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「お前、それ本気で言ってんのか。あのまま俺が探しに来なかったら、アイツに犯されてたかもしれないんだぞ」 第三ボタンまで開けられた黒シャツの間から見える白い肌。藤咲の乱れた襟元とズボンから引き抜かれたであろう右腰からだらしなく出されたシャツが其れを物語っている。 「あんたら兄弟がそう仕向けたんだろっ」 あんなに泣きながら苦しそうに助けてと言っていたくせに……。俺の事が嫌いだとしても、窮地に立たされていた本人から出る言葉には相応しくない。百歩譲って昔、彼を見捨てた自分に非があることは分かってる……分かってるけど……こればかりには腹が立った。 「そんなことして俺の何になんだよ。あいつはそういう奴なんだよ。偉いものには上手く丸め込んで、自分より下等のものや気に食わない、自分に不都合なことがあると直ぐ人を振るいにかけて脅してくる。あんなのと俺を一緒にすんな」 勢いで胸ぐらを左手で掴むと「触んなっ気持ち悪いっ」とめい一杯の力で突き放してきては、藤咲は深く項垂れていた。 「まぁいいよ。俺はどっかの誰かみたいに優しくないし、その面で戻りたかったら戻れよ。そんなに望むならアイツに犯されに行けばいいだろ。俺は荷物取ってくるから、いなくなるならご自由に」 震える旋毛にそう吐き捨ててやると、ラウンジを後にした。3階クロークへと向かっている途中で何度も藤咲への態度に後悔したが、自分が間違ったことを言っているようには思えなかった。 宏明から受けた衝撃の右腕の痛みと藤咲に対する怒りをどうしたものかと思いながらも、クロークで藤咲のコートと自分のコートを受け取ると彼のいるラウンジへと戻った。 あの様子からてっきり意地でも張って居なくなっていると思っていたが、藤咲は先程の椅子に座ったまま、向かいの大きな窓の外を一点だけを見つめては微動だにしなかった。 コートを肩に掛けてやり、「帰るぞ」と言ってやると、のそりと椅子から立ち上がっては静かに自分の後ろに距離を空けながらも着いてくる。 ホテル付近の道路に止まっていたタクシーに藤咲を乗せるとポケットから財布を出し、使えない右腕を不憫に思いながらも、脇に挟み、諭吉一枚を抜き抜いては藤咲に渡した。 いらない……と突き返されたが「いいからもらっとけ」と半ば強めに押しつけると、大人しく受け取ってもらえた。 大樹はタクシーの運転手に出発を促し、ドアが閉められ、発進しては遠ざかっていく車を見送る。 これからの自分はどうなるんだろうか……間違いなく宏明は怒っているだろうし、母親にどう告げ口をしてくるか……。 しかし、そんな自分自身のことはどうとでもなる話で、大樹にとっては藤咲のことが心配だった。できることなら金輪際、兄のことで、彼に被害を与えないようにしたい。彼の未来を、大事な人生を、あんな傲慢な兄のせいで台無しになんかさせたくないのが本心だった。

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