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第8話

 そう口にした瞬間、にやりと笑った啓太は撫でていた首を掴みぐっと力を込める。 「んぐっ……」  思わず嗚咽に似た声が漏れ出て、無意識に首を絞める啓太の手を掴んでいた。その手は冷たくて、俺がどんなにもがいても動じることなく絞め付けていく。  次第に腕は震え、必死になって閉じそうになる瞼を開けていると啓太はくすくすと笑いながら、ウェーブがかった黒髪を掻きあげ黒縁の眼鏡を外した。 「親友の弟だからさ、亜季くんだけは手に入れられないって諦めてたんだけどね。でも、知りたがったのは亜季くんだからね」  啓太の言葉はほぼ理解できなかった。  より一層力を込められ意識が遠のきそうになった瞬間、また大粒の涙が零れ落ちる。そしてその涙が頬を伝い首筋にまで流れると、喉を掴まれていた手の力が抜けて解放されると同時にカウンターに背中をぶつけ、咳き込みながら倒れ込んだ。  大きく肩で息をしながら、じんじんと痛む背中に次第に訳もなく悲しくなってきて余計に涙が溢れ出る。 「どうしてって思ってる?」  全て見透かされたような目で問われて何も言えなくなっていた俺の頬に啓太はまた触れた。 「これが僕なんだ。知りたがったのは亜季くんだからね」  頭は朦朧としていて、啓太のその言葉だけがぐるぐると回る。  柔らかい黒髪に手を伸ばし、毛先を梳いて軽く刈り上げられた襟足に触れた。  啓太と目が合う。自分の指はまだ震えていた。  その視線は、棘のようだと思った。刺さった棘は脈打つ度にずきずきと鈍く痛む。  でも、その黒い瞳から視線を外すことなんて出来ないくらいその内側にも執着してしまっていた。 「もっと知りたい?」  そう問われて無意識に頷いてしまうと、啓太は嬉しそうに微笑んだ。 「六年前、両親の訃報を知った時、頭が真っ白になったんだ。どれくらい時間が経ったのかもわからない。音も聞こえない。世界から何もかもなくなってしまったみたいに空っぽだった」  啓太は俺の頬や髪を撫でながらぽつりぽつりと話し始めた。 「そんな時に亜季くんがやってきて、僕を見るなり大きな声をあげながら大粒の涙を流してくれた。この子は人の為にこんなにも泣いてくれるんだって思ったら、消えていたもの全ての色や音が戻ってきたように思ったんだ。その時から愛おしくてたまらなかったよ」 「どういうこと?」 「人の為にこんなにも泣いている君を見て、とても可愛いって思ったんだ。まだ小学生だった君にこんな感情を持ってしまって、それはちょっと困ったけどね。でも、次第にね、僕の為に泣いてくれている姿がこんなにも可愛いなら、僕が泣かせたらどんなに可愛いかって想像するようになった」  啓太は目を細め両頬に手を添えた。 「さっきの苦しかった?」  おずおずと頷くと、くすっと笑う。 「そっか。まずいねぇ。もうきっと手放せなくなるね」  意味深に微笑むと俺のことを抱き寄せて耳をぬるりと舐めた。耳朶を含みくちゅくちゅという音が響いて息が首筋や頬にもかかる。 「んっ……」  思わず身体が震えると啓太が耳元で囁いた。 「嫌ならすぐに逃げないと。もっと泣くことになるよ?」  いいの? なんて耳元で言われても、混乱した頭ではどうにもできず、思わず啓太のシャツを握りしめれば、啓太の顔から笑顔が消え、唇が重なった。

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