5 / 292

1-4

「横浜まで」 「はいっ?」 ざっくりと示した目的地に運転手が「横浜のどの辺まで?」と聞き返していたので、藤咲は数秒考えると「とりあえず駅までお願いします」と言っては運転手とやり取りをしていた。その傍らで大樹の思考は停止する。 頭を抱えるほど遠い距離ではないが、大樹は藤咲が告げた場所に驚愕していた。てっきり藤咲は都心住みだと思っていたので隣の県だったなんて予想してなかった。 しかし、よくよく考えれば、藤咲が全てを知ったあの出来事が起こる前まで兄に連れて行かれた藤咲の豪邸のような一戸建ての自宅は横浜だったことを思い出した。 運転席から見える時計の時刻は午後22時を過ぎた頃。行って帰ってきて車を取りに戻って自宅に到着する頃には0時近くまで掛かる。明日も朝は早い……。 目的地が明確になった車は発進し始め、大樹自身、普段こんな無計画なことはしないだけに、完全に見誤った。 隣の藤咲はそんな少し困惑した大樹を見てか、したり顔。仕舞いには「降りるなら今だけど?」と下車を促してきた。 ここまで来て自分が藤咲を送ると宣言した以上、もう引き下がれない。こんなに執着するなんて自分らしくないが、せめて藤咲とちゃんと話がしたい気持ちの方が大きかった。 大樹は「最後まで送る」と断固して意見を曲げずにいると、再び藤咲が顔を歪ませる。 偽善者と吐き捨てられるくらいだから仕方のないこととはいえ、そんなに俺は嫌われてんのかと思うと悲しくなった。 先ほどのお店でも感じたが、藤咲のあからさまの物理的な距離の取り方に気まずくなる空気。 移動中、運転手の視線も気になるから踏み込んだ話はしにくいのもあってか、それ以上に藤咲と会話をすることも出来ず、目的地に到着してしまった。

ともだちにシェアしよう!