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8-5 口内に広がる苦味 ◆

 学校に着いた頃には、もうヘロヘロだった。 「……はよ゛」 「トキ! もう身体は大丈夫なのか?」  オレの姿を見ると、タカが席を立って迎えてくれた。介助よろしく、オレの手を取って誘導までしてくれる。相変わらずタカは過保護だ。 「まぁ、熱は下がっだから」 「それにしては、あまり具合が良くなさそうだが」 「……ちょっど、来る前に疲れたっづーか」  オレの額に手を当てて熱を確認しながら、タカが首を傾げた。言える訳もない事情なので、適当に誤魔化してお定まりの「無理はするなよ」のお言葉を頂戴する。それにも苦笑を返す他なかった。  結局、一限には間に合わなかったので、二限からの登校になった。これから学校に行くのに後生だから挿入だけは勘弁してくれと懇願した結果、上の口での奉仕を要求された。  生まれて初めて、男のそれを口に含んだ。可愛い四ノ宮のものとは思えない、えげつない大きさのそれ。いくら四ノ宮の顔が女の子みたいでも流石に気持ちは誤魔化せず、心理抵抗が半端なかった。  心を殺して先端から舌を這わせ、キャンディみたいにちろちろ舐っていると、「それだといくら経っても終わりませんよ?」と言われ、意を決してぱくりと咥えた。 「下手くそですね」と嗤われて、「あまりに時間が掛かるようなら、下の口に挿入しますよ?」と脅され……とにかく、必死にしゃぶった。  早くイけ、早くイけと、そればかりを一心に願って。  その内に、じれったいと後頭部を掴まれて、深く突っ込まれた。そのままごりごり喉奥を犯され、苦しくて涙が滲んだ。  何度も嘔吐(えづ)いて咳き込んでは、再び頭を掴まれて咥えさせられる――その繰り返しで。  まるで拷問みたいな時間が過ぎ去り、結局オレは下手くそなままだったけど、苦悶の表情に滾ったとかで四ノ宮は何とか達してくれた。  容赦なく口中に吐き出された濃い生命の雫。当然のようにそれを飲めと命令されて、吐き気を堪えて嚥下した。苦くて、ベトベト喉に引っ掛かるあの感触……トラウマになりそうだ。  口を(すす)いで水を沢山飲んだのに、何だかまだ残っている気がする。つーか、喉痛え。  気を抜くと泣きそうになって、ぎゅっと堪えた。  四ノ宮の件は、五十鈴センパイに聞いて貰ったおかげで少し楽になって、もう大丈夫なつもりだったのに。また初めてを奪われたような気がしてしまったからだろうか。  ――自分がこんなにも弱いって、知らなかった。  口での奉仕の様子も、自慰同様に映像を撮られていた。あんなものを残して、四ノ宮はどうするつもりなんだろう。  新たな脅迫罪料として使われるだけならまだいいけど、別の用途で使わ(  オ カ ズ に で も さ)れるんじゃないかと思うと、恥ずかしくて情けなくて気が狂いそうだ。  自席に着き喉を押さえて俯いていると、スッと突如机の上にペットボトルが現れた。……緑茶だ。見ると、それを置いたのは須崎だった。 「コーラと間違えて買っちまったから、やる」  目を丸くした。思わず、須崎をまじまじと見てしまう。缶ならともかく、こんなのどうやって間違えるんだよ。触れるとひんやり冷たくて結露してて、廊下の自販機から買ったばかりだと分かる。 「あー……緑茶でうがいすると、喉に効くらしい」  目を逸らして後頭部を掻きながら、今思い付いたみたいに、そんなことを付け加える須崎。オレは思わず、笑みを漏らしていた。 「ふっ」 「っな、何だよ!?」 「ごめ……なんが、嬉しくでさ。さんぎゅな、須崎」  笑み掛けると、須崎は顔を真っ赤にして再びそっぽを向いた。 「別に……間違えたついでだし」  って言ってるけど、絶対お前これ、オレの声が嗄れてるのを聞いて、今急いで買ってきてくれたんだろ? でも、そう指摘するのも無粋だと思ったので、黙っておくことにした。  コイツ、やっぱ何だかんだ優しいんだよな。――ありがとう。本当に。  その後タカから「最近お前、須崎と仲が良いが何があった」と尋問を受け、九重と重なる行動についつい笑ってしまい、怪訝な顔をされた。  ……アイツ(  九重)、今頃どうしてるかな。ちゃんと薬飲んで安静にしてるかな。約束通り、今日は早く帰ってやらなきゃな。    四ノ宮が再び姿を現したのは、昼休みの時だった。二年の教室まで会いに来た奴の行動力に、オレは心底震えた。特に、タカと初めましての挨拶を交わす様は、内心冷や汗ものだった。  四ノ宮からは、オレが従わなければタカを身代わりにすると宣言されている。だから正直、四ノ宮とタカを会わせることには抵抗があった。  四ノ宮がタカに何か仕掛けるんじゃないかとハラハラしていたが、結果的には何も無かった。四ノ宮はタカの前では終始天使モードで、雑談しながら一緒に昼食を摂るだけで終えた。  ……何しに来たんだ? オレにプレッシャーを掛けに……ってのは考え過ぎか? ただ会いに来ただけ? だとしたら、警戒し過ぎてちょっと悪かったかも、なんて。  そんなこんなで久々の学校での時間は、とりあえず大きな事件が起きることも無く、滞りなく流れ――無事に放課後を迎えた。  部室棟に向かうタカと別れたオレは、その足で早々に帰路に就くことにした。校門を出てすぐ、不意の既視感に襲われる。停車した高級車に、集まる生徒達の視線とざわめき。そこには、いつかの放課後の再現みたいな光景が広がっていた。  車田さんのお迎えじゃないことは一目で分かった。車田さんの場合は、今では人目を引かないように停車場所に気を付けてくれているし、何より後部座席から出て来た人物の姿で車の持ち主が一目瞭然だった。  オレを待ち構えていたのか、タイミング良く目の前で開かれた扉から下車したのは、五十代の着物の男性。眉間を中心に深く刻み始めた(しわ)が目立つものの、整った容姿に厳格な表情と雰囲気を携えた、華道界の重鎮。花鏡 鶴真(たずまさ)――オレの親父だった。

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