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二人の花嫁(結婚篇)ナナシとユミル

「さて、整ったようなので気を取り直して。」 コホンとサリーが咳払いをして、目の前の二組を見た。 急遽ニアの思いつきとユミルの快諾により並ぶこととなった新郎二人。変わらぬ体躯のものが白のタキシードに身を包む。 レイガンは一度ユミルの姿を見ている分、かすかな緊張感はあるものの穏やかな顔をしている。しかし、エルマーはというと、レイガンから見ても今までにないほど真っ青な顔をして硬直していた。 赤髪を後ろになでつけ、形のいい額を晒しながら騎士のような服を纏う新郎二人の顔色は対照的で、サジやアロンダートはやらかすのではとハラハラとした顔でエルマーを見上げている。さながら、初めてのお使いを見守る親目線だ。 ジルバは白手袋を嵌めた手で口元を隠しながら笑いをこらえているが、小刻みに震えていた。 「おいエルマー、お前顔色悪いけど大丈夫か。」 「枝一本でサラマンダーと対峙したときばりに緊張してるぜ…」 「その時はどうしたのか気になるところだが、お前指輪もってきたのか。」 「指輪かったけど住む場所決めてねえな。」 「…お前それは、後で話そう。」 いつも自信家で不遜な態度を崩さない不届き者といえばこいつなエルマーが、非常に慎ましやかというか、おとなしい。 いつもこうだとさぞモテるだろう。男が惚れる男前ぶりを更に上げ、節目がちで静かに佇む姿は非常に絵になる。 しかしその実歯と歯の隙間から細い深呼吸をして落ち着こうとしているのだからギャップがひどい。そのタキシードのポケットの膨らみは指輪だろう。こいつ。せめてケースはおいてくれば良かっただろうと思わなくもない。 「安心しろ、リハーサルだと思え。」 「お前はさっきリハーサルしただろうが俺は本番なんだよなあ…」 「はは、お前とユミルのおかげで俺の緊張がほぐれた。そこは感謝する。」 「嫌味な野郎だぜ…」 引きつり笑みを浮かべていたエルマーが、コホンと咳払いをしたサリーに反応して慌てて口をつぐむ。ジルバの横に大蛇ほどの大きさに収まって楽しそうにしているニアは、いけー!!やっちまえー!!などと見当違いも甚だしい声援を送りながら、ジルバの腕に身を絡ませて満足げだ。 両開きの重厚な扉が、シロが纏めるマンドラゴラたちによって開かれた。この大聖堂には身内と親しいサジの魔物たちしかいない。赤いバージンロードの先で、二人の対照的な花嫁が立っていた。 ユミルと手を繋いだナナシが、綺麗に着飾ってキョトンとしている。エルマーもレイガンも、自分たちが選んだドレスに身を包んだ二人を見てぴしりと背筋を伸ばした。 「エルマーさん、レイガンさん、リラックスですよ。」 「イエッサー」 「あ、無理そうですね…」 苦笑いを浮かべたサリーが、ニコリと微笑んで歩みすすめるように促した。ぽかんとしたままのナナシが、ユミルに手を引かれるようにして歩み出る。長いトレーンを引きずりながら、髪をゆるくまとめて大きなお耳にお花を飾ったナナシが異次元すぎて、エルマーは呼吸をわすれた。 ユミルも先程とは違う髪型になっていた。この日のために切らなかったらしいミディアムヘアを片側に寄せ、大きな花をそっと飾っていた。二人は紛れもなくエルマーとレイガンにとっての愛しいお嫁さまだった。仲良く嫁同士、手を繋ぎながら二人の前に歩み出る。レイガンが差し出した手に添えるように手を乗せたユミルが、エルマーに目配せをした。 「え、あ」 「ふ、緊張し過ぎだろう。」 ユミルの手のひらをそっと持ち上げたレイガンが小さく笑う。ナナシはようやく状況が飲み込めたのか、キュッと口を引き結ぶ。まんまるお目々にたくさんの涙を溜めた顔を見たユミルが、なんだかもらい泣きしそうだ。 「お、御手を…」 「ぁい…」 日頃元気いっぱいなくせに、こういうときだけしおらしい。エルマーのぎこち無い手の平の上に、そっとナナシが手を添えた。 「さ、新婦の指に永遠の愛の誓いを」 サリーの言葉に促されるように、レイガンと共にもたつきながらエルマーも指輪を取り出した。信じられないくらい手が震える。今まで感じたことのない緊張感に包まれていた。エルマーは金色のリングを、レイガンは銀色のリングをそれぞれの花嫁の左手薬指にそっと嵌める。 ごくりと喉がなったのはどちらだったのだろう、二人の手に嵌まった細いそれを、改めて目にした時。心の内側が甘やかな感覚で満たされて、それが目頭からぼたりとこぼれた。 サリーに促され、指輪の交換を終えた二人がそっとベールを捲くる。不器用で武器しか持たなかった二人の男の手によって、慎重に仕上げをされたその薄布をよけると、エルマーもレイガンも、情けないながら二人して涙ぐんでいた。 「やべえ、」 「エルマー黙れ」 ぐすぐすと鼻を鳴らす二人が、情けなくてなんだか可愛い。ユミルもナナシも、新郎ふたりが先に泣くものだから、それが少しおもしろくて口元に小さく笑みを称えた。 「える、おかおへん」 「かわいいだろうが、」 「レイガン鼻水でてる」 「そういうことを言うな…」 ずび、と誤魔化すレイガンの顔をユミルがそっとつつみこむ。目の前に涙目で笑うユミルが綺麗で、瞬きを惜しんでいるうちに先を越された。ふにりとした唇がレイガンのそれに押し付けられる。 自分が先にするつもりだったのか、ぽかんとした顔で見返した顔に、もう一度口付けた。 ユミルの腰を抱きしめ返して口付ける二人に、頬を染めて目を奪われていたナナシの顔を、エルマーが引き寄せる。 「お前はこっち。」 「え、んぅ、っ」 べろりと唇に舌を這わせたエルマーに、ナナシの尻尾がびゃっと膨らんだ。よほど仰天したらしい。誓いのキスを終えたレイガンとユミルが、濃厚な口付けをぶちかますエルマーを呆れたような目で見つめた。 やはり仲間でもナナシが気を取られたのが嫌だったらしい、独占欲むき出しの濃厚な口付けを楽しんだエルマーは、唇をゆっくりと離すと、頬を染めたまま固まっているナナシを抱き込んだ。 「俺んだあ!!もう絶対離さねえからなあ!!」 「ひゃ、は、はわわ…」 「サリー!?お前これで見届けたよなあ!?名実共にこのエルマーのナナシだ!何人たりともふれさせてやらん、絶対にだああ!!」 「う、嬉しいのは大変によくわかりますが、すこしお静かに…」 ぎゅむぎゅむと抱き込まれ、ナナシは嬉しいやら恥ずかしいやら。なんとか腕の隙間から顔を出すと、ユミルが吹き出すように大笑いした。 「あっはっは!やっぱエルマーにしめやかな式は無理だったかぁ…あー、おかしい。」 「まるで今にも見せびらかしにいきそうだな…」 レイガンの呆れた声で呟かれた言葉を、エルマーの地獄耳が拾った。 サリーの、地域によっては馬車に乗り込んでお披露目をする人もいるくらいですからねえ、という言葉も後押しになったらしい。 急にがしりとレイガンの首に腕を回すと真顔で言った。 「やるぞ。」 「な、なにをだ…」 「んなもん、嫁を見せびらかすために決まってんだろうが!」 「…はあ!?」 見せびらかす、という言葉に反応したのはユミルだ。この男二人がタッグを組むとなにかやらかすということを学習していたユミルは、慌てで首を振る。そんな大袈裟なことをしなくても充分に満足しているし、なによりも悪目立ちだけはしたくない。 レイガンはレイガンで成程と頷いている。頷かなくていいんだよ馬鹿と声を上げようとしたとき、エルマーが叫んだ。 「ギンイロ!!ニア!!お前ら付き合え!」 「馬鹿じゃないの!?ねえ本当に馬鹿じゃないの!?」 「一生に一度しかやんねえんだ、派手に行こうぜ。ブライダル騎乗だ、飛ぼうぜレイガン。」 「ニアは空飛べないぞ。」 「なら僕が飛ぼうか。」 「なんでアロンダートまでやる気なんだよ!」 ナナシとユミルの目の前で、男3人がノリノリである。あの理性的なアロンダートさえ、楽しそうだとのたまっている始末。ギンイロはすでにやる気満々らしく、ぶわりと体躯を大きくすると、ぱたぱたと尾をふりながらユミルとナナシに近ついた。 「オメデト、ギンイロキョウハサービス。」 「まあいいではないか。ようは嫁を自慢したいと言うことである。まあ、アロンダートまでやる気なのは笑えるが。あ、転化した。」 ぶわりと姿を6脚の獣に変化させたアロンダートとギンイロに、モノクルをつけたジルバが歩み寄る。 理性的だがひねくれた一面も持つこの男が、やめておけといってくれるかと期待をしたのだが、やはりジルバも男だった。 「馬車なら貸し出せるぞ。どうする。グレイシスに言われて一応持ってきた。一時間銀貨一枚でどうだ。」 「んだよ金とんのかよ、ご祝儀代わりに貸してくれや。」 「金を取るのはお前からだけだエルマー、特別扱いだ喜べ。」 「んな特別扱いいらねえ!!」 モノクルを光らせ宣ったジルバに、エルマーが叫ぶ。厳かな大聖堂のなか、まるで馬車やマナーなど関係ないといった具合に無礼講の大騒ぎ。 なんだかよくわからないが、隣のユミルもなんだかんだ楽しそうにやり取りに参加している。 頬を染めながら、ちろりと指先に嵌まった金色のそれを見つめた。 「ふわぁ…」 エルマーとお揃いの、ちいさなそれ。嫁御の証だ。 沢山の仲良しができて、片手でおさまらない。それだけでも嬉しいのに、なんだか自分の周りでわいわいやれていることがこんなに幸せなことなのだと、ここにいるみんながナナシに教えてくれたのだ。 「尻尾揺れてる、お互い子供っぽい旦那もつと苦労するね。」 「ユミル、ナナシのしあわせ、みんなでわらうの。すきなひともいて、なかよしたくさん。ふへ」 嬉しい。ふにゃふにゃと心底幸せだと笑うナナシが可愛い。いつしか自分の弟のような気持ちで接するようになった。ユミルはナナシの手を握ると、柔らかく微笑む。 「僕も、ナナシと知り合わなきゃレイガンと会えなかった。幸せ、ナナシが分けてくれたんだね。」 「ユミル、うれしい。ナナシ、そうなれてるのかなあ」 「なれてるよ、だってナナシの周りは、みんな笑って楽しそうだもん。ね?」 こつんとユミルの頭がナナシの頭に寄り添う。 ゆっくりと瞬きをして、みんなを見た。ああ、そうかあ。みんな、こうやって楽しい時間を共有出来るというのは尊いことなのだなあ。 ナナシの手のひらは小さいけれど、両手いっぱい広げたらやれることもたくさんあることに気がついた。 一人ぼっちが二人になって、家族ができて、そして両手で収まらないほどの仲間ができたのだ。 これをなんて言葉にしたらいいのか、ナナシは語彙が少なくてうまくできないけれど、きっと、幸せだ。 「ナナシ、何笑ってんだよ。」 「ユミルとこしょこしょばなししてた、えるにはいわない」 ふにゅふにゅと、口が緩んでしまうのを両手で隠す。小さいときからの癖が出る。 嬉しいと、顔がユルユル。ナナシが隠しても正直な尻尾はせわしなく振り回されている。 ユミルに促されるように、一緒に聖堂の外に出る。 どうやらエルマーたちは本気で見せびらかすつもりらしい。 誰かの特別になれることは嬉しい。 外は空がとっても綺麗だと思えることも、こうしてナナシに取ってかけがえのない人達ができてから気がついた。 アロンダートとギンイロが、ジルバの用意した馬車に繋がれて待っていた。 本人たちは非常にやる気満々で、それを見てげんなりとするユミルが仕方ないなあとため息を吐く。 愛おしい、愛おしい時間だ。 「える!」 大聖堂の裏庭で、力いっぱい抱きついた。 エルマーは笑って受け止めて、それが嬉しくてナナシはちょっとだけ泣いた。 それからの話だが、エルマーはナナシとともにドリアズのチベットの工房の跡地に家を構えた。こじんまりとしたお家で、エルマーの貯金ならもっと大きなお家も買えたのに、広いと子供とナナシが迷子になるからという馬鹿みたいな過保護を曝け出して、二階建てのこじんまりとしたお家にした。 庭にはギンイロの為の小屋があり、花壇になっているところの直ぐ側にはチベットとスーマのちんまいお墓がある。 庭に墓を立てるのかとレイガンからはびっくりされたが、墓というか、まあ大家というか。 エルマーからしたら、ここに住むから見守っとけやという意味もあると説明をすると、なんだかレイガンはしんみりとした顔で頷いて、お前、成長したな…などと失礼なことを抜かされた。 近所に越したことをロンに伝えると、それはもう大いに喜ばれた。首の座ったアランを連れて遊びに行くなといわれたので、エルマーは父親としてのあり方やら、赤ちゃんの接し方などを色々とご教授願うことにしたらしい。 共同の結婚式から数か月後、色々なことを済ませたエルマーとナナシは、今日も今日とてお家の庭でゆっくりと過ごしながら、穏やかに暮らしていた。 「ナナシー、コレミツケタ。ナゲテ!」 「いいよう、あっち?」 「ドコデモ!」 ギンイロがくわえてきたボールをナナシの手のひらにポテリと置く。 ナナシは膨らんだお腹を撫でながら、ギンイロに強請られるままにボールを投げては取って来させるの遊びに付き合っていた。  「ハヤクアソビタイ、ギンイロガオニイチャンダカラネ!」 「うん、きょうね、エルマーとおようふくかいにいくんだよう」 「アカチャン、モウデテクル?」 「わかんないけど、おなかおっきくなってぐるぐるするから、はやくかおって」 ギンイロがふんふんと鼻を鳴らしながらナナシのお腹にすり寄る。 ふかふかのお耳をぺたんとくっつけると、たしかにお腹の中で赤ちゃんが元気にくるんと動いているような気がした。 エルマーは臨月が近づくに連れて輪をかけて過保護になった。自宅周りに空魔石地雷を仕込むとか言い出してサジに止められていたが、アロンダートは家を守るのが男の努めと、魔力を流すだけで結界を張ることができる絡繰を施してくれた。 「ナナシ、おまたせ。そろそろいくかあ。」 「うん、んしょ…っ、と」 「おおい、大丈夫か?足元きいつけてな。」 「おててつないで…」 「喜んで。」 大きなお腹を支えるように立ち上がる。エルマーに買ってもらったチュニックと、ぺったんこなのにふかふかの靴を履いて、もうすぐ生まれる子供の服を買いに行く。 トッドが手広く子供服も作ったと聞いて、それをドリアズの町中の洋品店でも下ろすことになったらしい。散歩がてら見に行くかというのが今日の予定であり、エルマーはいつもどおりのまったりとした日常が、今日も続くと思っていた。 ナナシが呑気に爆弾発言をしなければ。 「あのねえ、きょうナナシね、」 「おー?」 「あさね、ひとりでといれいけたんだよう」 「そりゃあ良かった、でも起こしてくれていいんだぜ?」 「でもね、でもね、…まにあったのに、まにあわなかったのう…」 「うん?」 しょんもりとお耳を下げながら、膨らんだお腹を優しく撫でる。臨月で寝るのも一苦労なナナシは、良く動き回る子によって膀胱も押されるらしく、月に数度失敗をすることがあったので、エルマーもまったくもって気にはしていなかった。 「ナナシね、ちゃんとおそうじできたよう。えらい?」 「おう、つか間に合ったのに間に合わなかったってなんだ?」 こうやって、ひとりで拭いたの。ジェスチャーをしながらのんびりとした口調で話しているナナシの頭を撫でると、照れくさそうにポソポソと呟いた。 「おしっこしたのに、おしっこでちゃったんだよう…」 「はー、なるほ、」 「でも、でもね、いつもとちがくてね」 「……な、ナナシ」 「おなかもね、ちくんってしたんだよう…」 今はね、痛くないから平気だよう、ふにゃりと笑うナナシが最高に可愛い。可愛いんだけど、エルマーは照れながらはにかむナナシの言葉に体を硬直させた。 ロンの嫁から聞いていた、出産当日に破水をするという話。ナナシもその場で一緒に話を聞いていたのに、そんなことはすっかりと忘れているようで、赤ちゃんはやくあえるかなぁ。などと呑気にのたまっている。 「あ、ああ、あー、うん、うん帰ろう。帰ろうな、そんでとりあえずロンの嫁さんとばあさん呼んでくるからおうちで寝てよう。」 「えー、おかいものしないのう?」 「お買い物はまた今度だあ!!」 「ひゃ、」 真っ青な顔をしたエルマーが、ナナシを抱き上げて慌ててうちに戻る。ナナシは突然お家に帰ることになったので物足りなさそうであるが、エルマーはおっとりとしたナナシが陣痛が来ても我慢してしまうかもしれないというのをようやっと思い出した。 「腹はぁ!?いてえ!?」 「いまへいき」 「過去形かよおおおお!!」 こうしてまったりとした穏やかな日常が一変、エルマーとナナシの長い戦いが幕を開けたのである。

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