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8-3 電車の中で ◆

 車と迷った末に、通学手段は電車の方にした。正直例の痴漢リーマンの件があってから若干忌避感が湧いてたけど、甘えてばかりもいられない。一般的には通学に車を使うなんて選択肢は、そもそも無いはずだ。  という訳で気合いを入れて駅までやって来たオレだったが、早々にその選択を後悔することとなった。 「あ、トキさん! おはようございます」  ホームでの電車待ち中、嫌でも聞き慣れてしまった声に呼ばれた。 「し、四ノ宮!?」  振り向いたら、案の定。そこには美少女然とした可憐なスマイルを携えた四ノ宮 郁その人が居た。思わず身構えてしまうオレ。  そうか、そういや四ノ宮初対面時も同じ電車乗ってたもんな。最寄り駅は違う筈だけど、おそらくここが乗り換え地点なんだろう。  怯むオレの心情を当然察しながらも、四ノ宮は全く意に介す様子もなく傍に寄ってきた。 「奇遇ですね。今日は会長は一緒じゃないんですか?」 「九重は、風邪で……」  すると四ノ宮は、ぴくりと眉を上げた。 「そういえば、トキさん昨日学校お休みでしたよね。休み時間に会いに行ったら風邪だって聞きましたけど。会長もですか。……伝染(うつ)るようなことでもしたんですか?」  ふふっとベージュの目を細めて、含むような笑みを零す四ノ宮。オレはぐっと喉を詰まらせて、視線を逸らした。 「つーか、お前こそ。風邪とか引かなかったのかよ」 「僕は貴方方温室育ちと違って、打たれ強い雑草ですから」  何だそれ。憮然とした面持ちでいると、四ノ宮は不意に声を低めた。 「ところで、トキさん。昨日、結局あの男が来なかったんですけど……貴方、何かしました?」  ギクリ、身を竦めるオレを、四ノ宮はじっと窺うように見つめてくる。 「な、何かって? オレ昨日風邪で寝込んでたじゃん」 「本当は仮病で、妨害工作の為に休んだ……なんてことは」 「な訳ねーだろ! てか、仮にオレが出張ったとして、オレにアイツを何とか出来ると思うか?」  一片の嘘も見逃すまいとする鋭い眼差し。オレは内心冷や汗ダラダラで、必死にそれを受け止めた。少しでも目を逸らしたりしたら、噛み付かれる。そんな息の詰まる緊迫感。  無限に続くかと思われた責め苦の時間だったが、やがて四ノ宮は、ふっと表情を緩めた。 「それもそうですね」  納得された。オレの無力っぷりを。……何か、ちょっと複雑な気分だ。 「トキさんがあの内容を積極的に誰かに相談するとも思えませんし……事情でも変わったんですかね」  自分の手で断罪出来ずに残念だ――四ノ宮の瞳は、そう語っていた。静かながらに苛烈な怒りの波動。思わず、身が引き締まる。  四ノ宮はやっぱり、復讐を止めるつもりはないんだ。きっと、オレが何を言っても届かない。――だけど。 「なぁ、四ノ宮。もう危ないこと、するなよ。次またああいう奴が来たら相談しろ」  声を掛けずにはいられない。我ながら諦めが悪い。四ノ宮は呆れたように肩を竦めてみせただけで、何も言わなかった。  オレは更に言葉を被せようと口を開いたが、丁度そこで電車が到着し、話題は人波と共に流されてしまった。  相変わらずの満員電車。今日は守ってくれる九重も居ないので、一人で戦うしかない。というか、むしろオレが四ノ宮を守らなければ。  壁になるべく傍に陣取っていたが、「トキさん、ここ」と当の四ノ宮に手を引かれて、入口の角に押し込まれた。こないだの九重と同じ行動。一つだけ違うのは、四ノ宮はオレが外向きになるように背を押したので、向かい合わせにはなっていないことだ。 「ちょ、これじゃ反対だろ」  どう考えても、オレがお前を守る方だろ!  小声で抗議するも、四ノ宮は「これでいいんです」と言って聞かない。すぐに周囲も人で埋め尽くされ、程なく身動きも取れなくなった頃、電車は発進した。  美少女みたいな四ノ宮にまで守られてるオレって……。何か男のプライド的な何かが非常に痛んだ気がする。  内心呻いていると、不意に腰に誰かの手が触れる感触を覚え、びくりとした。出そうになった声を抑え、手の主を確かめるべく首を巡らせようとして――。 「振り向かないでください」  背後から四ノ宮の制止の声が掛かり、硬直した。 「しっ四ノ宮、お前」 「しーっ……声を出したら、周りに気付かれちゃいますよ?」  少し低い位置から、四ノ宮の唇がオレの耳朶に吐息混じりに囁いた。ぞわりと、そこから瞬時に全身のうぶ毛が逆立つ。  違う。コイツ……守ろうとしてここに誘導した訳じゃない。逆だ。  四ノ宮のものと思しき手は、そのまま下方へと向かい、オレの臀部をまさぐり始めた。こそばゆい刺激に背が反る。  嘘だろ、またこんな所で……。今度は痴漢ごっこかよ。つくづく四ノ宮は趣味が悪い。  戸惑うオレを嘲笑うように、四ノ宮の手は徐々に足の間へと向かう。尻たぶと鼠径部の中央の隙間。そこをまるで抽挿のように何度も手指で擦られてしまうと、触れられていない筈のオレの雄までが反応を示し始めた。  やばい。ダメだ。堪えろ。こんな所で勃つ訳にはいかない。  しかし、意思に反して吐く息には熱が混ざり始め、体が快楽に震え始めた。ズボンの布をぐいと引っ張って、前が起き上がろうとする。――ダメだって、寝てろ!  下半身に力を込めて耐えていると、今度はするりと抱くように、背後からもう片方の手が胸元に滑り込んできた。 「――!」  シャツの上から、やわやわと胸を撫ぜられる。ぺたんこだった乳首が、前同様次第に固く起き上がっていってしまう。そうなると、今度はそこばかりを執拗に指先が引っ掛けていく。くりくりと弾かれる度先端から電流が走り、身体の奥がじんと疼く。上がる体温。蒸れるシャツ。  ――やめろ、バカ!  声を出すことも、身を捩る事も敵わない。  ふと、窓ガラスに反射した自分と目が合い、ギョッとした。潤んだ瞳。赤らんだ頬。――発情した表情(かお)。  これ、周りの人達にも見えてるんじゃないのか?  ゾッとした。急に周囲が怖くなった。視線を感じる気がしてしまう。それから逃れるように、ぎゅっと強く瞼を閉ざした。  視覚情報が遮断されると、他の感覚が鋭敏になる。四ノ宮の手指から与えられる刺激をより意識してしまい、困惑に身悶えた。 「……っはぁ」  押し殺した快楽が吐息の塊になる。堪えきれずに吐き出したその時、電車がカーブで大きく揺れた。  反動で各所を強く擦られ、大きな電気信号が全身を駆ける。 「ッあ……!?」  色を孕んだ声が漏れた。と同時に、びくびくと絶頂を迎える。発射はしていない。空イキだ。果たして、それがセーフと言えるのか。 「大丈夫ですか?」 「ひっ!?」  不意に第三者の手が肩を叩き、オレは思わず短い悲鳴を発してしまった。隣の若いサラリーマンが心配そうにこちらを見ていた。心臓が早鐘のように打つ。  ば、バレ……? いや、単にオレの様子が変だったから……? 「だ、大丈夫です。ちょっと体調がアレで、その……」  注がれる視線が居た堪れない。目を伏せてしどろもどろに弁明するオレに、九重よりも演技派の四ノ宮が白々しく声を掛けてきた。 「大丈夫ですか? トキさん。やっぱり体調が優れませんか? 病み上がりですもんね。一旦ここで降りましょうか」  誰のせいだと思ってるんだ。というツッコミは最早心中でも意味を成さない。  丁度電車が次の駅に到着したところだったので、開いた扉から四ノ宮に腕を引かれて連れ出される。車内に残った優しいサラリーマンの反応は、怖くて見られなかった。

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