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第1話 人助け
星が瞬く冬の夜。大学を終え帰宅途中だった啓太は、ぎょっとして足を止めた。
アパートの階段前に、見知らぬ男が倒れていたのだ。
周囲に助けを呼べる人影もない。おそるおそる近づいていく。……良かった、息はあるようだ。
「あの……大丈夫ですか」
厚手のコート越しに背中をつつくと、男は掠れた声で一言。
「たす……け、て……」
それだけ言って、またカクンと気絶した。
冬の夜中にこのまま放っておいたら、本当に死んでしまうかもしれない。
啓太は自分より背の高い男を何とか肩に担ぎ、引きずるようにして二階の自宅へ運んでいった。
体がかなり冷えている。暖房を温度高めに設定して、湯たんぽとかカイロとか。考えつく限りの方法で体を温めると、男はようやく焦点のあった目で啓太を見た。
「良かったぁ~、このまま起きないかと思って心配したよ!?」
「あの……ここは、一体」
「僕の借りてるアパートだよ。僕、高山啓太。君の名前は?」
「ミズミョール・レクレ・パラス・アリゴンダ・ニョリーロ、です」
「……なんて?」
「ミズミョール・レクレ・パラス・アリゴンダ・ニョリーロと申します」
「うーん……長いからミズくんでもいい? あと、どこ出身? 日本語上手だね」
「ミズくんで構いません。ミニョリーロ出身です。あと、その……」
聞いたことのない国名だ。何かを訴えたいような眼差しに、啓太は「どうしたの」と尋ねた。
「……暑いです」
「あぁー! ごめんごめん、ちょっと待っててね」
確かに、ちょっとやりすぎたかも。コートの中にカイロ七個くらい放り込んだし。お腹の上に湯たんぽ置いてるし。
コートとニット帽と、その他啓太が仕込んだ防寒グッズを畳んで床に置く。
帽子に隠れてた素顔は金髪に青い瞳で、海外俳優みたいにキラキラした雰囲気を纏っていた。
上体を起こしたミズくんに、マグカップに注いだココアを差し出す。
「ココア、飲める?」
「いただきます。見ず知らずのワタシにこんなことまでしていただいて……本当に、何とお礼をすればいいのか」
「お礼なんていいよ。あのまま素通りしてミズくん死んじゃってたら、僕絶対後悔するし」
「いえいえ、そういうわけにはいきません。……そうです。ワタシに、特技を披露させて頂けませんか」
「特技? え、なになに」
「ワタシに背を向けて座ってください。いいと言うまで、目を開けてはいけませんよ」
「ん? うん。分かった」
啓太は不思議に思いながらも、言われたとおりにした。
何が始まるのかドキドキしながら待っていると。
「腕、触りますね」
二の腕に触れられる感触があった。手のひらで優しく上下に撫でられて、ミズくんの体温とすべすべした感触が心地良いい。
「……どうです、気持ちいですか?」
「うん……すごい、気持ちいいよ。……特技って、マッサージのことだったんだね」
「はい、そんなところです。次は……手の方、失礼しますね」
ミズくんの体が密着する。背中全体が温かい。
両手を恋人繋ぎみたいにして、指の間を揉みほぐされていく。にぎにぎとにぎられた後は、指の一本一本に血液を流すように指圧されて。
あぁ……ホント、このまま寝ちゃいそう。
「眠たそうですね。横になられますか?」
「うん……ソファー行きたい」
「承知しました」
突然の浮遊感。びっくりして思わずミズくんの腕に抱きついた。
さっきまで倒れてたはずなのに、嘘みたい。軽々と運ばれて、ソファの柔らかいクッションへごろんと横になった。
「ミズくん力持ちだね。僕身長百七十はあるのに、軽々持ち上げちゃうんだもん」
「それは、啓太さんが羽のように軽いからですよ」
「重くないなら良かったけど。でもそういうのって、女の子に言うものじゃない?」
「そうでしょうか。……啓太さんも、十分可愛らしいです」
「可愛いなんてそんな……っ!?」
唇に何かが当たった。しかも、何かヌメヌメしたしたのが残ってる。反射的に舐めてしまった。甘くて……美味しい。
「ん……これ、何?」
「マッサージを、より気持ちよく行うためのものですよ。害はありませんので、ご安心を」
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