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#17 はじめから択ぶ答えは
季節は秋に傾いている。だけど陽射しや空気の暑さの中にはらんだ夏はまだ終わりを告げようとせず、緑蔭の碧 は、いくばくかのくすみを滲ませつつもまだ旺盛な生命力を内奥して僕たちの上に降り注いでいた。
風が揺れて、木漏れ陽が時折流星 のように穏やかに過ぎる。
その中で、僕はあらためて柚弥 の顔を見つめた。
深い線が折り込まれた二重 の下に、吸い込まれそうな色を落とし込んだ切れ長の瞳が、目尻に向かって長く弧を踊らせた睫毛を瞬かせながら刻まれている。
その揺れるように大きな瞳が、不思議そうに僕のことを見守っている。
少しだけ神経質そうに感じる尖って控えめな鼻、その下の唇は、緑蔭の中でも薄紅をはっきりと宿しているのが見て取れ、僕の言葉を待っているのか、柔らかな触感が伝わってくるように何か問いたそうな形を浮かべてほんの少し開いていた。
それらが、神様がつくった容器 みたいに余分な曲線を削ぎ落とした白い貌 の中へ収まっている。
本当に、綺麗な顔をしている……。
一見すれば、まるで何の汚れも知らないような無垢ささえ感じるほどだった。
だが、その顔が無垢とは真逆へみだらに歪んで狂い咲いたのを、僕は知っている。
確実に知っている。思い起こそうとしなくても、瞳裏 にありありと浮かべることができ、今朝はその顔へ相対することが出来なかったけれど、今こうして彼の顔を見ると、胸を疼くような苦しさが靄 みたいに湧き上がってくる。
結局、僕に与えられた答えなんて、始めから選ぶことは出来はしないものなのだ。
彼が姿を消した時間、ずっと考えていた。これから先、隣の席である彼とどう接して、付き合っていくのか、いけるのかと。
何もかも押し隠して、昨日見た『こと』をなかったことにし、ごく普通の友達として平穏な日常をやり過ごしていくのか。
それも、やろうと思えば出来たのかもしれない。現に目の前の彼は、昨日の痕跡を完全に払拭して、僕に無邪気な瞳差しを向けている。
この彼の姿も、きっと嘘じゃない。
その裏側を封じている蓋を開けることなく、彼とこれからも楽しく『友達』としての関係を築いていきたいのなら、僕の真の感情なんか欺いて、何事もなく彼に笑顔を向けていれば良かったのだ。
だが、不器用で馬鹿正直な僕は、どうしてもそれが出来なかった。
彼が屈託なく話しかけて、僕の態度で落ち込んだり喜んだり、輝くような笑顔を見せてくれる度に、昨日見た彼とのあまりの対極に僕は混乱し、本当にあれは『現実』だったのかと、どうしても信じるきることが出来なかった。
だけど、昨日見た彼のあの姿も、きっと真実なのだ。
どんな形にしても、彼と付き合っていくなかで、絶対に避けて通れない問題なのだと思う。
惑乱をくぐり抜けた先、やはり彼と友達になりたい、彼のことを知りたいという想いはそのまま、一つの答えに結びつけられた。
どんな結果になっても構わない。僕は彼の『真実』が知りたかった。
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