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最終話 オレとアイツの脅し愛
「それで、結局レンレンと付き合うことになったの?」
喫茶店〝止まり木 〟の席にて、向かいに座す五十鈴センパイがオレに問うた。カラメルを割ったクレームブリュレから、とろりとソースが溢れ出す甘い香りが鼻を擽る。
「付き合……そういうことに、なんのかな?」
オレはというと、苺ミルクレープを一口分差したフォークを片手に、首を傾げた。
「何で疑問形?」
「いや、好きだとはいわれたけど……そういや、交際の申し込みみたいなのは無かったし、どうなんだろって」
そういうのって、〝付き合って下さい〟〝はい〟〝いいえ〟……みたいなやりとりを経てから成立するものなんじゃないのか? よく知らないけど。
オレがケーキを口に含んだ次の瞬間、五十鈴センパイがとんでもない発言を繰り出してきた。
「でも、好き同士でヤることはヤってるんでしょ? じゃあもう、恋人なんじゃない?」
「ヤっ……!?」
思わず吹き出しかけて、息穴に入り込んだ生地の粉に盛大に噎せった。
「あーあー、大丈夫? トッキー」
「ケホ……っなんで!?」
センパイには九重と何処まで進んでるかなんて、話してないのに!?
すると五十鈴センパイは、オレの首筋の辺りを人差し指で示してみせた。
「キスマーク」
「えぇっ!? いつの間に!?」
「なーんて、嘘」
「え!? はぁ!?」
ニヤリとしたり顔で笑む五十鈴センパイの反応で、まんまと引っ掛けられたことに気付く。
「うぅ、またやられた……」
「トッキー、本当分かりやすいよね」
コロコロ愉快げに笑う五十鈴センパイをジト目で見た後、オレは表情を改めて告げた。
「とにかく、そんな訳で……家のこと、色々振り回してすみませんでした」
「ああ、それは仕方ないよ。無理言ったのはおれだし。それに、タカっちが拾ってくれることになったしねー」
そうなのだ。結局あれからオレは九重のタワマンで正式に同棲することになったが、元々オレが借りていたマンションの方には、なんとタカが残ることになった。
タカはこれを機に家を出てみるつもりだったらしく、一人暮らしを始めるには丁度良いということで、あの部屋はそのままタカが継続して使うことになった。そこに、どういう流れか五十鈴センパイもルームシェアすることになったのだそうだ。
……まぁ、たぶんセンパイの押しにタカが流されたんだろうな。
ちなみに、〝おはぎ〟もタカがそのまま飼うことになった。猫は家に着く……っていうのと、タカの方から引き取りたいという申し出があった為だ。
独りだと寂しいのかもしれない、と思って譲ったけど(「トキだと思って大切にする」と言われた時は色々と心配にもなったけど)タカもまさか、センパイという同居人が増えるとは思ってもみなかっただろう。意外な組み合わせ過ぎて、二人(と一匹)がこれから一体どんな生活をしていくのか、若干興味がある。
「タカは、今日は部活だっけ」
「だねぇ。夏休み直前に復部して、良かったよね。この夏はサッカー漬けで大分気が紛らわせるんじゃない?」
オレは苦笑を返した。サッカー部の件は戻る決意をしてくれて嬉しかったけど、タカのことだから、それもオレが気に病まないようにって措置な気がしてならない。恋人にはなれなかったけど、オレ達はずっと幼馴染で、親友だ。でもこれからは、タカも真に自分の為だけに選択して、生きていって欲しい。……そして、出来れば幸せになって欲しい。って思うのは、傲慢かな。
「ところで、めちゃくちゃこっちの方を見てくるあの彼には、レンレンのこと話したの? 友達なんでしょ?」
「へ?」
唐突にセンパイが話題を変えた。その視線の先には、勤務中の須崎の姿があった。ばっちり目が合ったので、センパイの言うようにこちらの席を気にしていたんだろう。オレは今日は客として来ているので仕事の邪魔しちゃいけないし、軽く笑み掛けながら手を振るに留めておいた。すると須崎は真っ赤になって、慌てて顔を背けてしまう。全く、恥ずかしがり屋だな、アイツは。
須崎の視線が逸れてから、オレは改めてセンパイの質問に小声で答えた。
「須崎には、まだ……。アイツ、男同士とか苦手そうだし、折角仲良くなれたのに引かれたら悲しいなって」
そういや、よくタカとの仲をホモだホモだと揶揄されたりしたっけ。随分丸くなったよな、須崎も。……まさか、オレが本当に男を好きになるとは、オレ自身思いもよらなかったけど。
センパイは言う。
「いやぁ……それは大丈夫だと思うけど。むしろ、早く話してあげた方がいいんじゃないかなぁ、うん。あの様子だと、ちょっと気の毒だよ」
「そっか……だよな。友達なんだから、ちゃんと信頼してやんねーとだな。近々、そうする」
「まぁ、それはそれでまた気の毒なことにはなるんだけどね」
「うん?」
「んーん、何でも」
センパイはニッコリと笑って、キャラメルラテを一口啜った。クレームブリュレにキャラメルラテ……カラメルにキャラメルでメルメル祭りだな。
ちなみに、センパイの分はオレの奢りだ。家の約束を最後まで果たせなかったお詫びと、前に四ノ宮と会うのに協力してくれたお礼をということで、今日はオレから誘ったのだ。
「でも、よくレンレンがおれと二人で会うのを許してくれたね? タカっち並に束縛彼氏になりそうな気質だと思ってたけど」
「ああ……九重には言ってない。アイツ今日用事で出払ってるから、その隙に」
「うわ、大丈夫なの? それ。後でバレたら怖いよ~」
「平気だ。今はオレがアイツの弱み握ってっから」
「え、何それ。何か逞しくなったね、トッキー」
「……それでさ、センパイに頼みがあるんだけど」
実は、今日センパイを呼んだのも、半分はそれが目的だったりする。
「ん~? 何々? 申してみよ」
「えっと……浴衣をさ、選ぶの手伝って欲しいなーって。明日、九重と一緒に花火大会行く約束してるんだ」
「それは、レンレンに選んでもらうんじゃ駄目なの?」
「いや、アイツには直前まで秘密にしておきたいんだよ。で、ビックリさせるんだ」
「成程、乙女心だね」
「乙女じゃねーし!」
「いいよ。そういうことなら。……それにしても、そっかぁ。まさか、トッキーがレンレンに行くとはねー」
気前よく請け負ってから、センパイはふと遠くを見るような眼差しでオレを見た。
「思ったよりも早かったなぁ。何も仕掛ける時間無かったね。もしも、先に出逢ったのがおれの方だったら……結果は変わってたかな?」
――え?
「……なんて。おれはまだ諦めてないけどね」
「え? センパイ、今なんて?」
「んーん、何でも」
「?」
意味の分からないセンパイの言に内心首を捻っていると、店内に来客を告げる鈴の音が鳴り響いた。バイトの習性でそちらに目を向け、そこに居た人物にギョッとする。
「四ノ宮!?」
「あ、お久しぶりです、トキさん」
相変わらずのエンジェルスマイルを浮かべて、四ノ宮は何気なくこちらの席に寄ってくる。可憐な顔には、タカに殴られた痣がまだ痛ましげに刻印されていた。
「な、なんでお前」
「お、来たね四ノ宮くん。それじゃあ、面接を始めようか」
背後から掛けられた声に振り向くと、奥のキッチンスペースから店長こと渋谷さんが出てきたところだった。
「面接?」
「バイトの雇用面接ですよ」
答えて、四ノ宮はそれから内緒話をするみたいに、そっと続きを耳打ちしてきた。
「誰かさんが煩いので、危ない〝バイト〟は辞めて、健全な方にシフトチェンジしようかと思いまして」
「それは大いに結構だけど……でも、何でオレと同じとこ!?」
四ノ宮とは色々あったのに、同じ職場とかめちゃくちゃ気まずいじゃん!?
面食らうオレに、果たして当の四ノ宮は――。
「嫌がらせですけど」
きっぱりと言い放ち、至極チャーミングに微笑んでみせた。
うぐっ……相変わらず、いい性格してやがる!
怯むオレの反応に、満足げにクスクス笑みを零した後、四ノ宮は、
「それでは、また。これから、仕事でもよろしくお願いしますね。先輩?」
などと、そらぞらしく挨拶を投げながら店長の方へと歩み去っていった。
一部始終を見ていた五十鈴センパイが、感心したように鼻を鳴らした。
「うわー、また何か面白いことになってきたねー」
面白くはない。……けど、とりあえず四ノ宮も何だかんだ元気そうで、そこだけは安心した。どうやら、オレの周りはまだこれからも色々と騒がしくなりそうだ。
その時、オレの鞄からスマホが着信を告げた。初期に設定したままだった、ジョーズのテーマソング。
「九重だ」
「ジョーズて」
五十鈴センパイが吹き出す傍ら、オレは断りを入れて店外に赴いた。やべ、そういや九重の登録名も〝バカ〟のまんまじゃん。いい加減変えとかないと、本人に気付かれたら怒られそうだ。
改めて何の曲にしようかな、なんて考えながらスマホの応答ボタンを押す。
「もしもし、九重。用事とやらは終わったのか? ……うん。うん。……え?」
数分後、通話を終えるとオレは慌てて五十鈴センパイの元へ戻った。
「ごめん、センパイ! 浴衣の件、やっぱキャンセルで!」
「え? どうして?」
「九重がオレの浴衣買ってきたって……試着させようと思ったのに、オレが家に居ないから、今何処に居るんだ? って」
「あちゃー、先を越されたか」
「とにかく、オレ! 帰ります! すみません、センパイ。バタバタしちゃって」
「んーん。また今度、改めて遊んでね~」
「はい!」
センパイに暇を告げると、手早く会計を済ませ、店を出た。途端に、オレは駆け出した。
全く、アイツ……相変わらず勝手な奴だ。浴衣買うなら買うって言っとけよ。逆サプライズか。
内心ぶちぶち文句を垂れるも、足取りは軽い。九重がオレの為に選んでくれた浴衣がどんなものか気になるし、何よりその気持ちが嬉しかった。
――アイツ、どんな反応するかな。
浴衣もだけど、明日のことも。何せアイツ、これまで人生で一度も夏祭りに行ったことがないんだとさ。花火もいつも、遠くから見てるだけだったって。
アイツ、ずっと独りで勉強しかしてこなかったもんな。何でも知っているようで、実は知らないことだらけなんじゃね?
アイツの知らない楽しいこと、素敵なこと、これからオレが沢山教えてやろう。そうやって、少しずつ一緒に歩いていくんだ。
――楽しみだな。
自然、口元が緩む。
明日の花火はきっと、いつもよりも綺麗だ。
【完】
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