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第4話

「兄さんに、僕の最後の撮影に立ち会ってほしいんだ」 晴にそう言われたのは、初夏というにはまだ、少し、早い頃のことだった。 俺は、晴に言われて、胸が高鳴った。 俺は、前に、晴の主演しているDVDを見ながら、抜いてしまったことがあった。俺は、あのときから、密かに、晴に対して罪悪感を持っていた。それは、俺の借金のかたに晴がこんなことをしたのだと知った時、決定的なものになった。 本当なら、晴の代わりに、誰かも知らない男に抱かれているのは、自分だったのだと思うと、俺は、自分が許せなかった。 それと同時に、昂りを覚える自分がいた。 晴の代わりに、縛られて、知らない男の手で哭かされていた自分がいたかもしれないのだと思っただけで、俺は、自分自身が芯を持ってくるのを感じた。 そして、晴に隠れて、自ら求めることもあった。そんなとき、俺のイメージの中で、俺を抱くその男は、いつも、春名だった。 どうかしている。 俺は、葛藤を覚えつつも、奇妙な興奮の中で達していた。 晴の言葉は、まるで、そんな俺のことを見透かしたかのように俺には、思えた。 最初、俺は、当然の様に、晴の撮影に同行することを拒んでいた。それは、晴のことを恥じてではなかった。恥じるべきものがあるとしたら、それは、俺自身だったからだ。 弟を、自分の代わりに、借金のかたに、売ってしまうことになった自分を。 そして、なにより、男に抱かれて感じてしまう自分を、俺は、恥じていた。 晴のあられもない姿を見せられることで、自分の秘密が暴かれるのではないかと、俺は、恐れていた。 だが、晴は、決して、諦めなかった。 弟は、こうと決めたら譲らないところがある。 どちらかというと、俺の方が、流されやすい人間だった。 結局、俺は、晴の最後の撮影を見に行くことを約束した。 晴の撮影に同行することにした俺は、もんもんとしていた。今まで、庇護下に置いていた筈の弟が、俺の手から巣立とうとしているのを俺は、感じていた。言葉にできない孤独に苛まれて、俺は、いつしか、仕事終わりに、春名の家を訪ねていた。 なんの前触れもなく現れた俺に、春名は、少しも、驚く様子もなく、俺を家へと招き入れた。 俺は、口を閉ざし、俯いていた。 春名は、黙って、そんな俺をリビングへと招き、温かい紅茶を入れてくれた。 俺が口を開くのを、春名は、待ってくれていた。 俺には、それがわかっていたが、なかなか、話し始めることが できなかった。 永遠に思われるような、長い時間が過ぎた後、俺は、やっと、口を開いた。 「弟が」 俺は、言った。 「晴が、俺に、撮影に来てほしいって言うんです」 俺は、ぽつりぽつりと、春名に、話し始めた。 実は、あのDVDは、俺でなく、弟のものだということ。川田さんの借金の保証人になっていたこと。そのために、弟が間違われて、売られてしまったこと。それから、弟が、今度、撮影に同行してほしいといっていること。 こんなことを、とりとめもなく話す俺に、春名は、黙って根気よく耳を傾けてくれていたが、やがて、言った。 「そうやったんか、あれは、レイちゃんと違ごうとったんか」 春名は、頭を抱えていた。 「それなのに、俺は、レイちゃんは、あんたやと思い込んでしもうて、あんたに、あんなことをしてしもうたわけや」 俺は、彼が後悔している様子を見るのは、嫌だった。それは、まるで、俺を抱いたことを後悔している様に思われたからだ。 春名は、過ちに気づき、俺に謝罪するつもりなのだと俺は、思った。俺は、なんだか、悲しくなって顔を背けた。 ところが、春名は、俺に言ったのだ。 「まあ、いつかは、抱こうと思うとったさかいに、弟くんは、ええ仕事してくれはったわ」 「はい?」 俺は、春名の言葉が信じられなかった。 春名は、続けた。 「自分、双子の弟がおるなんて、俺に、いわへんかったから、気づかんかったやろ」 ええっ? 俺は、驚きを通り越して、呆れていた。 まさかの、俺のせい? 春名は、偉そうに言った。 「そういう大事なこと、ちゃんと言うてくれなあかんやろ、レイちゃん」 春名の逆ギレに、俺は、唖然としていた。 こいつは、本物のろくでなし、だ。 こんな奴のために、思い悩んでいた自分が恥ずかしかった。俺が、立ち上がって、帰ろうと思ったときに、春名がぽつりと言った。 「ホンマは、俺、あんたのこと、諦めようと思ってたんや。あんたは、ノンケやし、万が一にも、俺の事、好きになってくれるようなことあらへん思うてた。やけど、弟くんのDVDを見つけて、切れてもたんや。あんな風に、とろとろになる姿見せられて、なんで、その相手が俺やないんや、って思うたんや」 俺は、ソファに座り直して、春名を見つめていた。春名は、俺を見て、言った。 「たとえ、あれが、あんたやのうて弟くんやったとしても、俺の気持ちは、変わらへん。俺は、あんたが好きやねん。世界中の、誰よりも、たぶん、あんたを愛しとる」 「本気ですか?」 俺は、思わず、きいていた。春名は、俺の問いに頷いた。 「もちろんや。俺は、あんたに、嘘はつかへん。未来永劫、あんたを俺のもんにしとうて、あんたを抱いたんや」 俺は、頬が赤らんだ。 何で、この人は。 俺は、思っていた。 俺が、欲しい言葉をこんな風にして、くれるのだろう。 俺は、斜め前に座っていた春名に、思わず抱きついて、キスしていた。春名も、俺のキスに応じた。俺たちは、たっぷりとお互いを貪りあった。体を離し、熱く呼吸を乱して、見つめ合うと、俺たちは、お互いを求めて抱き合っていた。 「レイちゃん、俺が、欲しいんやな」 春名は、俺の体に両手を這わせながら、言った。 「ホンマに、俺のもんに、なってくれるんやな」 俺は、答える余裕なんてなかった。ただ、頷くのが精一杯だった。春名は、俺の服を一枚づつ剥ぎ取っていった。そして、俺を裸にすると、俺に口づけて言った。 「うんと、大事にしたるわ、レイちゃん」 「俺のこと」 俺は、春名に組伏せられて、下から見上げた。 「うんと、哭かせるんじゃなかったんですか?」 「哭かせたる」 春名は、俺の胸の突起を摘まんで、ぎゅっと捻った。 「そいでもって、今度は、あんたの口から、俺のこと好きやと言わせたる」 春名が俺の胸に口づけした。 俺は、目を閉じた。 最初から、勝負は、ついていたのだ。 俺は、何度も、何度も、この人に堕とされて、よがり哭いてきた。 春名の、指が、唇が、舌が触れるだけで、俺は、高みへと昇っていく。そして、今夜も、我を忘れて狂うのだ。 春名の愛に。

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