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大人気なくたっていいじゃない。(結婚編)エルマー×ナナシ
「んーー!!!」
「ふは、ナナシが喜んでくれたなら良かったよ。」
パタパタと尾を振り回しながら、もりもりとユミルお気に入りのカフェでサンドを頬張る。
旦那が稼ぎに行っている間の、嫁の穏やかな午後のひと時だ。
おぶさりながら来たナナシも、今は腰に治癒術をかけて回復し、こうしてユミルがチーズをおろしている店での昼のランチと相成ったわけである。
どうやら明日トッドが入国するらしく、一週間後にはユミルも式を上げるらしい。
ナナシは嬉しそうに話すユミルの様子が可愛くて、ふにゃふにゃ微笑みながら、ウンウンと頷きつつサンドを頬張っていた。
「ユミル、レイガンはやくかえりたいいってた。あのときも、おわったらまっすぐかえってたよう。」
「あー、うん。なんかね、ほんとに帰ってくるかなあって思ってたんだけどね、ふふ。」
いまだ照れ隠しで突き放すようなことを言ってしまうが、レイガンはそのたびに仕方ないと笑って抱きしめてくるのだ。絆されている感はあるが、なによりも年下のくせに大きな懐で包み込んでくれるのが格好良くて、ユミルはそんなレイガンが大好きだった。
「レイガンさ、カストールの入国がうまく行かなくて、ここに婚約者がいるんだー!!って入口で大騒ぎしてさ、サリー祭祀まで巻き込んで、入れてくれなきゃ俺はここで大蛇を召喚して国を水の中に沈めてもいいんだぞ!とかいってニアまで出すから、危うく結婚前に臭い飯食う羽目になりかけてさあ。」
「はわ…らしくない。レイガン、えるよりおとなだのに?」
「だのに…。うん、そんで僕が呼び出されて、公衆の面前で盛大にプロポーズした後に気絶して、3日は起きなかった。いやあ、あんな恥ずかしい思いさせられたの、僕初めて。」
ずも、と途中から腹が立ってきたらしい。暗雲を背負うユミルに、ナナシはあわあわしたが、それでもレイガンがそんなに必死になるくらいユミルにあいたかったのだと思うと、なんだか可愛く思えてくる。
しかし、大蛇を使役し、ジルガスタントとシュマギナール間の諍いを収めたグレイシスの腹心の一人だということがわかると、国はそんな戦力が来てくれるのなら大歓迎だと迎い入れたらしい。
レイガンは、腹心なんてなった覚えはないと言っていたが、大方ジルバが手を回して広めたのだろう。腑に落ちないながらも入れてくれるのならまあいいか。そんな雑な具合に納得したらしい。
「サリー、げんき?ナナシもサリーのとこでおよめさんなるらしい」
「サリーはなぁ…。まあ、裏庭にマンドラゴラが生えまくっててさ、カストールの魔物学者がこぞって来るものだからシロがブチ切れて追い返したりはしてるけど、本人は至って元気だよ。この間もシロと二人で買い物してたし。」
「はわぁ…たいへん…」
シロが頭に籠を抱えてちまちまと歩く様子は名物になっているらしい。どうやらサリーはシロにとってのお嫁扱いらしく、何かと亭主のように細々としたことを手伝ったりとサポートをしているとか。
魔物に愛された祭祀という扱いで、一時は遠巻きにされていたらしいのだが、手伝いをする姿を見てから少しずつ受け入れられたらしい。
シロの見た目も歩く大根のようなもので、魔物らしさよりもマスコット感が強いのもあるかもしれないと笑っていた。
「ナナシはさ、お腹膨らんできたけどエルマー手伝ってくれてんの?あいつ気がきかないでしょ。」
「よるいっしょに、トイレつれてってくれるよう。あとおふろいっしょにはいってくれる。」
「なるほど…」
「おさかなのおほねとってくれたり、ねむいとおんぶもしてくれるし…」
「うん…」
「あとお…んーと、ころばないようにおててもつないでくれる…」
「それ僕の知ってるエルマーじゃないな!?」
なんというか、ユミルの知っている傲慢で不遜でヤリチンで人を小馬鹿にしたりからかうのが好きで、偏屈で意地悪ですぐに手や足がでる大人気ないわがままゴーイングマイウェイ男であるエルマーと、ナナシの言う甲斐甲斐しいエルマーがリンクしない。
転ばないようにお手々を繋ぐと言われても、むしろ転ぶように足を差し出して、べシャリとコケた相手を指さして笑うような奴である。
明らかにナナシにしか優しくない。どのくらい溺愛しているのかは分かっているが、ユミルが見ていないところではどうなのだろうと思ったのだ。
「える、やさしいよう?いつもナナシすきってあまえてくれる」
「ぶほっ、」
「えるのあたま、だっこしてねるとはずかしいことされちゃうけど…」
「授乳手コキされてるイメージが湧いた。」
「えるあかちゃんじゃないから、しないよう?」
顔を赤らめたユミルが、ジェスチャーでわかったわかったと嗜める。
甘える?あいつが?いやしかし、レイガンもあの男らしく整った顔で甘えてくるからそうなのか。
「レイガン、ユミルにすきすきするでしょう?」
「う、うん…。お風呂のあととか、髪乾かしてくれってきたりするし、ご飯よそうときとか自分の器もって隣に立ってる…」
まるで飼い犬が自分の器を咥えてお座りをしているような錯覚さえする。
意外と可愛い所があるのだという話をすると、ナナシが想像したらしい。ほぁー‥、とイメージが難しいような珍妙な顔をして尾を振っていた。
お互いの旦那の知らない顔があるのが面白い。
ナナシとユミルがそんなやり取りで照れていると、時間もそろそろいい頃合いだった。
「エルマー達、そろそろ帰ってくるだろうからさ、夕飯の買い出ししちゃおっか。」
「ナナシ、ユミルとごはんつくるしたい!」
「あはは、なら手伝って。はぐれないように手ぇ繋いでこ。」
ユミルが気が散りやすいナナシの手をつなぐ。エルマーから、虫やら花やらに気を取られて迷子になるからと、出かけるときは手をつなげと言われていたのだ。
可愛い子と綺麗な子。二人のタイプは違うが、見目麗しいことには代わりはない。
身長はユミルのほうが2センチ高い。だからこそ手のかかる弟のような感覚で仲睦まじくやり取りをする二人の周りは、華やかな空気をまとっていた。
周りの目を引く二人は、マイペースな上に鈍感だ。
自分達が邪な目で見られているなどつゆ知らず、なんとものんびりとした様子で買い物に行く。
ユミル行きつけの店は、賑わいのある商店街の一角だ。しかし、二人が出たカフェからそこまでは、塀の高い住宅街を挟まなくてはならない。
だからこそ死角が多いのだ。
住宅街を抜け、ギルドのそばを通りかかったときだった。
「ひゃ、」
クイッとナナシの手が何かに引っ張られた。繋いでいたユミルも思わず体制を崩したが、すぐに後ろを振り向くと、ナナシの手を掴んでいた粗野な男を睨みつけた。
「ちょっと!なんだよ急に!ナナシから手を離して!」
「よぉユミル!最近つれねえから人肌恋しくて仕方がねえや。お前の友達か?すげえべっぴんじゃねえか。」
「妊婦なんだ。乱暴なことしたら僕が怒るよ。っ、」
「なら丁重に扱わないといけねえか。ユミル、友達ならお前もついてこい。」
「バズ、お前なんでここに、っ」
ナナシの両手を後ろでに拘束した男へと睨みを利かすユミルの肩を抱くように、背後から獅子の獣人である高ランカーのバズが姿を表した。
獅子獣人のバズと組んでいるエイチという男二人は、Aランクの依頼をこなす事ができる手練のものであった。
その己の力量と馳せた名の上に胡座をかいており、ユミルが奔放に遊び回っていた時期には、よく夜を共にした者たちだ。
粗野なのは容貌だけではない。手荒い扱いをする二人が嫌で、二人がコロシアムで敗北したことをきっかけに連絡を取らなくなった。もう関わることはないとほっとしていたのに、なんで今更ここにいるのかがわからなかった。
「お嬢ちゃん、こんなおきれいな面してお手付きとは、随分と俺様の性癖をつついてくれるじゃねえか。」
「やだよぅ、ユミルにいたいことしないでえ!」
「ナナシっ!い、ってえ!」
バズがユミルの両手を掴んで持ち上げる。まるで匂いを楽しむかのように鼻先を首筋に埋めると、ユミルの体にぶわりと悪寒が走った。
気持ち悪い!
ユミルの頭の中で、その感覚が体を支配する。生なましい手の温度や、首筋に触れる鼻息。目の前のナナシはエイチの無骨な手で口を覆われる。助けなくては。あいつは寝取るのが好きな歪んだ性癖の持ち主である。
持ち上げられ、そっと路地裏に連れ込まれたときだった。
「おー、随分とべっぴんさん連れてるじゃねえの。」
薄暗い路地裏、まるで猫の瞳のように金色の眼が光る。口を押さえられていたナナシが目を輝かせると、パタパタと尾を振る。最高に締まらないが、エルマーが帰ってきたことが嬉しかったらしい。
「あんだあ、あんたらも混ざるか?俺は獲物は分け与える度量を持つ男だぜ。」
「そうか、俺は狭量だから独り占めにしたいがな。」
「レイガン…!」
バズの背後から音もなく近づいたレイガンが、紫の瞳をぎらつかせ、にやつくバズの首にするりと手を這わせた。
大柄な獅子獣人に負けぬ背丈のレイガンに背後を取られ、明確な殺意を向けられたバズが顔を引き攣らせた。
「バズ、なにかたまって」
「寝取りが趣味ならさぞいいもん持ってんだろうなあ。俺にも見せてくれよエイチ。」
先程まで離れていたエルマーが、まるで戯れるかのようにエイチの首に腕を回した。腕から離れたナナシがユミルを抱き込むのを見届けると、バズとエイチの首を拘束しながら、それはもういい笑顔で微笑んだ。
「俺たちちょっと平和的解決方法でお話してくっから、ナナシはそこで待っててな。」
「ユミル、帰ったらまずは風呂だ。安心しろ、お前の知り合いだろう。丁寧に対応するさ。」
ギリ、と音がするほど首を絞めあげてよく平然とそんな嘘を付く。
「える、さびしいから、はやくかえってきてえ」
「レイガン、まだ何もされてないから程々にな。」
ユミルの手首を治癒するナナシに頷くと、既にキレていたレイガンは無言で手を振りながら首を掴んで裏通りに入っていった。
「あ、あんだよ!おどごっ、」
「平和になるかはてめえの態度次第だよエイチ。」
「ひ、っ」
男連れだなんて聞いてないと言おうとしたが、その先は口にすることができなかった。連れて行かれたバズの悲鳴が裏通りから聞こえたのだ。エイチの足元に転がってきたのは、血まみれの自慢のバズの犬歯だ。嘘だろう、根本から引き抜いたように綺麗な形のまま放り投げられている。
ナナシたちから見えない位置まで来たエルマーは、背後でバズの犬歯を引き抜き投げたレイガンを見ると、ニコリと微笑んでエイチを見た。
「若さってよぉ、時に残酷なことをするんだなあ。俺はあいつより年上だし、理性的に解決してやるなあ。」
「は、はは…な、なんもしてねえよ、まだ、まだなんも、」
「おう、でも口に触ったろ。」
「く、口だけだ!」
「手も掴んでたなあ。」
嘘つき。金眼が妖しく歪む。エルマーの手のひらがエイチの口元を覆うと、頭を固定した。
「これで許してやるなあ。」
「んんんんーーーー!!」
ぶわりと染み出た油汗と悪寒、経験したこともない痛みが口の中に広がった。後ろでは、報復は済んだらしいレイガンがスッキリとした顔で手についた血をバズの服で拭っていた。か細い声でひたすら謝り続ける異常な姿に、精神的なものを食らわされたのだと言うことだけはわかった。
「レイガンなにした。」
「邪魔そうな牙を抜いてやった。キスしたときに人を傷つけないようにな。」
「陰湿ー。あの若さで入れ歯か。」
エイチの口からエルマーが手を離した瞬間、咽るように咳き込んだエイチの口から、ばらばらと白いのものが転がった。
唾液と血が止まらない。震えながら口を押さえるエイチをみたレイガンが、人のこと言えんだろうと呆れた目でエルマーをみた。
「おい。」
「べつになんもしてねえ。しばらく話せねえように口内炎でくちん中覆って歯を溶かしただけだ。」
「お前のほうが陰湿だろう…」
「だってよぉ。」
触ってほしくねえだろう。
そう一言言うと、エルマーがレイガンに振り向いた。
「大人気ねえことしてもいいか?」
「やめとけ。死体が見つかったら面倒だ。」
口を押さえながら、蹌踉めきながら後ずさる。こんな恐ろしい番がいただなんて聞いていない。
バズとエイチは顔を真っ青に染め上げながら逃げ出すと、エルマーの影からミュクシルが飛び出した。
「エルマー。」
「殺さねえ。ちょっとカストールから追い出すだけだぁ。」
レイガンが仕方ないといった顔で肩をすくませる。
ぎゃはぎゃはと笑いながら走り抜けていったミュクシルを見て、本当にそれだけで済めばいいがと思った。
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