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「分かったよ。明日帰ってくるんだろ?」 「うん、そうそう。渉太が天体観測したいっていうからさ」 大樹は気だるげに珈琲の入ったカップを一度ソファテーブルに置くと棒状のハンガーラックの上から二番目あたりのフックにかけてあった本革の鞄から車の鍵を取り出すと呑気に珈琲を飲んでは寛いでいる律仁に手渡した。すると律仁は、これまた軽い口調で「サンキュー」と言っては立ち上がる。 大樹は用件は本当にそれだけだったみたいで、意外とすんなり帰ってくれそうなことに安堵しているとそのまま左手首を掴まれ、玄関先へと連れて行かれるのを慌てて抵抗した。 「ちょ.......なんだ、なんだ」 「大樹も手伝って、荷物運び」 「はぁ!?俺が手伝わなきゃ行けないほどの荷物なのか?」 「そうだよ。みんなの分一式積まなきゃなんねーし、御礼はちゃんとするからさ」 律仁は調子良くウィンクをしてきたが、大樹は呆れて何も言葉が出てこなかった。 それを快諾と見なしたのか、律仁は素早く靴を履いて扉を開けて待っていたので、大樹も慌ててリビングへと戻り、ラックに掛けてあったダウンコートをスウェットのまま羽織ると部屋から出た。 外へと出ると起き抜けには、身体が震えるほど寒くて、野外駐車場を駆け足をしながら自分の車の助手席へと乗り込む。 自分が寝落ちだということを気遣ってか律仁の運転で隣にあるマンションへと向かった。 到着すると、律仁に台車で荷物を取ってくるから待っておけと車と共に外で待たされる。 ただ待ち人を待つだけだと手持ち無沙汰で、 降りてくるであろう荷物のためにトランクの中や車内を整理することにした。 後部座席を片付けている時に座席にヴァイオリンを置きっぱなしにしていたことに気がつく。あのパーティの日以来車に乗っていなかったし、弾けるような状況ではなかったのですっかり忘れていた。後で帰る時にでも持って帰ろう.......。 そう思っては後部座席の足元に置き、片付け終えても律仁が来る気配がなかったので、そのまま座席に乗り込んで待つことにした。 車内の暖かさに一息していると途端に眠気が襲い、次第に瞼が重くなる。そう言えば何だかんだ言いながら自宅の珈琲に口をつけていなかったなどと思いながらも、樹は気づけば意識を手放していた。

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