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「な、っ…」 そっとダラスの頬を、エルマーの無骨な指が撫でる。剣だこが固くなっており、少しだけかさついていた。 その細い頤をすくい上げられ、見つめられる。ごくりとダラスの喉仏が動く。 あの夜も、この男は寝室まで来て何もしなかった。 ダラスの小さな手が、エルマーの胸元の服を掴む。 そっと目の前が陰り、その整った顔が近づいてきた。 「ま、まって…」 「悪い、」 すり、と首筋に擦り寄られると、思わず全身を甘い痺れが走る。掠れた声が腰に響く。 エルマーはいい男だ。ダラスの兄と似ているところがあった。 このまま、もしかしたらそういう事になるのだろうか。どくどくとうるさい心臓に、小さく身を震わせながら、そっとエルマーの背に手を回そうとしたときだった。 「吐く。」 「え。」 残された者たちはというと、アランのベッドの下で雑魚寝をし、夜明けを迎えることとなった。 アロンダートに散々自室のベッドで眠るようにと言い聞かせていたトッドだったが、最後にアランの側で眠りたいと真剣な顔で言われて根負けしていた。 ナナシは、いつもならエルマーとくっついて眠るのに、あれから戻ってこないエルマーに不安げな表情をしたまま、ギンイロに抱きついて一晩を過ごした。 大人の男の人だし、ナナシと体温を確かめ合うような行為のときと同じで、あそこが大変なことになっていたのは目に見えてわかっていた。 ナナシはそれを思い出すたびにお腹の奥がきゅうきゅう鳴いてしまう。勇気を出して、エルマーに抱いてと頼んだのに、なんだか難しい顔をしたあとに急に真顔になんかなったりして、駄目だと素気なく断られたのである。 ナナシはなんだかそれがとても悲しく、そしてやっぱり自分の体が小さいから、そういう対象としては見られないのだと思ってしまった。 エルマーに連れられていったダラスも小柄だけれど、ナナシほど小さくはない。まだ子供だから仕方がないと言われればそれまでなのだが、ナナシはエルマーに求められたかった。 あのときの夜のような、胸が甘く蕩けてしまいそうなしあわせな触れ合いを、ナナシはエルマーとしたかったのである。 「もうっ、限界よ!!あいついつまで帰ってこないわけ!?もう朝よ!!朝!!送り狼になってるじゃないの確実に!!」 「うーん、朝からうるさいぞトッド。べつにエルマーもダラスもいい大人なんだから構わないだろう。みんなセックスくらいする。ダラスだって初めてじゃないだろうしなあ。」 「いやぁぁあ!!あの清廉な司祭様が野獣に食われるだなんて、想像したくないわっ!!いくわよサジ!!乗り込まなきゃ!!」 「お前のほうが余程野獣である。だがなんだか面白そうな気配がするぞ、いいぞ。サジも迎えに上がろう。」 なんだか朝からご飯も食べていないのに、トッドとサジは元気満々だ。 アロンダートはというと、水で濡らした布でアランの顔を拭ってから、苦笑いしながら二人のやりとりを見ていた。 ナナシはギンイロに抱きついたまま愚図っている。二人についていきたいけど、もしかしたら嫌なものも見てしまうかもしれなくて、それがなんだか怖くてもだもだしているのである。 「ナナシは、彼の事が好きなのか。」 めそめそしていたナナシの頭を、アロンダートがなでる。もしょ、とギンイロの毛並みから顔を上げると、うつ伏せていたそこの毛並みだけが涙とよだれでぺっしょりとなっていた。 「ナナシ、エルマースキスキ。」 「ぅー‥」 ギンイロにまで茶化される。じわ、と耳を赤く染ながらもふんと毛並みへ顔をうずめて擦り付けると、なにが楽しいのか、ギャッギャッとギンイロがわらう。 「ナナシは、その…エルマーと、そういった行為をしたことがあるのか?」 アロンダートは、小柄なナナシに問いかける。体格差がある分、セックスが暴力になりかねない。もしかしたらそういう行為自体を知らないのではと危惧したのだ。 「ちゅうして、さわりっこしたよう。」 「さわりっこ…なら、まだ受入れたことはないのだな。」 「うん…えるがね、だめっていうの。」 ぽそぽそと小さな声で言う。アロンダートは、エルマーが挿入を伴った行為でナナシの事を傷つけてしまうのではと、恐れているのだと思った。 「そうか、まあ…僕が言うのも変なのだが、そう急くものではない。ナナシは普段どおりにしていれば良いと思うぞ。」 「うん…」 ナナシの紅茶色の髪を撫でる。飾りを取れば黒髪に変わるとわかって入るが、服装も相まってなんだか落ち着かない。いたいけな少女が年上の男性との恋に悩むように見えてしまい、アロンダートはエルマーに対して、娘をたぶらかされる父親のような気持ちを抱いてしまう。 けしてうちの子にちょっかいをかけるなと言うような口やかましい親気質では無い。だけれど、こうも振り回すのなら、しっかり責任を取れと思うのはだめだろうか。 「ほらナナシも行くぞ、いつまでへこたれているのだ。いいか、時には己の欲望に忠実になるといい。おまえはちいとばかし遠慮しいだからなあ。」 「あう…でも、」 「ふん、また言い訳か。エルマーはお前のものだろう!それともなにか、ダラスに取られてもいいというのか?」 「うぅ…やだぁ…」 めそめそと泣き言を言うナナシの手を握りしめる。 無理やり立ち上がらせると、そのちいさな手を引いて扉の外に出た。 アロンダートはついていこうか迷っていたのだが、アランが一人になるのは可哀想だと残ることにした。 さて、トッドも意気込んで出ていってしまった今、アロンダートはアランと二人だ。これからのこともある、今更考えを改めるつもりもないが、仮死状態になる前に身だしなみくらいは整えたい。 エルマーが戻ってきたらひとまずシャワーでも浴びよう。 アロンダートはよし、と頷く。そして、まずはお茶でも飲もうかと立ち上がった、その時だった。 「あ、」 じわりと胃の腑が熱くなる。そして、急激に体温が下がるのを感じた。まるでなにかを思い出したかのようにちいさく母音を漏らすと、それはもう綺麗に床に崩れ落ちてしまった。 本当に呆気なく、エルマーの不注意で唐突に仮死状態になってしまったアロンダートが目を覚ましたのは、それから5日が過ぎた後のことだった。 シーツの衣擦れの音が心地よい。腕の中の高い体温を確かめるかのように抱き込むと、その指通りの良い髪を梳くようにして髪を撫でる。 知らない間に、体つきも変わったようだ。エルマーは微睡みの中、確かめるかのように手を服の中に滑らせると背筋を撫でた。 「ン…、」 「な、なし…」 ちゅ、ちゅ、と鎖骨から胸元にかけて唇を滑らす。時折戯れるかのようにして喉仏に噛みつくと、ビクンと肩をはねさせる。 エルマーはその細い体を組み敷くと、そっと体の線を確かめるかのように手を滑らせた。 「だ、め…!」 「ん?…だめ、か?」 「や、っ…」 そっと胸元の生地をたくし上げる。鼻先を擦り寄せ、そっと突起を唇で挟む。熱い吐息が漏れた気配に気分を良くすると、エルマーはその細い足を割り開いて足の間に体を進めたときだった。 「ぎゃぁああ!!不潔!!不潔よおお!!」 トッドの喧しい悲鳴が部屋に響いた。 「っ、」 「ひう、っ!」 まるで拡声器を使ったかのような声のデカさに、エルマーの意識は覚醒する。 はっ、として自分の下で顔を染め上げている人物を見ると、まさかのダラスだった。 「は!?ナナシじゃねえ!!」 慌てて飛び起きて体を離す。涙目で睨みつけたダラスは、ふるふると怒りに震える。 勘違いされたことがよほど腹に据えかねたらしい。 「っ、最低…!!」 「いってえ!!!」 それはもう、ダラスの見事なフルスイングが顔面にクリーンヒットした。ガツンと頭が揺れる。エルマーは目の前が光とともに弾けると、べしょりと床に転げ落ちた。 「うはは!!い、いひっ、ひはっ!え、えるまー!ナナシと勘違いするとは!!ぶはは!!」 「いやあー!!あんたなんで下着しかつけてないの!?!?この野獣ー!!」 「ひぅ、うー‥」 サジは勿論面白がって燥いだし、ナナシは目を丸くしたあと、具合の悪そうな顔をしてふらふらとギンイロに抱きついた。 勘違いとはいえ、裸でそういう事をしようとしていたのは明確で、ナナシはべしょりとベッドの下でぶっ倒れているエルマーに、悲しいような、腹が立つような気持ちになってしまう。これはなんの感情だかわからないが、ちょっと、いや、かなり腹が立つ。 触発されたギンイロが、がぶりとエルマーの頭を噛んでお仕置きをするくらいにはむかついた。 「ご、誤解…ぅぐっ、」 「あああ!!祭祀、なぜそんな薄着で…!!据え膳にも程がありますわ!!早くお召し替えを!!」 「いや、汚してしまったので今は侍従に洗濯をさせているので…」 「汚す程の行為!?!?エルマーあんたこの猿!!手ぇ出さないって言ってたでしょうがああ!!」 「がはっ!し、締まってる…ぉごっ!」 それ位、3人が三者三様のリアクションを取るべくして取ったと言わざるおえない光景が目の前には広がっていた。 入口から脱がされたのか、ダラスの服やエルマーのシャツ、大判のタオルが散らばり、よほど激しかったのか花瓶も倒れている。 ダラスは何かを思い出すかのように口を抑えると、ぶるりと身を震わした。 「く、口にするのも…私、あんなに汚されたのは初めてです…」 「は!?!?だからてめえはごかいだだだだだたっ」 うがあ!!とトッドがエルマーのギブアップの合図を無視してエルマーをお仕置きする。サジはひーひーわらったあと、締め上げられているエルマーの前にしゃがみこんだ。 「サジの穴とどっちがよかった?うふふ、ダラスとセックスを楽しんだのだろう?」 「だがら、じでね…!!!」 「んな、っ…!せ、せっく…は、し、しておりません!!!」 慌ててサジの言葉を遮るようにしてダラスが叫ぶ。 トッドの腕の中で、ウッと声を漏らしたエルマーがついに動かなくなったのだが、そんなことはどうでもいいとばかりにぴくりと反応した。 サジも、トッドも、ナナシでさえも、エルマーが朝っぱらから襲っていたからヤられたのかと思っていたのだが、ダラスは耳まで赤く染めながらブンブンと、顔を振って否定した。 「じゃあ、なんでこいつは裸なのだ。」 「ええと、それは…」 ダラスは、あの後部屋で起きた事を、いちから説明した。 親切心でおくってくれたまではいい、しかも、歩いてる最中に血流が分散されたのか勃起は収まっていたのだが、毒の影響を脱したものの魔力が足りなくなっていたのと疲労によって、やせ我慢をしていたエルマーがダラスを抱きしめるような形で倒れ込んできたかと思うと、盛大に吐いたらしい。 幸い宴で余り物を口にしていなかったので、それほどえらい目には合わなかったのだが、まさか服に吐かれるとは思わず、抱きとめたままエルマーが吐き終えるまで呆然と立ち尽くす羽目になったらしい。 その後、深夜と言うこともあり簡単に片したあと、ぐったりするエルマーを引き摺りながら風呂に入り、色々と世話を焼いたらしい。 吐いたので落ち着いたかと思うと、今度はハイになったようで、ダラスを抱えあげてごきげんにベッドまで運ぶと、逃げるダラスを抱き込んでえんえんと調子っぱずれの子守唄を歌いまくっていたという。 何ともアレなかんじである。毒のおかげで感情の起伏が激しかったらしく、こうなるとわかっていたエルマーがナナシに醜態を見せないように、ダラスを部屋に送るという建前でここで発散したということだった。 「地獄でした…」 「なんというか…その、心中お察しいたしますわ…」 床に転がったまま白目をむいて気絶しているエルマーの横にしゃがみ込みながら、ナナシはやらしいことは寝ぼけてしかしてなかったのかと少しだけほっとした。それでも、やっぱりむかつくことはむかつく。ムスッとした顔でぺちりとエルマーの鼻っ面を小さな手で叩く。これで許してやると言わんばかりにフンスと胸を張る。 「エルマー、ばか!ふんだ!」 でもやっぱり、まだ腹に据えかねるナナシであった。

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