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大樹は「だよな·····無理に押し付けて悪かった」と深い息とともに零しては、再び宙を見上げるていると「あんたがどうしてもって言うなら一緒に見てやってもいいけど」とさほど大きくない声量だが、静かな自然の中で藤咲の声がやたらと耳に響いた。 「えっ?ホントかっ!?」 驚喜のあまり背筋が伸び、藤咲の方を凝視したせいか彼の顔が引き攣っていたが、そんなことよりも大樹は胸が躍るような嬉しさが込み上げてきていた。ヴァイオリンの演奏といい、今の反応といい藤咲が少しでも自分のことに興味を抱いてくれていると期待していいんだろうか。 「じゃあ戻ったら渉太も誘って3人で観ようか」 渉太も一緒に観たいと言っていたし、藤咲も俺と二人きりよりそっちの方が居心地悪い思いをしなくていいだとろうと思っていた。その証拠に藤咲は「渉太も·····」と小さく呟いては安堵をしていたようにみえたので、この提案はあながち間違えではなかったのだと過信する。 しかし、そんな表情に見えたのは気の所為たったのか、組まれた細い腕に口元に当てられた右手の親指を手袋の上から噛んでは僅かに癇性を起こしているようだった。大樹には藤咲が何故そんな行動を取っているのか解かせなかったが、その行動の意図が直ぐに判明される。 「あんたって何かにつけて、渉太と僕を一緒にいさせようとするよな。さっきだって、僕に声掛けずに洗い場に行こうとしてただろ。約束したくせに僕を避けてんの?」 藤咲は眉間に皺を寄せると何処か苛立ちを隠しきれていない声音で問いかけてきた。 彼の言い分からすると、どうやら自分が的外れなことを発言してしまっていたらしい。 「·····そんなつもりじゃない。藤咲は俺といるより渉太もいる方が気心知れてるだろうかと思ったから·····」 俺が藤咲に良かれと思ってとった選択が、彼にとっては俺が彼を避けているのだと誤解を与えてしまったことには違いなかったので咄嗟に「でも、すまない·····」と謝ったが、藤咲の機嫌は良からぬ方向に向く一方で「またそうやって·····もういい·····」と半ば呆れたように突き放されては、読めない藤咲の情緒に悩まされる。

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