11月初旬――俺は、悩んでいた。 「ダメだ……全然思いつかない！」 　財布。 　パスケース。 　キーケース。 　ハンカチ。 　ネクタイ。 　靴下。 　シャツ。 　ズボン。 　ランニングシューズ。 　ゲームソフト。 　香水。 　いくらそれらしいアイテムを書き出してもしっくり来ず、候補のリストがどんどん二重線で埋め尽くされていく。 　書いては取り消し、取り消しては書き……を繰り返していたら、いつの間にか一時間が経っていた。 　空っぽの胃がいよいよ本格的な空腹を訴え始め、俺はペンを置いた。 　キッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。 　真ん中の段を見ると、ラップのかかった四角いお皿があった。 　今朝、仕事に行く前に佐藤くんが作り置きしてくれた焼きビーフンだ。 　電子レンジの控えめな唸り声を聞きながら、俺は、一度は遠ざかった思考をもう一度引き戻し、ここ最近の佐藤くんの様子を頭の中に思い浮かべた。 　数週間かけてじっくりと佐藤くんを観察していたけれど、「あれ、いいな」とか「これ、かっこいいな」とか、特になにかを欲しがっている様子はまったくなかった……いや、待てよ。 　――俺、理人(まさと)さんが欲しい。 　って、俺はいったいなにを思い出して……！ 　だいたい、佐藤くんが俺を求めるのなんてこの時期に限らずいつものことだし……って、そうじゃなくて！ 　俺は、 「誕生日プレゼントは……お・れ♡」 　だけは、絶対にやりたくないんだ！ 　なんでって？ 　ものすごく負けた気がするから！ 　俺の思考に応えるように、電子レンジが「ディン！」と音を立てて止まった。 　あつあつになった焼きビーフンを取り出すと、醤油の芳ばしい香りが鼻腔を掠めていく。 　ぐううう……と、腹の虫が鳴き、俺は、ぐるぐる回転するしかない思考の渦を、いったん頭の中から追い出した。 　＊＊ 「ふう……」 　佐藤くん特製焼きビーフンで満たされたお腹を撫でながら、ソファに背中を預ける。 　美味しかった。 　俺が休みの日に仕事が入ると、佐藤くんは必ずこうして食事を用意して行ってくれる。 　いくら「気にしなくていい」と伝えても「好きでやってるから」と譲らないし、「俺は大人だからなんとでもできる！」と抗議しても「どうせウナギのタレで済ませるつもりでしょ！」と、簡単に見破ってくる。 　しかも、なんとなく食べたいな……と思っていたものをピンポイントで作ってくれるものだから、俺はもう、どうしたってがっちり胃袋を掴まれるしか選択肢がない。 　だって、本音を言えば、どうせ一人で寂しく食べるなら、佐藤くんの手料理の方が嬉しいに決まっているのだ。 　俺はいつも、佐藤くんにもらってばかりだ。 　対等な関係でいたいのに、ギブ＆テイクのバランスがどんどん崩れているんじゃないかと不安になる。 　だからこそ、誕生日くらいはいっぱい佐藤くんにギブしまくって、喜んでもらいたいし、俺と一緒にいて幸せだって思ってほしい。 　それなのに、プレゼントのひとつも思い浮かばないなんて―― 　だんだん沈黙がいたたまれなくなってきて、俺はテレビの電源を入れた。 　楽しそうな笑い声が空気に混じり、なんとなくホッとする。 　土曜日の午後は、どのテレビ局に変えても平和な番組ばかり。 　地方に行って郷土料理を紹介する旅番組や、ドラマの再放送、一週間分のニュースを面白おかしく紹介する番組もある。 　俺はチャンネルを一周させてから、結局、深夜に放送されているバラエティ番組の再放送に固定した。 　街頭インタビューの映像の左上に、見覚えのある男性タレントの顔だけが、小さな四角の中に切り取られている。 　インタビューのマイクを向けられているのは、会社の同僚同士だという、女性二人組。 『バンドマンと付き合ったことありますか？』 『あるあるー！　10代の頃、ストリートにハマって～』 『バンドマンの彼だったからこそ、良かった思い出ってなんですか？』 『うーん……あ、誕生日プレゼントにオリジナルソングを歌ってくれたこと！』 　ん？ 「オリジナル、ソング……？」 　テレビの画面はスタジオに切り替わり、バンドマンと付き合うことや、オリジナル・ソングの是非について、熱い議論が繰り広げられていた。 　でも、俺の耳には、もう何も入ってこなかった。 　だって、見つけてしまったのだ。 「こっ……」 　これだ……！