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第49話

大きく力強い目が、じっと心を見据えた。真っ直ぐで澱みない、静の全てを物語る瞳。 「俺が、どうしたいんか…」 まさか、返されるとは思わなかったのか心がフッと笑った。 心を目の前にして、怯むことなく目を合わせてくる人間はどれくらい居ただろうか。 静は初めからそうだった。心に対して恐怖もなく諂うこともなく。そして、極道と知れば怯むことなく喧嘩上等。 静が他の人間と違うと思ったのは、この折れることも緩むこともない真っ直ぐな芯の強さ。 躊躇いも迷いも恐怖もない。それが吉良 静。 心は少しばかり目を細めると、フッと笑った。 「強制はしたない」 「うん?」 「好きや」 「うん…え?は?」 一瞬、何を言われたのかわからずに、呆ける。言われた言葉を反芻してみて、カッと顔に血が昇った。 「…真っ赤」 ククッと笑われ、スッと伸びて来た指に頬を突かれる。 「う、うるさい」 パシッと手を払い除け、そうしたところで変わらない顔を擦った。 「俺は何かもう、ずっと極道やから。普通が分からん」 珍しくよく喋るなと思いながら、静は首を傾げた。 「…普通」 心の言う、普通とは何だろう? 静の歩んできた今までの長いとは言えない人生は、普通だろうか。いや、きっと普通とは言わないだろう。 では、大学で静と同じ講義を受けている学生はどうだ? 強いて言えば、両親は揃っていないといけないのか? 揃っていても、例えば父親がリストラされてたりしたら? 母親がキッチンドラッカーだったら?不倫していたら?兄弟がグレてたら? どこからどこまでが普通で、どこからどこまでが普通じゃないのか。 そんなもの、きっと基準もなければ決まりもない。人それぞれの人生がある様に、人それぞれの捉え方があるはずだ。 「そんなの…俺にもわかんねーよ。普通ってなんだよ」 結局、答えが出なくて静は口を尖らした。 「せやな。俺も彪鷹も…成田も他の組員も、極道に関わる家の人間やった。相馬かてそうや…。ああ、崎山はちゃうけど。やから普通が分からん。ただ、普通は極道は忌み嫌われる人種やていうんは分かる。静は特に…嫌がるんは分かる。しかも俺に関わるんはリスクが大きい。強制は出来んし、する気はあらへん」 「…珍しく、よく喋ると思ったら」 普通とはそういう普通か。普通の人は、”極道”には関わらないという”普通”。 傲岸不遜で得手勝手なくせに他人の事を気遣うなんて、明日は槍でも降るのか。 「大多喜組で一度、ボコられてさ。なんだっけ?男が男に身体売る専門の店。そこに売られそうになった」 静の突然の告白に、心の顳かみがピクリと動いた。 「外見はこんなんだけど男だから、殴られたところで痛みが少しあるくらいで」 静は話ながら心の手を取った。前も思ったが、指の長い綺麗な手だ。大きくて、節がゴツゴツしてなくて心の身体同様、すらりとしている。 ところどころ傷があるのが心らしい。そんなことを思いながら、静は話し続けた。 「親父が自殺したばっかで、ちょっと感覚が鈍ってて、痛みにも鈍ってて。痛みで身体が動かないとかの感覚が麻痺してたおかげで、隙を見て逃げれた。それに、逃げるために桟橋から海にジャンプしたこともある」 「…桟橋?」 「俺は、弱くないよ」 ギュッと心の手を握った。 年下なんて嘘だろと思っていたが、時折見せる目がたまに幼い。それに獰猛な瞳の中に一瞬だけ垣間見える、静にしか分からない隙がある。それが可愛いと思う。 可愛いなんてきっと世界一似合わない形容詞だが、可愛いのだ。 静は心の手を握りながら、心の迷いを感じた。 心の言う”厄介な奴”が、恐らく、眞澄や他の組とは度合いが違うのだろう。そして、本気の殺意を持っている相手だ。 ここは年上の俺が汲んでやらないとなと、静はにっこりと微笑んだ。 「…俺も、心が好きだよ」 瞬間、獰猛な猛獣が牙を剥いた。 引き寄せられたと思ったら、床に強かに背中を打ち付けた。 きっと出逢った時に捕まってた。唯我独尊で豪放磊落で、でもやる気がなくて、でも、存在だけで皆を平伏せさせる百獣の王。 ギュッと抱き締められ、喉笛に痛みが出るくらいに吸い付かれる。喰われると錯覚しそうな感覚。 そこもライオンかと笑いそうになった。だが必死だと身体から伝わる。 これ以上、進まないように、心が自分の獰猛な理性と闘ってる。傷つけたくないと、己と闘ってる。 「心…」 広い背中におずおずと手を回す。 欲しがっているのはどっちだ? 「…来いよ」 静が耳元で囁いた。 口づけは静の全てを吸いとるようで、息つく暇さえなかった。歯列を舐めあげられ、驚いて縮こまる舌を絡みとられる。 押し倒され、尚且つ抱き締められれば身動き一つ取れない。その身体の服の下から心の手が入り込む。 大食漢だが平均体重より下。どちらかと言えば痩せすぎ。もちろん、たわわに実った果実のような膨らみのある胸なんてない。 来いと言ったものの、自分の身体の造形に血の気が引いた。 「…っやだ」 無理矢理に顔を背けて拒絶。 来いと言いながら、嫌だとは何事だと思いながらも嫌なものは嫌。無理なものは無理。 「ちょ…ちょっと待って!!」 「…なにが」 静の拒絶に、心は怯むことなく服の下を弄る。 背中に回った手が、天使の羽のような肩甲骨をするりと撫でた。 「ま、待って!待て、待て!!」 犬にでも言う様に言う。それに、ぐぐっと喉を鳴らすところは野獣そのもの。 食べてくださいと腹を見せる草食獣を目の前に、肉食獣が我慢出来るわけもなく。それでも静は精一杯、拒んでみせた。 「お、俺、無理」 「アホか、俺が無理じゃ」 腰を抱いてた方の手が、静の背中に回り腕を掴み後ろ手に回す。 「あっ!?」 力も身体も圧倒的に上。静の身体の自由を奪う事なんて、心にとっては朝飯前だ。 「…ようやく抱けるってなったのんを、無理で止めれるか。俺が今まで我慢した褒美くらい寄越せ」 「褒美って…!俺、男だぞ」 何を今更。来いと言っておいて、俺、男だぞとは支離滅裂だと自分でも思った。 でも、とりあえず、そんな言葉しか浮かばなかった。 「…この、どあほうが」 獣が唸るように言ったかと思えば、拘束された腕が離され一気にシャツを剥ぎ取られる。 暗くもない、どちらかと言えば明るい部屋で開け放たれた窓からは青空。 その青空の見える部屋で上半身を裸にされ、羞恥で身体が赤く染まった。 「諦めろ」 獣が呟いた。 「ちょっ!…あっ」 まるで捕獲した獲物を味見するように、腰をベロリと舐められる。 抵抗する手をそれぞれ心の手に掴まれた、身動きが取れない中、腹に噛みつかれた。 「痛い!!!」 なに!?本気で食べる気か!?ジクジク痛む噛み痕を舐められる。 小さな痛みが走り、腰が逃げた。 下を見れば、もしかして血塗れなんじゃないかと思ったが、まさかそんなことはなかった。 だが、痛みのある場所はじんわり血が滲んでいた。 恨めしそうに見る静の目を見ながら、心が歯で静のジーンズのボタンを外し、チャックを下ろす。 「あ…っ!バカ!」 言っても手は押さえられたまま。お互いが、両手を使えなかった。 ちゅうっと腰骨辺りを吸われる。ガクンと腰が落ちた。 ざわざわと落ち着かない。腰で履いた下着の隙間に舌を入れられ、ゾクッとする。 下着のラインに合わせ、舌を這わされ抑えきれない声が漏れた。 「…し、心っ!!」 臍の下を吸われ、ぐっと息を詰める。心拍数が異常なほど上昇して、呼吸が忙しない。 ふっと自分の姿を思い浮かべて、ぎゅーっと目を瞑った。中途半端。脱がされたのは上の服だけ。下は前を寛げたジーンズをがっちり履いている。 女じゃあるまいし、上半身裸にヤダ!なんて気持ちの悪い悲鳴はあげたりしない。だが、両手を拘束されて臍周りや腰を甘噛みされて、落ち着かない。 「う、あぁ…」 口を開けるとあえかな声が漏れる。 ちゅうっと臍の下を吸われたとき、心の顎が静の下着を持ち上げる熱を刺激して身体が跳ねた。 「し、心!!や!!ここは嫌だ!!」 横を見れば、広大に広がる庭。そよそよと場違いな風まで吹き込んで、居心地の悪さは半端ない。 ばたばたと足をバタつかして暴れ出した静に、心はやれやれとばかりに拘束している手を離した。 瞬間、静は起き上がり服を戻そうとしたのだが、そのまま米俵の様に心に担ぎ上げられた。 「ちょ、ちょっと!!」 「ここは嫌なぁ。まぁ、初めてで床は色気ないよな」 色気があるとかないとか、そ、そんなもの、求めてないよ!! 心は静を担いだまま、廊下をどんどん進む。担がれながら目に入る、小さな中庭。 紅葉の木が一本。それと水琴窟。小さい空間ながら、その醸し出す風情には息を呑む。 「おい!!」 落ち着かない。上半身裸で、心許ないジーンズを何とか履いて肩に担がれて。 何だこれ、どうなんだこれ。 ふっと、廊下の幅が狭くなった。振り返れば、格子が見えた。心は千本格子のそれをカラカラ開けて、まだ中に進む。 木の香りが鼻をくすぐる。何畳あるのか検討もつかない部屋を更に奥に進んでいく。 荷物状態の静は暴れることも何か言うこともなく、次々現れる部屋の素晴らしさに圧倒されていた。 数寄を凝らした和をベースにした部屋。そこだけ段差のついた和室には、天井から伸びた棒が飾り棚をオブジェの様に演出していた。 部屋のどこにも古めかしさはない。だが真新しさもない。古さと新しさを融合させたそこ。 と、急に視界が暗くなった。振り返ると照明の落とされた部屋。 あ…と思った時には、静の身体は宙に舞っていた。 衝撃を全て吸収するベッドに身体が落とされ、慌てて起き上がると心が静の唇を奪った。ちゅっと吸われて、離れたと思ったら唇をペロリと舐められる。 獣が味見をするようなそれを繰り返され、ぎろり睨むと心が笑った。 「あそこであのまま…ヤラれるかと思った」 「それもええけど、やっぱり誰にも見せたくない」 「あ?」 「…例えば、空にも」 そう言って、心は静の肩を緩く押す。それに静が応えるように、身体を倒した。

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