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隣の男(2)

 緑道は線路から外れると、住宅街の中を抜け、市場の方へ通じている。  日が長くなって、まだ明るい。男は市場の裏手を進み、大通りを交差する陸橋の方へ歩く。  陸橋に通じる緑色に塗った歩行者用のらせん階段の手前に、暗い色をしたまっすぐな小さい階段が交差するように立っている。小さい階段を上り、ぐるっと回って、下の方へ降りた。  いつも不思議なつくりだと思う。突然、真下に川があらわれる。川の上にはさっきの陸橋とはちがう橋が交差して、コンクリートの護岸に、まるで港でみるような波が打ちつけ、オレンジ色のブイが浮いている。川の下の細い通路を通りぬけ、橋の先の明るい川岸へ歩いていく。  コンクリートで固められた川岸に、ボーリング場で会った男が座っている。いつものように近づいて隣に座り、タバコを取り出した。 「川の波って、何なんだろうね」と隣の男が言った。 「あれ、海から来てるのか、山から来てるのか、どっちだと思う」 「山って、どこにあるんだよ」 「この川の最初のところ。だいたい、海の反対は山でしょ」  そのまましばらく二人で、他愛ない話をする。 「腹減った」と隣の男がいい、どちらからともなく立ち上がって、川沿いに歩いた。川岸の遊歩道は数年前に工事が終わり、白っぽく舗装されて広くなった。どちらの岸辺にも高いビルが建っている。川の上の空だけはひらけている。川の上に建つのは橋だけだ。 「ボーリング場の下の風呂に、マッサージあるじゃん」と、隣を歩く男が言う。 「衝立で仕切られているやつ? 受付にでかいおばちゃんがいる…」 「そう。やったことある?」 「ない。あるの」  そう聞くと隣の男はあっさり「俺もない」という。 「今度いこう」 「……恥ずかしくない?」 「なんで? 変な声出たりするから?」そういって隣の男はおかしな顔をつくった。 「違う」そういったものの、笑ってしまう。 「気持ちいいマッサージってやらしい声でるってよ」隣の男は平然と話すが、こちらの顔をみて、「もしかしてそういうの苦手?」と聞いてきた。 「あまり得意じゃない」  答えるとまじめな顔で「ごめん」と謝られた。  なんとなく恥ずかしい気持ちになり、照れ隠しに「今日もボーリング行くか?」と聞いてみた。 「俺はまた炭酸、間違えて買わないようにしないと」隣の男は言う。 「また飲んでもいいよ」 「そんなに好きじゃないくせに」 「苦手でもない」そういってふと気がついた。 「どうすればいいかわかった」 「何が」 「今日は俺が買えばいいんだ。そしたら間違えない」  へえ、そうだね、隣の男はそういって、川沿いの土手を登っていく。

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