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こんなことなら双眼鏡でも一緒に持ってくれば良かったかなー·····と悔いながらも夢中で空を仰ぐ。 「あんたって昔、天体が好きだとか話してたよな·····」 ゆっくりと流れていく星に見とれていると、水道の流れる音が消え、作業を終えた藤咲が話しかけてきた。ゴム手袋を脱ぐとすぐさまいつもの黒い手袋へと履き替えていた。 「あぁ·····今も変わらないよ。好き過ぎて学士だけじゃ留まれなくて院生になってまでも勉強してるよ·····」 半ば自嘲しながらも藤咲に語りかけると、藤咲は同調せずにじっと空を見据えていた。 「別にいいんじゃないの。ひとつの事を突き詰めることに悪いことは無いし、中途半端よりずっといい」 いつもの冷たい言葉から想像がつかないほど 侮蔑するわけでもなく、卑下してしまう自分の気持ちを救ってくるような藤咲の言葉。自分の選んだ道は間違っていないのだと思わせてくれる。 母親に下手だと罵倒され続け、人前で弾くことが怖かったヴァイオリンを幼い藤咲は笑顔で見守ってくれていた。確か、大樹がアイドルになると彼に告げたときも、背中を押してくれていたっけ·····。 「そうか·····藤咲、ありがとうな·····」と呟きながらも、胸に落ちるような安心感が生まれた。会話をきっかけにこれまで感じていた気まずさは完全に払拭され、久しぶりの宙に高揚しているからか、無性に語らいたくなる。 「宙に点在してる星を眺めてるとさ、悩んでいることもどうでも良くなるんだよ。宇宙を感じるっていうかさ、見上げただけで違う世界が広がってるようで凄く胸がワクワクするんだ。こんなことなら双眼鏡、持ってくれば良かったよ。肉眼もいいけど藤咲にもちゃんと見せてやりたかった。後でテントに戻ったら双眼鏡貸すから一緒に観てみないか?」 「いい。そういうのは興味湧かないし」 それとなく誘ってみたが、ハッキリと返されて玉砕する。やはり藤咲は脇道に逸れたことには興味が向かないのだろうか。こればかりは致し方ないことだが、今の流れだったら断られないような気がして微かな期待を抱いていたので落胆とした。

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