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#41 このまま、なら *

 開いていた唇を結び、梗介は滴るような煽情をその内へあっさり戻した。  興を失ったように、貌を横に傾ける。  そしてまた、半端に踏みつけられ、慌てふためく蟻を遠目に眺めるような表情をして、僕を見遣った。  本当に、僕に何の情も抱いていないのだと、当たり前だけど、十二分にそれを、改めて認識することの出来る貌をしていた。 「——……っ……!」  興味が逸れて、解放される。とまでは思っていなかった。  だけど俄かに力を加えられた手頸に痛みと危機を覚え、僕は梗介を見上げた。  小刻みに震える腕の隙間で、無彩を想わせる彫像の、眼はこちらに向けられていなかった。  その下の唇が、思い出したように動く。 「じゃ、解体(ばらし)ってことで」  こちらを向いた氷塊を射すような梗介の眼に、心臓が戦慄したが、そんな僕の機微など一切興味がないと言わんばかりに、 梗介は僕の顔を通過し、首許に顔を(うず)めたと思ったら、鎖骨を、先程耳にされたのとはまるで違う、 疼きを伴わない、捕食されるのかと紛うくらいの酷さで歯を当てられ、背が冷えるような心地と痛苦に僕は顔を歪めた。 「先輩っ……!」 「五月蝿(うるせ)えマグロがしゃしゃり出て、喰えもしねえ、使えもしねえって言うのなら、 後は廃棄だろ」  中で釦を繰っていた梗介の指が、気付いたら今度はシャツの外から僕の肌に這う蛇のように侵入していた。  何の情も帯びない。  廃棄のための、ひとすじの交情や熱をも生まない、きっと儀礼に近い愛撫(さぎょう)だ。  それだけど、動かない腕、そして甘い痺れに熟れて委ねたくなるようなその香りに、感覚を縛りつけられてしまったのか、僕は呆然とそれを見送るだけの状態でいた。  はだけたシャツの中を覗った梗介が、また取るに足らないものの感想を挙げるように、独りごちる。   「…………誰にも踏み荒らされてねえのな。 そんなもの、とっくの昔に擦り切れて、忘れちまったぜ。 それがひとの土足に遭ってどんな(いろ)がつくかは、 ……興味はなくはねえ」  このまま屍のような状態でいれば、確実に梗介に侵される。  流石にそれは、嫌だ。絶対に。  だけど、この期に及んで、僕の脳裏にさっきから散らついていた夢想が流れ込む。  このままいれば、梗介が言っていたように、 "柚弥(ゆきや)"と同じ境地になれるのか。  柚弥(かれ)が視る世界。彼の味わう悦楽。  彼が最も愛して、欲してやまないもの。  彼の感じる苦痛。懊悩。そして惑いを、 少しでも、この身に欠片でも感じて、 "共になる"ことが出来るのか、と——。  どうしよう。  侵されるかも知れない、という背筋に冷えるものが滴るおそれと背中合わせに、 陽炎のように朧ぐ"柚弥"の姿が、『甘美』に似たその惑いで(くる)まれて、 僕を覆う梗介の気配もそのままに、何もかもを、通り過ぎるに委ねてしまうような麻痺を感じていた。 「何やってるんだよっ……!!」

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