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隣の男(3)

「この部屋、いつも暗いね」と隣に座る男が言う。 「びわの木があるんだ」  思い出してひさしぶりに窓を開けると、濃い緑のぶあつい葉が部屋の中に侵入してきた。エイリアンみたいだった。あわてて閉め、エアコンをつける。外は暑すぎるくらいなのに、これは古い機械で、効き目もあやしい。音もうるさかった。 「枝を切ればいいのに」気がつくと隣で男が笑っている。 「大家さんのものだぜ」 「びわって、実がなるだろ。食べられるのかな」 「たぶん。食ったことないけど」 「今度取ってみろよ。食べてみたい」 「来年になってしまう」  隣で男が笑った。「いいじゃん。来年で」  実際は来年までもたなかった。びわの木ではなくアパートが、だ。シロアリが出たとかで急に取り壊しがきまり、引っ越さざるを得なかった。古くてボロだったが、何年も住んでいて愛着もあったので、残念な気がした。  ボーリング場のベンチで、隣に座った男が物問いたげにみる。 「引っ越し先どこよ」と聞かれた。 「まだ決めてない」 「大家さんが紹介してくれるとか?」 「不動産屋には行ったけど、あまりぱっとしなくてさ」  ふうん、とうなずく気配がして、少し間があって、さらりと言われた。 「一緒に住んだらいいと思う」  相手の顔を見ずに「そうかな」と言う。  すると隣の男は「そうだよ。安く上がるし、いろいろ便利だし、一石何鳥かになる。鳥がたくさん飛ぶ」と力説した。  思わず笑って、隣の男の顔をみた。 「大丈夫かな」 「大丈夫だよ」 「はやりのルームシェアで? タバコはどうしよう」 「ベランダつきにすればいい。2人なら広いところが借りられる」  隣の男はすっかり乗り気のようだ。不安もあったが、嬉しかった。 「いいかもしれない」と口に出してみる。  急にこれ以上の解決法はない、という気分になった。 「じゃあ善は急げで、探そう」と隣の男が言う。そして思い出したように付け加えた。 「びわの実、おしかったな」 「もしかして、期待してた」 「少しね」

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