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8-7 実家脱出ミッション!!
部屋の窓には鉄格子が嵌められていた。
「うわ……わざわざこれ設置したのかよ」
当然、前まではこんなもの無かった。親父が今回の強硬手段を決意した際に取り付けたものだろう。――オレを逃がさない為に。
「んーっ、んんんっ……ダメか」
試しに外せないか思い切り力を込めてみたが、余程強固に溶接されてしまったらしい、棒の一つも微動だにしない。
本格的過ぎんだろ、座敷牢かよ。とにかく、これで窓からの脱出の望みは潰えた訳だ。どうする……。今ここで下手に騒いでも無駄だろうしな。
スマホ……スマホさえ返ってくれば、九重に連絡出来る。最悪アドレス帳消されたとしても、九重が仕込んだGPSでオレの居場所は伝わる筈だ。今九重は動けないけど、誰か助けを寄越してくれるかもしれない。
とりあえず、親父の荷物チェックが済むのを大人しく待つことにした。オレの部屋は出てった当時そのままの状態で、本なんかも置いてある。再読になるけど時間潰しには丁度いい。……と思って、本棚に手を伸ばして、気付いた。
――埃一つ積もってねぇ。オレが居ない間も、誰かが掃除しててくれたんだな。母さんか、家政婦さんか。何だかじんとした。
そうだ、母さん。母さんが親父のこんな愚行を許す筈が無い。何とか親父を説得して、助けてくれるかも。
そんな期待を抱きつつ、およそ半刻。待ち侘びた報せは、襖のノック音と共に届いた。
「坊ちゃん、お預かりしていた荷物が戻って参りました」
――来た!
開かれた襖の隙間から、オレの通学鞄とサブバッグが受け渡される。逃亡を警戒してか扉を全開されない辺り、ますます牢の給餌システムを想起させる。オレは囚人か!
ともかく、これで道が開けるぞ。鞄を漁り、鴇色の相棒を探る。……が、一向に見つからない。
あれ? あれ?
床に中身を全てぶちまけて空になった鞄を振ってみたりもしたが、マジで無い 。サブバッグの方は体育で使った体操着が消えてるが、これはたぶん洗濯に出されたんだと思う。でも、スマホ……スマホは?
「すみませーん、あの!」
襖の向こうに声を掛ける。外に控えたスーツマンはすぐに返事を寄越した。
「どうしましたか?」
「オレのスマホっ! スマホだけ返ってきてなくて。知りません?」
すると、スーツマンはこう言った。
「坊ちゃんの不安を煽るので言わないようにと仰せつかっておりましたが、携帯端末から小型発信器が発見されたそうで……安全の為、旦那様がそのまま回収なさるそうです」
ぅおおい!! 九重ええぇっ!!
「例の犯人の仕業だとしたら、もう捕まっているので坊ちゃんが心配する必要はありませんよ。我々も誠心誠意お守り致しますから」
違う、そうじゃねえ……。
何だか脱力した。今度こそ完全に、外部との連絡手段が絶たれた訳だ。マジどうするよ。
かくなる上は。
「その……悪いんだけど、ちょっとトイレに」
申告すると、数秒の間があった。スーツマン二人が互いに意思確認でもしていたのかもしれない。やがてカタンと音がして、襖がゆっくりと開かれていく。
「お連れ致します」
促されるままに部屋を出た。とりあえずは宣言通り厠 に向かう。一人だけならまだ撒けるかもと思ったが、二人がかりで相変わらず両サイドを固めて付いてくる。……隙がねーな。
厠に到着したところで、ダメ元で頼んでみた。
「あのさ、扉前で待つの、やめてくんねーかな」
「申し訳ございませんが、そうも参りません」
「音とか聞かれんの、恥ずいんだけど」
「申し訳ございませんが」
くそっ、ガード硬ぇな。
「えっち……」
ぼそり、責めるとスーツマン1が噎 せった。お、効いたか? しかし、冷静なスーツマン2は「申し訳ございませんが」と一向に退かない。チッ。
これ以上粘ってもどうにもならなさそうだったので、ひとまず厠に入った。そして、目を疑う。――ここの窓にまで、鉄格子が!
オレが逃亡しそうな所は先回りして全部潰されてんのか。当てが外れた。どうする。
一応本当に用を済ませて、手を洗ってから外に出た。スーツマン達はしっかりそこに居る。……うん、実際こうやって待たれてんの、結構恥ずいな。
寄り道も許されない様子で、早々に自室の方へと歩かされた。通路の分かれ目に差し掛かった時、再びダメ元で仕掛けてみる。
「あ、親父が!」
大声を上げて、分かれ道の方を指差した。それから、反対側に猛ダッシュ……しようとして、スーツマン2の腕に阻まれて一瞬で捕獲された。
「ぎゃふんっ!!」
「流石にその手には引っ掛かりませんよ」
だよな。そんな気はしてた。
「は、離せよ! すけべ変態! 触んな!」
「その手にも引っ掛かりませんよ」
じたばた暴れてみたが、無駄な抵抗に終わった。力強い腕にがっしりと捕らわれたまま、自室に連行される。てか、何かイキイキしてやがんな、スーツマン2!
部屋に戻されると、襖はすぐに閉ざされた。カチリと鍵の掛かる無慈悲な音が後から響く。これでもう、暫くはトイレ作戦を使えない。完全に打つ手無しだ。
打ちひしがれたオレの元に救いの主が現れたのは、それからまた更に半刻程経った頃のことだった。ふと、室外から耳馴染みのある声がした。
「お疲れ様です。護衛の方々」
この声は……飯倉 さん! オレが小さい頃からずっと花鏡家に雇われていた、古参の家政婦さんだ。
「そちらは?」
「トキ坊ちゃんのお夕飯よぉ。久々のご帰省ですからねぇ、腕によりをかけて作りすぎちゃったかしら。どれも坊ちゃんの好物ばかりなのよぉ。量が多いからワゴンごと入ってもいいかしら?」
オレの夕飯? ちょっと早くねえ? てか、ワゴンて?
「我々が配膳を手伝いましょうか?」
「あら、いいのよぉ、あなた方はそこで見張るのがお仕事なんでしょお? だったら、そこに居なくちゃ。あたしはねぇ、この家の給仕が仕事なの。だから、坊ちゃんの身の回りのお世話は、あたしに任せてちょうだい」
状況がよく分からないが、飯倉さんのペースにスーツマン達が丸め込まれたらしい、その後二三の問答の末に襖が開かれ、ふわりと鼻を擽る美味しそうなご飯の香りと共に、ふくよかな割烹着姿のアラフィフ女性が現れた。
「飯倉さん!」
「トキ坊ちゃん! 久しぶりねぇ、また背が高くなったんじゃないかしら」
飯倉さんが運んできたものを見て、オレは目を丸くした。大量の料理が乗った大きなワゴンカート……それもレストランみたいな白いテーブルクロス付きのやつだ。
え、いや、でかくね? 多くね? しかも、全部洋食じゃね? オレ、どっちかというと和食派だし、飯倉さんもそれを知ってる筈。
困惑するオレを他所に、飯倉さんはその巨大ワゴンごと室内に乗り込んできた。畳と何ともミスマッチな光景だ。その背後で、襖が再び閉ざされる。
飯倉さんはそれを確認するようにチラリと入口に視線を遣った後、改めてこちらに向き直り、笑顔を向けた。
「さぁさ、坊ちゃん。メニュー表をご覧あれ」
「メニュー表?」
そんなものも、これまで饗されたことはないぞ。押し付けられたメニュー表とやらを開いてみると、そこには予想外の文字が書かれていた。
『このワゴンに隠れてください。ここから連れ出します』――という、メッセージ。
ハッとして思わず顔を見ると、飯倉さんは親父に回収された筈のオレのスマホを割烹着のポケットから取り出してこちらに差し出し、ニッコリと笑みを深めた。
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