オレの親も厳しいから皆には秘密っていうか……。センパイも、言わないで頂けると助かるっていうか……」  しどろもどろ説明すると、センパイは「ふーん、まぁいいけど」と、何処か含みのある物言いだが一応は了承してくれた。九重はそれ以上話すことは無いとでも言うかのように、さっさとセンパイに背を向けて歩き出してしまう。  オレは慌ててセンパイに挨拶を告げた。 「センパイ、今日は色々ありがとうございました!」 「うん。じゃあ、またねトッキー。お大事にね。……レンレン、トッキーを虐めたら承知しないからね?」  九重は何も返事しなかった。オレが嫌がる素振りを見せなかったからか、今度は五十鈴センパイも止めなかった。  オレは皆と過ごして少し浮かれてたんだと思う。九重ももう、この後また「お仕置きだ」なんて言い出さないだろうと、何処かで高を括ってた。  ――だけど、それは大いなる過ちだったと知る。

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