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7-10 理由の分からない痛み ◆

 いつものように車田さんに送って貰って、タワマンに帰宅した。九重は下車からずっとオレを横抱きにしたまま、オレが自力で歩くと抗議しても知らんぷりだった。  フロントでも、エレベーターでも。恥ずくて気まずい時間が流れた末に、到着した最上階。九重は玄関でもオレを下ろさず、ようやく開放されたのはリビングのソファの上だった。  下ろすというより、殆ど投げ込むみたいな勢いだった。それでもソファの質が良いので、ぼふんと沈んだけで痛くはなかった。  にしても、なんだよ乱暴だな。……って抗議してやりたかったのに、オレが口を開くより先に九重がオレの服を脱がし始めたもんだから、ギョッとした。 「なん……っ九重!?」 「確認だ。本当に五十鈴( あの男)に何か変なことされてないか」 「へっ変なことって」  確認だと? 今、そんなことされたら――!  走る焦燥。オレは九重の手を掴んで制止を試みた。 「な、何も! 何もされてない! 本当だ!」  そう、。  必死に訴えかけるも、九重は納得せず。煩わしげにオレの手を振り解き、自身の制服のネクタイを外すと、オレの両手首を纏めて縛り上げた。熱のせいかやっぱり力が入らず、拘束を解こうとしてもビクともしない。焦りが増幅していく。 「九重!」 「暴れるな。何も無いのなら、そんなに慌てる必要も無いだろう。……怪しいな。何を隠している?」  息を呑む。ヤバい。ヤバい。  九重は早々にオレのズボンと下着を剥ぎに掛かった。オレは足をばたつかせて逃れようとしたけど、オレの脚の間に九重が身体を入れてきて、抑え込まれてしまう。  いよいよ、下が露にされた。止める暇も無く、九重は今度はオレの脚を持ち上げて、真っ先にそこを〝確認〟した。そうして、顔色を変える。 「……何で、怪我してる?」  血の気が引いた。――見られた。オレの、裂かれた蕾。 「こ、れは……違っ」 「何が違う」  九重は人差し指で状態を確かめるように、そこを撫でた。切れた縁がピリピリする。汗がじわりと浮き出て、入口がひくついた。  張り詰めた空気の中、指が突如内部へと割り入ってきた。 「――ッ!?」  息を詰めた。痛む入り口。汗の滑りだけで無理に侵入された内部はキツく、反射的に異物を押し戻そうとする。けれど、昨夜散々快楽を植え付けられてしまったそこは、内壁を擦られるとすぐに指一本でも甘く絡み付く反応を見せた。九重の表情が強張る。 「五十鈴か?」  低い声。いっそ、静かな……けれど、苛烈な怒りを孕んだそれに、オレは叩かれたように身を竦めた。 「ち、違う……」 「嘘を吐くな」 「嘘じゃない! 本当に違う!」 「じゃあ、誰だ」 「それ……は」  言える訳が無い。言ったら、四ノ宮がどんな罰を受けるか分からない。  言い淀んでいると、促すように指が内部で暴れ出した。 「ひッ!」 「言え」  九重はすぐに一点に狙いをつけた。オレの弱い箇所。ぐりぐりと重点的にそこばかりを擦られ、疼きが身体を支配し始める。歯を食いしばり堪えていると、一度引き抜かれ、直後本数を増やして舞い戻ってきた。圧迫感と刺激も倍加して、一気に余裕が失せる。 「やめっ、ぁっ、やァ!」 「もう二本も咥え込んだな。どういうことだ? 誰に触らせた? ……ここを、誰に」  弱点を突く指が徐々に加速していく。身体を丸めて快楽を逃そうとするも、奥底に溜まっていくそれは我慢すればする程に強く大きな波となり、やがて抑えきれずに堰を切って溢れ出した。  喘鳴と共に大きく身体を硬直させて、いとも容易くオレは達してしまった。びくびくと痙攣する内部から、すぐに指が引き抜かれる。その刺激にすら強い快楽を覚え、切なく啼いた。  全力疾走した後みたいに空気を求めて喘いでいると、今度は入口に熱くて硬い感触が押し当てられた。ハッとして目を見開く。いつの間にか九重がズボンの前を開いて自身を取り出していた。  初めて見る九重の怒張。それが、オレの蕾に宛てがわれている。――嘘だろ。お前、オレのこと本気では抱くつもり無かったんじゃ……。 「こ、ここ……ッやだ、やめ……」 「誰に、何処までされた? 言え。言わなきゃこのまま穿つ」 「っ……!!」  ――本気だ。  九重の瞳は金色の光を宿したままオレを見据えている。まるで、最初の階段下倉庫の時みたいに、無機質で冷たい瞳。ガチガチと全身が小刻みに震え出した。  オレが何も言えないでいると、ぐっと九重自身が蕾を刺激する。まるで銃口を突き付けられたような恐怖に、ぞわりと背筋が粟立った。 「じ、自分で……っあ、洗ってて!」 「見え透いた嘘を吐くな。自分で裂かす訳が無い」  ぐぷ、先端が入り口を押し開く。オレは戦慄く唇を必死に動かして言葉を紡いだ。 「しっ四ノ宮……の、ストーカー……」  九重が眉根を寄せた。 「四ノ宮の、ストーカー?」  オレはこくりと頷いた。――ごめん。罪を擦り付けた。内心、あの男に謝りながら。 「で、でもみっ未遂だったんだ! 五十鈴センパイが助けてくれて……ゆ、ゆび……指を、挿れられたくらい……」 「指……」 「す、ストーカーへの罰はセンパイがもうしたから! だからもう、終わってるんだ! 解決してる! だか、らぁあ――ッ!?」  後半は悲鳴に変わった。いきなり全身に強烈な電撃が駆け抜け、意識が飛びかけた。それは九重自身が強引に押し込まれた激痛だと、遅れて知る。ぎちぎちに満たされたそこは張り裂けそうな程苦しくて、酷く熱くうねった。 「っ指だけで、こんなになる訳がないだろう!」  激昂した九重の声。弁明の間も与えられず、そのまま奥まで突き込まれて揺さぶられる。潤滑の足らない内部は抽挿の度摩擦抵抗を見せ、苦痛を生じさせた。どろり、接合部から伝った液体の感触は、オレの血か。 「ぐッ……ぅう」 「俺が……っどれだけ、我慢してきたとっ! ふざけるな!」  激しく打ち付けられる腰。血の滑りを利用して、九重の動きがより大胆になる。響き始めた淫猥な水音が羞恥を誘い、一突き毎に痛みが快楽へと転換され出した。昂った息遣いが上から降ってくる。それがいつも取り澄ました九重のものだとは、俄には信じ難い。――まるで、獰猛な獣に貪られているよう。 「ごめ、っんァ! ッごめ、なさっ!」  オレの謝罪は届かない。九重の怒りは収まらない。――怖い。でも、どうして。どうして、こんなにも怒ってるんだ?  〝自分のものが他人に奪われたから〟? 〝我慢してきた〟って……お前、ずっとオレのこと抱きたかったのか? 〝そこまでは考えてなかった〟って言ってたじゃん。  それじゃあ、何で今オレのこと抱くんだ? 罰? お仕置き? むしろ、何で今まで我慢してた? お前、いつでもオレのこと抱けたじゃん。  四ノ宮のいつかの言葉が脳裏を過ぎる。――『随分大事にされてるんですね』  そんな、まさか。  胸の奥が、キュッとなった。どうしてか、締め付けられたように苦しい。何で。何で。分かんねえ。  答えを求めるように、九重の顔を見上げた。涙で滲んだ視界の中、九重は痛みを堪えるような表情( かお)をしていた。……何で、お前の方がそんな顔してんだよ。  そうか、怒りだけじゃない。九重から伝わってくるこの感情――悲しみだ。 「の、え……ッ」  束ねられた手を、九重の頬に伸ばした。震える指先で、そっと触れる。ピタリ、九重の動きが止まった。  数秒の間の後、内部からゆっくりと硬いままの九重が抜かれ始めた。ずるりと内壁の引きずられる感覚に危うくイきそうになり、身を捩って堪える。  声、ようやく届いたのか? ホッとした、次の瞬間――。  ドチュンッ、そんな音がして、去りかけていた怒張が一気に最奥までを貫いた。  目の前に無数の火花が散った。迸る嬌声。仰け反る身体。触れられてもいない前から、勢いよく白濁が噴き出す。同時に内部の九重を強く締め付けながら、オレは果てた。  直後、奥に広がる熱い液体の感触。――甘い。甘い酩酊感。脳が蕩けそうな程の陶酔。荒い息を吐きながら、九重が折り重なってくる。 「ハァ……ここ、のぇ……ッ」  呼気も整わないままに、切羽詰まって呼び掛けた。 「きらいに……っならな、で……」  ハッとした気配の後、九重は顔を上げた。瞳から、獰猛な金色の光がスッと消え失せていく。そこにいつもの琥珀色が覗いた時、不意に唇に濡れた熱い感触が重なった。   「んっ……」  薄い表皮と表皮が触れ合うキス。身体を繋げるよりも、九重の存在を一番近くに感じる。脳髄が痺れるような、甘い刺激が走った。咄嗟に閉ざした瞼が震える。チュッと軽く啄まれて、九重の唇はすぐに離れていった。 「……嫌いなら、そもそも抱かない」  目を開く。真摯な瞳とかち合った。今は優しい琥珀色がオレの姿を映し出し、それがゆっくりと近付いてきた。――再び、唇が重なる。  今度は隙間から熱く厚い濡れた舌が挿し込まれた。探るように口内を這い回り、歯列を丁寧になぞっていく。鼻にかかった声が漏れ、ぞくぞくと背筋が疼いた。  九重の舌は、中で縮こまっていたオレのそれを見つけ出すと、ダンスに誘うように絡め取る。  混乱した。あんなに乱暴に抱いた後で、こんなに優しいキス――。  舌が蠢く。別の生き物みたいに。吸い付き、擽る。パリパリと頭の中が爆ぜる。段々激しくなっていく。苦しい。息が出来ない。溺れる。目眩がしてきた。九重の熱い吐息が、オレのと混ざり合って渋滞してる。出口はどこだ? ――真っ白になる。  薄れゆく意識の中、オレは縋るように九重の首に腕を回してしがみついていた。    【続】

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