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8-6 父、襲来!?
「親父!? 何で……」
目を疑った。家を出てからこれまで、確かに親父がオレを説得に訪れることはあったけど、それは大概徒歩で、親父一人だった。こんな風に校門前に車で乗りつけるような派手なことはしなかった筈だ。
親父は今日は一人じゃなかった。運転手が居るのは当然のことだが、それ以外にも親父の背後を警護するように、二人組みのスーツ姿の男性が控えている。どちらも、初めて見る顔。
いつ雇ったのか、親父はこんな風に金で人を使うことも、どちらかというと厭う側の人だった筈なのに。
よもや幻かとも思ったが、目の前の人は瞬きをしても消えることはない。――現実なんだ。
唖然と立ち尽くすオレに、親父は告げた。
「帰るぞ、鴇真」
性急な要求。一瞬、耳まで疑った。
「へっ? はぁ!? いや、帰んねーよ、そっちには。急に来て何言ってんだよ」
「急に、じゃない。何度も足を運んだ筈だ。お前はこれまで、一度も聞き入れたことはなかったがな」
あくまでも淡々とした物言い。……何なんだ。無表情っぷりはいつもと変わらないのに、何だか胸騒ぎがする。
「それで、なんだよ今日は。えらく目立つ歓待の仕方してくれちゃってさ。オレが言う事聞かないから、遂に強硬手段を取ることにしたのかよ」
「そうだ」
「え?」
否定されると思っていたのに、まさかの肯定。親父が後ろの二人に何やら合図を送ると、スーツマン達は隙のない統制された動きでオレの元へと寄ってくる。
「ちょ、何だよ!?」
「坊ちゃん、失礼致します」
逃げ出す暇も無かった。両脇を二人の男に固められ、身動きを封じられる。そのまま、引きずるように車の方へと連行された。
「離せっ!! おいコラ、誘拐だぞこれ!!」
「実の息子に誘拐も何もあるか」
スーツマン達の拘束は強く、暴れてもビクともしない。もしかして、この為だけにコイツら雇ったのか? マジで手段を選ぶ気ねーな!?
「ぎゃああああっ!! 攫われるぅう!! 助けてぇええ!!」
「男子がみっともなく喚くな」
抵抗虚しく、オレはスーツマン達に抱えられて車内に運び込まれた。強制着席。両隣りは依然として彼らに囲まれている。
犯行現場の目撃者たる周囲の生徒達は、ただ呆気に取られて眺めているだけ。中にはスマホで動画を撮っているらしき人々も居る。いや、見てないで助けてくれマジで……。
すぐ後に親父も乗り込んできた。ボックス席で向かい合う形に座すと、扉は無慈悲にも閉ざされる。もう逃げ場はない。間もなく車は走り出した。
「何で……こんなこと」
今まで、ここまではしなかったじゃん。
困惑の声を上げるオレを、親父は正面から見据えた。混じり気のない黒曜石の瞳。オレの裸眼と同じ色。
「状況が変わった。悠長に手をこまねいている場合ではないと判断したからだ」
「はぁ? それって、どういうことだよ」
親父は、これみよがしに溜息を吐いた。
「お前は上手く隠したつもりのようだがな。お前が先日、狼藉者達に拉致され、暴行未遂に遭った件は知っている」
「!」
痴漢リーマン達の件か! 家族には知らせない方針で、秘密裏に片付けたと思っていたのに……。何処から情報が漏れたんだ。
「それは……もう、終わったことで」
「そういう問題じゃない。結果的に無事だったから良かったものの、お前は世間知らずだから簡単に騙されるんだ。聞けばお前を拉致した男達は、お前が雑誌に載っているのを見て身元を調べたそうじゃないか。モデルだなんて顔の出る危険な活動に手を出すから、こういうことになるんだ」
「モデルは、危険なんかじゃ」
「お前が借りている部屋に出入りしている、ピアスまみれの派手な男。アイツもモデル仲間か何かか?」
ぎくっとした。五十鈴センパイだ。見られてたのか。もしかして親父は、今日ここに来る前にもマンションの方に寄ったのかもしれない。
何で、そこまでして……。
「センパイは……ちょっとの間遊びに来てるだけで、別に疚 しいことなんか」
「お前自身はこの所部屋を空けていることが多いようだし、浮かれて遊び歩いて、一体何をやっているんだ。だから、モデルも一人暮らしも反対したんだ」
「親父、オレは」
「喧しい。言い訳など必要ない」
オレが何を言っても無駄だった。その後も何とか理解してもらおうと言葉を尽くしたが、この所の不在の件など話せないこともあり、上手く伝えられず……その内に車は目的地へと到着してしまう。
数奇屋門を潜り石畳の先、枯山水の日本庭園に抱かれた瓦屋根の二階建て純和風家屋――オレの実家だ。
久々の帰宅に感慨を抱く余裕もなく、オレは乗車時同様、玄関を上がるとスーツ姿の二人組みに両脇を固められながら自室まで直行させられた。
二階の奥の一室がオレの部屋だ。家具類はまだそのまま残されている。そこに一人放り込まれると、目前で襖を閉められた。慌てて手を掛けて引こうとするも、何かに突っかかって開かない。どうやら、外から鍵を掛けられたようだ。そんなもの、前は無かったのに。
「親父!! オレをどうする気だよ!?」
扉の外にある気配に向けて声を張り上げた。親父は一切感情の籠らない平板な口調で告げた。
「暫くは外出禁止だ。マンションも解約する。読者モデルとやらもだ。お前が心を入れ替えるまでは、部屋から出させない」
「はぁあ!?」
なに、九重みたいなことを……いや、九重よりもタチが悪い!!
「安心しろ。勉学に関しては家庭教師を雇おう。学校も暫くは休学届けを出しておく」
「ふざけんな!! 勝手に決めんなよ!! これじゃあ、軟禁じゃんか!!」
「早く出たいのなら、頭を冷やすことだな。……見張っておけ」
最後のは、あの二人組みに掛けた命令だろう。そのまま遠ざかろうとする気配に、焦燥が駆り立てられる。
「待てよ、親父!! てか、トイレとかどうすんだよ!!」
「火急の用の際は、声を掛けろ。その時は見張りが同行する」
「っ……マジかよ!?」
親父はそれ以上は応じず、今度こそ階下へと降りていく足音が聞こえた。取り残されたオレは、暫し愕然としていた。
――親父は本気だ。徹底的にオレをここに閉じ込めておく気らしい。
オレ、約束したのに。今日は早く帰るって。九重が熱出して一人で待ってるのに。
「そうだ、携帯!」
スマホで連絡取れるんじゃねーか!? と、勇んで鴇色の相棒を探してみたところ、某 ことに気付きハッとする。
オレの鞄! スーツマン達が持ったままだったじゃん!
慌ててオレは、外に居ると思われる二人組みに呼び掛けた。
「なぁっ! アンタ達さ! オレの鞄は!?」
すると、返ってきた答えはこうだ。
「旦那様が持っていかれました。中身をチェックして有害なものを取り除いてから、改めて返却するとのことです」
――なん、だと?
絶句した。てことは、現状連絡手段は完全に絶たれたってことじゃねーか!
九重の顔が脳裏に浮かぶ。熱に浮かされ、孤独に苦しむ顔。
じわり、絶望の色が心中に広がりゆくのを感じ、オレは声も無く佇んだ。
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