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第106話
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――彼が出てきた。
まだ暖かい時期なのに、なぜか震えが止まらないほどの寒さの中、数人の知った顔と共に彼がビルのエントランスから外に出てきた。
だが、不思議なことに彼と一緒の面々は、自分が勤める会社の社員では無い顔も混じっている。中には、彼とは一切面識がないであろう自分の学生時代の友人の姿もある。それらの人々は彼を囲むように並び、黙って歩道を歩いていく。彼も、知らない男達に取り囲まれているのに、その人たちが見えていないのか、駅に向かって歩き始めた。
(どういうことなんだ?)
しかしそれを不思議に思う暇は無かった。早くあとをつけないと、彼がここから去ってしまう。
慌てて彼らの背中を追う。そういえば、ここのところ体力が目に見えて落ちてきて、ベッドの上で上半身の姿勢を保つのにも苦労していたのに、なぜか今はとても体が軽い。息苦しさもなく、むしろこんなに急ぎ足なのに息一つさえ切れずに彼らを追いかけた。
道を行く途中で見知った顔はひとり、ふたりとどこかに消えていき、とうとう彼ひとりだけになった。彼は駅へと続く暗い川沿いの木々の下の遊歩道を、不安げに肩を落として歩いていた。
(今だ。今、声をかけないと、二度と彼に会えなくなる)
胸に強烈な焦躁が沸き上がる。
(しかし、今さらどのように?)
あんなに酷く彼を傷つけて遠ざけたのは自分だ。そんな自分が今さら、彼に声をかけるなんて資格があるのだろうか。
彼はとうとう暗がりの小道の真ん中で立ち止まってしまった。その頼りない後ろ姿に胸が締めつけられる。
今すぐ彼に駆け寄って、その細い肩を抱きしめたい。大丈夫だ、心配ないと安心させたい。俺が傍にいるからと両の腕に力を込めたい。
(――でも、彼に拒否されたら?)
そう思うと途端に足が前に出なくなった。それだけではない。彼の前にこんなに不様な姿を晒すつもりか?
こんなにも痩せ衰えて、皮膚も黒ずみ、自分でも死臭を漂わせているのが分かるこの体を……。
立ち止まった彼が俯き加減で何かを見ているようだ。しばらく、その様子を覗っていた自分の右手の中で、何か硬い感触の物が細かく震えているのが分かった。
おもむろに右手を上げてみる。そこには軽く握られた赤い携帯電話があった。これは自分がとても大切にしているものだ。その鈍く光沢を放つ携帯電話を開いて、白い画面を瞳に映した。
――わかりました。これからのことは二人だけの秘密にします
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