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第118話

 彰吾に声をかけられて悠希は視線を彰吾に戻す。  彰吾は再会してから初めに告げた悠希の言いつけを守って、二人を知らない人達の中でも悠希のことを「藤岡主任」と呼んでくれている。 「俺はあまり飲めないから、ソフトドリンクでいいよ」 「そう言わずに。でも確かに昨夜も飲み過ぎたか。じゃあ」  彰吾は店員に軽めのワインを勧めてもらうと注文を終えた。 「しかし疲れましたね」 「そうだな。まさか雪で足留めを喰らうとは思いもしなかった」 「おまけに昨夜の騒ぎでしたしね。最後のほうは主任が死にそうな顔をしていたんで、さすがに向こうの担当者が気にしていましたよ」  ワインボトルと前菜が運ばれてくる。グラスに注がれたロゼの揺らめきに、悠希は昨夜のことを思い出す。彰吾がグラスを掲げたのを申し訳程度にカチンと合わせて、甘い香りのする液体を少し口に含んだ。  これは旨そうだ、と食事を始めた彰吾につられるように悠希もグラスを置いた。本当に美味しそうに食べる彰吾の顔をじっと見つめる。  昨日は親会社の北海道支社の担当者と客先企業の数人とで打ち合わせのあとに会食をした。会食には客先の常務も顔を出して、幸先の良いスタートを切った開発案件に気を良くしたのか、二件目は私の行きつけに、とススキノのキャバクラへと連れていかれた。  元々、人付き合いも得意で無い上に酒にも強くない。おまけに恋愛対象にもならない、香水を頭から被ったような匂いのきつい女の子達に体の両側を挟まれて、悠希の作り笑いも限界だった。そんな中でも彰吾はまるで不甲斐ない上司の穴を埋めるように、勧められた酒を全て呷っては道化のように場を盛り上げた。 「いやぁん。相原さんってイケメンなのにおもしろぉい」と鼻にかかる甘えた声で、派手なキャバ嬢がドレスからはみ出しそうな胸をわざと彰吾の腕に押しつけたときは、さすがに正視できなくて飲めない酒のグラスに手を伸ばしたほどだ。 「どうしました? やっぱり具合が悪いんですか?」  食事に手をつけずに自分を見つめる悠希の様子に気がついた彰吾に「何でも無い」と薄く笑いかけると、悠希は目の前の皿をやっとつつき始めた。

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