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1 スパダリとネコ

 朝も早くからリビングで、猫が所狭しと大運動会を繰り広げている。俺の持つ猫のイメージとは、もっと寝てばかりでごろごろ気ままに一日を過ごす生き物だったのだが、どうやらこの猫とは合致しないらしい。 「にゃーたん、ほらほらほら♡ こっちでちゅよー」  甘えた幼児言葉で猫のおもちゃをぷるぷる振っているのは、俺の同棲相手であるウノくんだ。猫を前にすると口調が変わるのは何故なのか。一緒に腰がぷるぷる振られていて、誘っているのかと小一時間ベッドで問い詰めたい。今日が平日でなければ。 「ウノくん、猫を甘やかしすぎじゃないか」  ネクタイを締め、すっかり会社に行ける恰好の上からエプロンを身に着けた俺は、ウノくんの為に料理を作りながら大運動会を見守る。  朝は和食と決まっている。味噌汁の具はウノくんの好きな胡瓜だ。火の通った胡瓜というのはウノくんと暮らすまで食べたことがなかったが、なかなかいけるものだと知った。その胡瓜を切ろうとしたら、手が滑ってころころと床に転がった。  それを見た猫が何故かびっくりしたように飛び上がってまた走り出す。何故胡瓜に驚くのかよくわからない。 「前にテレビで見たことあるで。にゃんこに胡瓜はあかんて!」 「何故?」 「蛇と見間違うとかなんとか? 知らんけど」 「どのへんが?」 「まあええよそれは。なあ、でもにゃーたんがこんなに可愛くて、俺はどうしたらええ? 仕事に行けんわ」 「俺に接するのと同じく、普段どおりに接すればいいだろう?」 「嫌やわ、ダーさん。それは無理な話やで」  ダーさんというのは俺のことだ。ひとつも名前と被っていないが、『ダーリン』の『ダー』らしい。なんとも気恥ずかしいが、慣れた。 「ほれぇ、ダーさんもにゃーたんの魅力に触れてみぃ。にゃんにゃんにゃーん♡」  長く伸び切った猫の体はぐねぐねとしてなんとも心許ないが、差し出されたので仕方なく受け取る。 「温かいな……」 「にゃーたんの平熱は、人より高いからなぁ。かわええやろ? 愛着湧いてくるやろ?」 「ウノくんの方が可愛い」 「何比べとんねや。こっ恥ずかしい」  ウノくんは照れたように俺から視線を外して、猫を再び自分で抱っこした。  なんて可愛いのだろうか。俺だけのウノくんであって欲しいが、お互い自立した大人の男である以上、依存するような関係は良くないと知っている。それでも甘やかしたい、愛したいと願う俺の気持ちは、魂の素直な叫びだった。 「ウノくん、俺も猫はまあ好きだ」 「猫やのうて、にゃーたん」 「──にゃーたんは、好きだ。ただ、やはり俺にとっての可愛いネコは、」  ウノくんなのだ、と続けようとしたが、俺の次の科白を察したのかウノくんが逃げ出した。 「それ以上言われるとお、朝からムラムラしちゃいますんでぇ、あかん……」  猫の腹を俺の顔に押し付けたのは、真っ赤になったウノくんを見せたくなかったからだろうか。不覚にも猫の柔らかい腹に癒やされた。  結論。にゃーたんも、ネコのウノくんも可愛い。今夜はベッドで小一時間決定。

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