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10-10 初めてのように、何度でも。 ◆
触れた皮膚の表面から、信号が広がっていく。神経を駆け上がり、脳髄が揺さぶられる。額の中心が疼く。擽ったいような、痺れるような、強い官能。
――キスは媚薬だ。唇を軽く重ねただけで、膨大な脳内物質が分泌される。脳に一番近い場所での触れ合いだからなのか。伝わる相手の体温と吐息の熱に、酔わされそう。
九重も同じなんだろうか。もっととばかりに押し付けられる柔らかな感触に浸っていると、唇の隙間から濡れた舌が挿入 り込んできた。ぬるりと口唇を割り、歯列をなぞっては奥へと進む厚い肉の塊。
「んっ……」
閉ざした瞼が震えた。思わず九重の肩を掴む手に力が入る。口内を優しく撫ぜて誘う舌の動きに、応えてこちらからもそっと舌先で触れた。ぎこちないオレをリードするように、すぐさま九重のそれが絡め取る。
初めは紳士に、次第に大胆に。求め合い、絡まり合う濃厚なダンスタイム。増幅する多幸感、欠乏する酸素。意識がぼんやりと溶かされていく。
甘い接吻 の魔法に翻弄されていると、不意に胸元に九重の手指が滑り込んだ。シャツの上を這う長い指先は、的確にオレの胸の突起を探り当て、弄い始める。既に勃ち上がり硬くなっていたそこをくりくりと捏ねられ、走る電気信号にオレは慌てて九重の肩を押した。
けれども、九重の身体はビクともしない。鼻から抜ける声にならない音で抗議を飛ばすも、九重は一向に止まる気配が無いので、顔を逸らして舌の連結を断った。唾液の糸が、名残を惜しむように二人の間を繋ぐ。
「はぁっ……ちょ、待て!」
「何で」
「何でって、その……す、するのか?」
てっきりキスで終わりかと思っていたのに、その触れ方は……。
「お前が〝分からせろ〟って言ったんだろ」
「言ったけど、そういう意味じゃ……つーか、ここ通路だぞ!?」
「誰も来やしない」
そうだけども!
そういう問題じゃない、とツッコもうとするも、向き直ると欲情した肉食獣のような黄金色の瞳とかち合ってしまい、つい怯んだ。
「ここ数日お前に触れられなくて、こっちは散々我慢させられてきたんだ。のんびり構えていられる程余裕はない。……それとも、嫌なのか?」
「い、嫌って訳じゃ……ないけど」
目を伏せてごにょごにょ口の中で零すと、九重は「じゃあ問題ないな」とさらりと発し、とっとと行為に戻ろうとする。オレは再び慌てて止めに掛かった。
「だから、待てって! ……むしろ、お前の方は嫌じゃないのか?」
「俺が?」
キョトンとする九重に、一度窺うような視線を投げて、オレは再び俯いた。
「オレ……汚れもの、だろ。お前以外の男にも、抱かれたこと、あるじゃん。だから……」
そんな奴抱くの、やっぱ嫌じゃねえ?
改めてその事実に思い至ると、急に自信が無くなった。九重はオレのこと好きって言ってくれたけど、でも――。
「関係無い」
きっぱりと、九重はそう告げた。目を丸くして見上げると、琥珀色の瞳が真摯に見つめ返してきた。
「お前だから、欲しい」
あまりにも真っ直ぐな言葉。思わず声を失くす。頬が熱い。きっとオレ、今赤面してる。高鳴る鼓動に惑うオレに、九重はドヤとばかりに鼻を鳴らした。
「それに、他の男のことなんて俺が全て塗り替えるから、問題ない」
「あっ……!」
痺れを切らしたように、九重はオレの首筋に顔を埋めた。そのまま鎖骨までをねっとりと舐め下ろしながら、今度はオレの雄の象徴に手を伸ばす。反射的に逃れるように腰を引くが、背後の壁にすぐに退路を絶たれた。
追い詰められ、容赦なく責められて、そこは徐々に硬度を増していき……やがては、はち切れそうな程に布を押し上げて主張する。
そこで一旦手を離すと、九重はオレのズボンのベルトを外し、手際よく下着と同時に下ろして、オレの雄を解放した。
直後、羞恥する間も与えられず、九重はそれを直に手の中に握り込んだ。布越しよりも熱い掌の感覚に、腰が跳ねる。
「んぁ……ッ」
「花鏡、可愛い」
可愛いって、何だよ!
またも心臓が忙しなくなる。オレの反応を具 に観察すべく、九重は扱きながら顔を正面からじっと覗き込んでくる。やめろ、見るな。今きっと、オレ凄く情けない顔してる。
つーか、可愛いとか言われて、何ちょっと嬉しくなってんだよ、オレ! 有り得ねえだろ!
困惑する間にも行為は続いている。敏感になったそこを擦られる度、先端から先走りの液が生じ、九重の手を濡らしてはちゅくちゅくと淫猥な水音を立て始める。誘われる羞恥。走る快楽に耐え、肩に爪を立てた。身体の中央から全身へと、甘い疼きが拡散して感覚を支配していく。
――ダメだ。イきたい。イって楽になってしまいたい。願うともなく思うと、下半身により神経が集中していく。
あと少し。先端をあと一擦りでもすれば、もう果てそうだというところで、ふつりと刺激が途絶えた。
え? 何で?
戸惑いの眼差しを向けると、九重は意味深に目を細め、手に纏わせた液体をオレに見せつけるように掲げて舐ってみせた。ぞくりと背筋に衝動が駆け抜ける。寸止めされた前が、求めるように震えた。
しかし、九重はもうそこには触れずに、今度はオレの後孔に指を滑らせる。瞬間、我に返った。
「こ、九重ッ待て!」
「今度は何だ? 往生際が悪いぞ」
「いや……そういえば、流れでオレこっち側になってたけど、オレがお前を抱くって選択肢は無いのか?」
オレだって男だ。どちらかというと抱かれるよりも抱きたい。これまでは基本無理矢理だったからそんな考えも浮かばなかったけど、合意となると話は別だ。オレだって九重のこと気持ち良くさせたいし、身体だってちゃんと見たい。……そうだよ、コイツいつもオレばっか脱がせて、自分はあんまり肌見せなくね?
「無いな」
一蹴だった。全く思案する素振りも見せず即座に却下すると、九重はそのままオレの蕾を撫でた。
「っ……!」
唾液と先走り液をシワの一つ一つに丹念に塗り付けられていくと、抗議する余裕も失せた。代わりに唇からは色を孕んだ吐息が漏れ出したので、口元に手の甲を押し当てて堪える。入口がもの欲しげにひくつき始めた頃、満を持したように九重の指先が内部へと侵入を図った。
途端、軽い痛みと異物感に息を詰めるも、ゆっくり内壁を擦られ弱い部分を刺激されると、甘い痺れが走り九重の指をきゅうと締め付けた。
「だって、お前好きだろ? ここ」
「そ、そういう訳じゃ……ぁ、んッ」
オレを黙らせるように、指の本数が増した。それもすぐに受け入れるようになってしまった自分の身体の変化に、内心戸惑う。
やがてはそんな思考さえも、与えられる快楽の渦に呑み込まれて薄れていく。再び覗いた頂に今度こそ到達しそうになった時、突如内部から指を引き抜かれ、切なく啼いた。
また……何で? あと少しなのに。
滞留した熱が身体の外側に出たがって、とぐろを巻いている。潤んだ瞳で見上げた先、九重がズボンの前を開いて自身を取り出す様が見えた。既に怒張した存在感のあるそれの登場に、ハッと瞠目する。
「これが欲しいか?」
「……っお前、それを言わせたくて、さっきからわざと……」
「わざと? 何がだ?」
分かってる癖に。恨めしく思いながら、ぼやく。
「意地悪……」
「そんな俺が嫌いじゃないんだろう?」
九重が微笑 う。悪戯っぽく。強引で傲慢で、めちゃくちゃ腹が立つのに……何でだろう。悲しいかな、そんな表情にまでときめいてしまう自分が居る。
――悔しいけれど、その通りだ。
「もう……いいから、早く挿れろよッ」
焦らされ続けた身体は、もう限界だ。欲しくて……欲しくて堪らない。拗ねたように乞うと、九重は満足気に口元を吊り上げた。
オレのズボンを一番下までずり下ろし、片脚だけを引き抜いて抱え上げ、入口に己のものを宛てがう。――次の瞬間、片脚立ちの不安定な体勢のまま、一気に最奥までを貫かれた。
「ひぅ、ぁあ……っ!」
途端に、堰を切って快楽が溢れ出す。刹那にして果て、大きく仰け反ると、背後の壁に背中をぶつけ、支えられた。挿れられたばかりの九重のものを強く締め付けながら、荒い息を吐いて陶酔するように余韻に浸る。
「挿れた瞬間にイったな」
うるさい。お前が焦らし過ぎなんだよ。って、言いたいけど、呼吸が乱れて上手く喋れない。
すると、オレが落ち着くのを待たずに九重が動き始めたものだから、無防備な口から悲鳴にも似た嬌声が飛び出した。
果てたばかりで痙攣する内壁を、九重は容赦なく擦り、前立腺を抉る。その度、強烈な快楽が駆け昇っては、オレを翻弄した。
「や、ぁッ……! オレ、今イ……っ!」
「悪いな。俺も余裕が無いと言っただろ?」
昂った吐息混じりの低い声音で、九重が囁く。敏感な媚肉は一突き毎に痺れて震え、何度も達するような感覚が連続した。前も抽挿に合わせてピュッピュと精を吐き散らかし、着たままのシャツを汗と共にぐしゃぐしゃに濡らしていく。
「あっ、奥ッ……もぅ、ヤ……!」
イかされ過ぎて訳が分からなくなる。頭の中が全部ショートして、壊れてしまいそう。――持っていかれる。思考も何もかも。
怖くなって、何処にも行かないよう、九重の身体に縋り付いてキツく抱き締めた。繋いだ身体の境目が曖昧になり、段々九重と一つに溶け合っていくような錯覚を覚えた。
それが何故だか嬉しくて、言い知れぬ幸福感が全身全霊を満たしていく。
――離れ離れになっていた半身を、ようやく見つけたみたいな……そんな不思議な心地だった。
それは、どのくらい続いたのか。不意に九重自身が内部で大きさを増し、ぶるりと震えたかと思うと、直後切なげに息を詰まらせて、彼が頂を越えた。
熱い液体が身体の奥に広がるのを感じて、オレも再び大きな波に襲われる。声にならない声を喉奥から迸らせながら、抱き着く腕にぎゅっと力を込めて、オレは何度目かの絶頂を迎えた。
「はぁっ、はぁ、は……」
朦朧とする意識の中、抱き締めた相手の身体の温もりが……内部に存在する九重のそれも含めて全て、何だか至極愛おしく感じられた。
乱れた呼気もそのままに、吐息を交換するように九重の唇がオレの口を塞ぐ。
そっと、啄むだけの優しいキス。ゆっくりと一度だけ口付けを交わすと、九重は唇を離し、至近距離からオレを見つめた。
「好きだ……花鏡」
真っ直ぐな、熱い眼差し。身体の奥底にまで浸透するような、甘い愛の囁き。何故だか泣きたくなるくらい、心が震えた。
「オレも……」
自然と、その言葉が口を突いて出た。
――〝オレも、お前が好きだ〟
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