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後夜の散
人里から少々とおい山の道である。
広い道であるのにすっかりと寂れて久しいのは、そこに獣魔が出るようになったからであった。
獣魔とは、大まかに言うと人間と敵対する獣人のことだ。
人の姿に近い者もいれば、全く獣や虫のようであったりする者もいる。
そこらの狼と同じ程度から妖術を使うものまで、強さの幅も広い。
人間と共存する獣人もいるのだが、まだ敵対しあう関係のほうが多かった。
この道に出る獣魔も、通る人間を老若男女かまわず襲い犯して喰うという。
獣魔退治を生業とする者……獣魔狩り達も数人がこの場所に挑んだが、誰一人として戻っては来なかった。
いまや近くの里村に住む人間は獣魔が出るこの山道に近寄ろうともしなくなった。
まれに何も知らない旅人がその道を使い、あわれにも獣魔の餌となる。
山の獣魔が里村まで下りてきて人間を襲わないのは、彼らの命でまだ足りているからだ。
その道に向かう旅人を見ても村の者達が止めないのは、それを知っているからだった。
今宵もまた一人の旅人が、獣魔の襲撃を受けていた。
月は雲に隠れ足元も見えなかった。
すでに獣道すらはずれ、腰ほどまでにも伸びた草の中をがむしゃらに逃げ回っていた。
月の灯りがあったなら、そして他に彼を傍観している者があったなら、その青年が目をみはる美男であることがわかっただろう。
目深に被った旅笠の下は白い肌と長い黒髪。
スッと通った鼻筋に薄い唇。恐怖に見開かれていなければ、涼しげだが愛嬌のある丸い目じり。
華奢めで、男くささをあまり感じさせない中性的な雰囲気だった。
華やかな街の芝居小屋がしっくり来る顔立ちだ。
旅装束にしては軽装の薄紫の衣の帯に、身の厚い刀を差していた。
特徴のある刀は、獣魔を殺める力を秘めたものだ。
どうも青年は獣魔狩りであるらしいのだが、その逃げ回る様子から、いきがって挑んだものの土壇場でおじけた青二才のように見えた。
彼を追う獣魔の姿は、暗闇になじんでハッキリとは判らなかった。
ただ、青年より大きく、草を蹴散らし薙ぎ倒しながら追い立ててくるその音から、人間の形では無いと見当がついた。
逃げ惑う青年が草のもつれに足をとられ転倒すると、その身を起こす間もなく獣魔に地面へと押さえつけられた。
うつ伏せに押さえつけられながら青年は身をよじって顔をそちらに向けるが、そこまで接近しても獣魔の姿は暗闇に掻き消されている。
彼の体を縫いとめている獣魔の足は少なくとも四本以上で、硬く細く鋭い。
「は、はな……」
はなせ。
青年が声を絞り出すと、きちきちと獣魔の歯がなった。
それが意外なほど近く……顔のすぐ前、おそらく息が届くほども近くで聞こえて、青年の体はこわばった。
「アア、アア、久々の獲物だ」
濁った声がくつくつと含み笑いした。
泥の中から聞こえるような、べたべたとした声だった。
「また良い塩梅の肉。すぐ食うのも惜しい話だ」
獣魔の足が、押さえつけている青年の腰を値踏みするように押した。
若い人間の肉は数年ぶり、そう嗤ってそいつは足の先端についている爪で青年の衣を引き裂いた。
雲が薄らいで少しだけ月の灯りが戻るが、そこにぼんやりと浮かび上がったのは深い草地の中で無残に弄ばれている青年の姿だ。
最初のうちは激しく抵抗していたが、すぐに力で負けて、脚をこじ開けられた時にはもう痛々しいうめき声をあげるだけだった。
突き上げられながら、青年は自分を犯している獣魔の姿を月を背にしたシルエットで見た。
ぶよぶよとした頭部は何かの幼虫のようだった。途中から複数の凹凸が飛び出ていて、胸から下は硬い直翅目のような大きな腹が見えた。
そいつの生殖器が彼を突くたびに、その腹が大きく蠢いていた。
「ひッ、あぅ、ああっ」
詰まった悲鳴をあげながら、けれどその身体は徐々に赤みを帯び始めていた。
犯されているのに乱れ始めたその様を満足げに眺め、獣魔は青年の首筋に吸い付いた。
頭部から肩部分にかけての柔らかい部分からにじみ出る粘液がぬるりと彼の身体にこびりつく。
「いや、嫌……っあ……」
怖気立ち首を振りながらも、粘液の感触が最後の引き金になったのか、やがてその口からは苦痛のものとはちがう吐息が聞こえてくる。
あ、あ、とかすかに声を漏らし、青年は獣魔の動きに合わせてたまらずに腰をゆすり始めた。
その仕草に獣魔が気付く。
「お前。ここに咥えるのは初めてではないな」
乱暴に突いたのに、腰の中は程よくじんわりと濡れていた。
過去にもうこの味を知っているものであった。
「その腕では獣魔狩りは名ばかり、さては身売りでもして食いつないでいたクチかよ」
言いながらさらに強く突き上げると、青年はとうとう耐え切れなくなったか切ない声を上げた。
「ああっ……そこ、そこは……!」
腰を獣魔に押付け、もっと深く突けとねだる。
獣魔が望みどおりに動いてやると、彼はもう堪えることなく喘ぎはじめた。
うっとりと瞼を閉じ、薄く開いた唇からは切なく甘やかな声が途切れなく漏れる。
無意識なのか、自分から脚を広げて再び身体を獣魔の動きにあわせてうごめかす。
先ほどまでとはあまりにも違う媚態に獣魔の方も思わず呻き、さらに突き上げを強めた。
すぐに食い殺すより、巣に連れ帰り飽くまで弄ぶのもいいと思い始めていた。
今まで襲った人間は数知れないが、こんなにも淫らを見せたのはこの獲物が初めてだった。
やがて食い殺されるというのに、今やこの人間は我を忘れているのだ。
「あッあ……とけて、とけて。ああ……」
青年はうわ言のように「とけて」繰り返す。
「どれだけを相手にしたらこんな好色な有様になるんだ。獣魔狩りさんよ」
精を中に出せとねだっているのだと思い獣魔はまた笑った。
青年が瞼を開いた。
恍惚に頬を染めながら、目はしっかりと獣魔を見据えていた。
「あっあ……やっと溶けてきた」
彼の目の正気を見て、獣魔はハッと飛び離れようとした。
が、青年の脚は獣魔の胴にきつく巻きつき、生殖器が青年の腰になおなお深く埋まる。
そこで初めて獣魔は自分の身の異変に気づいた。
青年の中に深々と埋まったモノが激しく痛み出した。
悲鳴を上げる獣魔に、今度は青年が笑った。
「苦しいでしょう。ああ、俺だって想像したくありません。あんたのアレがこの中で、今、溶けているなんて」
信じられない言葉を聞いて、獣魔は身をよじった。
青年の足はそれを許さず、もの凄い力で絡み付いていた。
引き剥がそうと手足を振り上げるが、どれも青年には当たらなかった。
「このように浅ましい身体にしたのはお前達ですよ。思い知るといい」
青年の言葉の意味を、獣魔は飲み込めなかった。
「私の母と友の母は身重の時に獣魔に凌辱された。奇跡的に命は落とさなかったがその後に生まれた私と友の身にはお前達獣魔の淫の気が染みてしまったのです。以来数ヶ月に一度はお前達の精をこの身に入れなければ気が狂う。憎い。ああ憎い。色街で男娼をするくらいなら、狩人になってお前たちの精を吸い殺したほうがまだ気が晴れるというもの」
突如、獣魔は背に衝撃を覚えた。
その衝撃が激しい痛み変わり、背を獣魔狩りの刀で刺されたと知った。
「な……」
呻いて首を後ろに向けると、そこには今組み敷いている青年と同じくらいの体躯の人影が立っていた。
「獣魔狩りが、もう一人だと」
気配など無かった……いや。
青年の淫らに夢中になってもう一人の気配に気が付かなかったのだと知ったとき、獣魔は断末魔がわりに大量に射精した。
そしてそれと同時に首は胴から離れていた。
組み敷かれていた相棒の身体から、サジは獣魔の屍を引き剥がした。
「いたた……」
組み敷かれていたほうの青年、ノラは呻いて大きく息をついた。
「こいつのは硬くて中々溶けなかった。ああ、手間だった」
「――怪我は?」
口から首までをすっぽりと覆う襟巻きの下から、サジは掠れた小さな声で聞いた。
左目が白濁していて表情の乏しい顔だが、生きているほうの右目にノラを気遣う感情が浮かんでいた。
「少し休めば大丈夫です。よりによって今晩にこんな下手な奴があたるなんて。演技も余計に損した気分だ。せめて見てくれが良けりゃまだマシだったのに」
そう言ってノラは自分の脚の間、まだ濡れているその所に指を差し入れた。
そしてノラのものか獣魔のものか、びっとりと淫水を吸った紙を引きずり出した。
それは獣魔に害をなす護符だった。知り合いのまじない師が彼らの狩りの為に特別に作ってくれたものだ。
「フウレイさんの護符はよく効きますね」
言って、ノラは自分を犯していた獣魔の屍に目をやった。
まだ足がぴくぴくと動いているその腹の下からだらしなく出ている生殖器が、護符の力で溶けてぼろぼろになっていた。
「あと何枚残ってます?」
「――三枚」
サジが懐を見て答えた。
「来月は俺。再来月はノラ……三、四ヶ月は持つと思うけど……」
「念のために、できれば早めにフウレイさんに貰いに行ったほうがいいですかねぇ」
ノラの言葉にサジは小さく頷いた。
「ああ。周期がずれたら面倒だし……」
たまに早く精切れの発作がくる。
ノラは立ち上がって衣を整えた。破られた部分もあるが大して目立たない。
「上手なのがよかったあぁ」
まだ愚痴るノラに、サジの目は呆れた形になった。
「――俺は……下手なのが、よかった」
その言葉にノラは微笑んで溜息をついた。
サジは半年ほど前、『狩り』で標的にした獣魔に本気で『我を忘れた』。
相手が獣魔だと忘れるくらいに思い切り気をやってしまい、様子がおかしいことに感付いたノラが合図を待たずに切り込んでこなければ殺されていた。
サジを思い切り翻弄したその獣魔は結局逃げおおせて、そのときにサジの片目と声を奪っていった。
「上手いのは危ない。俺は下手なのがイイ」
「えー。でも下手すぎるのもやだ」
二人はボソボソと言い合いながら、それでもまた憎い獣魔を一匹葬れたことに、ひったりとした笑みを浮かべあった。
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