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二人が出て行ってから余り時間が経っていないのでそう遠くには行っていないはず。 大樹は手始めに会場外の同階のラウンジに向かっては窓の景色に向かい合って座る人達の姿を一人一人不審に思われながらも覗き探した。それでも藤咲の姿はなく、ラウンジから出たところで先程の父親の友人だという中年男とすれ違い呼び止められる。 呼び止められて思わず舌打ちが出そうなのを堪えながらも足を止め、余所行きの笑顔で応える。 「驚いたよ。君たち兄弟で来てたんだね」 大樹の事情など知らずに悠々と話す、目の前の男が鬱陶しい。藤咲の事を考えては呑気に世間話をしている場合ではなかった。 「そうですね。僕も驚きました」 「確か、今はピアノの調律師なんだろ?藤咲くんとあんな連弾を見せてくれるなんて大したもんだよ」 あれは周りを盛り上げるためにやったんじゃない、宏明が嫌がる藤咲を分かっていて露骨に近づく為の手段だ。気持ちを揺さぶって動揺する彼を楽しんでいる。事情は知らないとしてもあれを唯のパフォーマンスだと解釈して賞賛している傍観者たちが非常に腹立たしかった。 「えぇ、まあ……あの僕ちょっと急いでるのでいいですか?」 しかし、そんな激昂した気持ちをこの男にぶつけたところで何の意味もないことは、冷静な頭で判断できただけに、建前で本音を出さずに適当に同乗した。 とりあえずこの場は一刻も早く先へ進みたい……。 「そう言えば、さっきすれ違ったんだが、君のお兄さんも忙しそうだったな」 返事を待たずに一歩踏み出したところで、男が呟き出したので大樹は思わず足を止めては 男の腕を掴んでいた。 「兄、どっち行きましたか?」 男が一瞬だけ怯えたように身体を震わせていたので我に返った大樹はすぐ様手を離して「すみませんでした」と頭を下げた。 幸いにも男は温厚な人柄なのか「構わんよ」と許しを貰えて安堵する。 「あっちの小ホールの方だったかな……誰かを追いかけているようだったよ」 男は振り返り、パーティが開催されている会場とは真逆の方向を指さした。大樹は御礼の言葉を口にすると、男が言っていた小ホールの方へと向かった。

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