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第29話
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週明けの月曜日、悠希は朝から重い気持ちでオフィスのドアを開けた。いつも先輩社員達よりは早く来るようにしているのに、今朝も各務のほうが先に居て、すでにパソコンの前で仕事を始めていた。
(声をかけない訳にはいかないよな)
「……おはようございます」
いつもと変わらないように発したはずなのに、自分の声がやけに掠れて聴こえた。
「ああ、おはよう。いつも早いな」
各務は全く変わりなく、普段と同じ調子で応じてくれた。そのまま各務の視線に入らないように自分の席に座る。こんなときは新人で、オフィスのドアに近い席で良かったと思った。
徐々に他の社員達も出社してきて、いつもと変わらない日常が始まる。朝のミーティングをこなし、先輩社員に叱咤され、お局様にはからかわれ……。
相変わらずの下っ端作業に追われて、一日が慌ただしく過ぎていく。
そんな中でも各務はいつも通りに、会議や客先への外出にと悠希よりも忙がしく立ち回っていた。
各務の変わらない様子に、悠希はホッとした気持ちになる。と、同時に寂しい気持ちも湧き出てきて、仕事中に物思いに耽っては先輩社員に叱られてしまった。
週明けからの重い気持ちを引きずったまま週末を迎えた。明日からまた休みに入るからか、夕方のオフィスはどこか浮かれた安堵のようなものが空気中に混じっている。
「藤岡。今夜は飲みに行くから参加しろよ」
声をかけてきたのは悠希の教育担当の先輩社員だ。この人は気のいい兄貴のような性格だが、悠希は少し苦手としていた。それは何となく、雰囲気が二人目の彼に似ていたからだ。
「今夜、ですか?」
「そうよ、行きましょ。あとのメンバーはね……」
年上の女性社員が参加予定者の名前を言う。課内の殆どの社員がこれから夜の街に繰り出すらしい。全く行く気にはならないが、かと言って新人の自分では断りにくい。参加メンバーの名前を聞いた悠希は、その中に各務の名前が無いことに気がついた。
「あの、各務課長は行かれないんですか?」
ちらりと各務の座る席を見ながら先輩社員に聞く。各務はばたばたと机の上を片付けて、それじゃあお先に、とオフィスを出て行ってしまった。
「課長も誘ったんだけど、急に客先へ行かなくちゃならなくなってそのまま直帰するそうだ」
そうなんですか、と返事をしながら残念な気持ちになる。
「そんなに気落ちした顔をするなよ」
いきなりの先輩社員の言葉に悠希は、えっ、と声を詰まらせた。
「そうよ。何か課長に聞いてもらいたいことがあるのかもしれないけれど、課長の前にまずは私達に相談しなさいよ」
「そうだよな。ここのところ、いつも課長の姿を目で追ってるし、時々ぼおっとしているし。なんだ? 恋か? 恋の悩みか?」
「馬鹿ね。恋の悩みなんか課長にしてどうするのよ。きっとあんたの指導に不安があるから、課長に言うか言うまいか悩んでいるのよね?」
なんだと、藤岡! と先輩社員が大げさに驚くのを、女性社員と一緒に乾いた作り笑いで受け流して、悠希はそっとため息をついた。
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