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ダラスの疲れる一日(結婚編) ダラス×ルキーノ

これは、ルキーノが孕む前の数ヶ月前の話である。 「俺のものになってほしい。ルキーノ。」 またか。ルキーノは真剣な顔で見下ろしてくる実の兄を前に、内心でため息を吐いていた。 今はシュマギナール城の一室を与えられ、そこに暮らすようになってから2年。ダラスは与えられた研究室に籠もりきりでなかなかこちらに帰ってこないものだから、ルキーノはてっきり自分は放置されているのだと思っていた。 「…まって、まってください。貴方は帰ってきて早々、なにを、おっしゃってるんです?まずはその草臥れた服を脱いで、シャワーを浴び、そしてお夕飯を召し上がって、落ち着いてからお話をしてください。」 「俺は本気だ、ルキーノ。」 「ですから、」 ルキーノは頭の痛い思いをしていた。こちらに生まれ変わって、前世の記憶を引き継いでいるルキーノは、体は青少年でも中身は人生二周目の達観した爺様気分であった。 自分がそうなら、ダラスだってそうだろう。同じく前世の記憶を引き継ぎ、思い悩んだ時期を乗り越えたはずのダラスが、いろいろな薬品やらインクでやらで汚れた研究着を着たまま突然帰ってきたかと思うと、そんなことをのたまうのだ。 「…あなた、湯浴みをしたのはいつですか。」 「…ああ、そういえばいつだろうか。研究に没頭していてな…におうか?」 「なんというか、薬品の香りも混じって饐えた匂いがします。突っ立ってないで入ってきてください!貴方が人としての尊厳を取り戻すまでは話を聞きませんからね!!」 「おい、ルキーノ!まだ話は終わっていない!おい!」 白衣の裾を鷲掴み、半ば引っ張るように中に連れ込んだ。二人が使っている部屋は第二王子であるアロンダートが暮らしていた部屋で、ルキーノが勤めている医術局にも、ダラスが勤めている国家産業支援研究局にも歩いてすぐ行ける好立地だ。 グレイシスから、国に迷惑をかけたのだから体で支払えと野蛮なことを言われたが、この環境はありがたい。 ルキーノはなかばむりやりにダラスを着の身着のまま浴室に突っ込むと、ぴしゃりと扉をしめた。 曇ガラスの向こうでなにか言っているが、聞こえないふりをする。だって、何をのたまっているのか本当に理解しかねたのだ。 「新たな肉体を得てから、どうも突っ走るきらいがあるな…、よほど生前の僕の体に持て余していたのかもしれない…。」 ルキーノは頭が痛そうに眉間を揉むと、そっと洗面台に映った今世の自分を見つめた。 ダラスとは双子だ。幼い頃は似ていたのに、こうして成長期に入ってから著しい差が出るとは、同じ男としては不服である。 鏡に映った自分は、たしかに生前の面影を残している。白い肌に薄茶の瞳。髪の毛も茶色だが、ダラスのように素直な毛ではなく、少しだけゆるく癖がついていた。 真っ直ぐな直毛に憧れているわけではないが、女顔も相まって一歩間違えれば女装していると思われてしまうかもしれない。 横に流した三編みを弄ると、ルキーノはむすっとした。 「いっそ、切ってしまおうか。」   そうしたらこの癖もうまく作用して、男らしくなるかもしれない。ダラスは鍛え始めたせいで年々男らしくなっていく。研究ではなく、近衛に入ればよかったのに、あそこは脳筋しかいないから合わんとか言って研究者になった。二足のわらじも進められてはいたのだが、無駄な時間は使いたくないと断っていた。まあ、トレーニングがてらたまに演習には混じっているらしいが。 「よし、」 きろう。ルキーノだって医術局の白百合などと呼ばれているのは嫌なのだ。なんだその色眼鏡。どっちかと言うなら医術局のマッドサイエンティストとか、そんなかっこいい肩書がほしい。 ルキーノは戸棚から銀色に輝くハサミを取り出し、そっと自身の毛先を握りしめた瞬間だった。 「ルキーノ!!なにをやっている!!」 「えっ、うわあ!!」 カシャンと音がして、洗面台にハサミが滑り落ちた。濡れたままのダラスが、血相を変えてルキーノの手首を掴み上げたのだ。刃物を持っているときに後ろからそんなことをするなんて! 医術局に努めている性分か、薄茶の瞳を鋭くさせるとダラスの掴む手を振り払おうとした。 「っ、!」 「なんだ、戯れか?」 「馬鹿力!さっさと離してください!」 「ん?ああ、」 力一杯振り払ったつもりなのに、びくともしない。ルキーノは知らぬ間に開いた兄弟の差に埋められないものを感じながら、じんじんと痛む手をかばうように握りながら見つめた。 「体の水分を拭いなさい!床を水浸しにして、誰が拭くとおもって…」 「わかったわかった、あまりそう怒るな。」 「そこを隠して!!はやく!!」 「口喧しいのは変わらんな。」 はいはいとダラスがルキーノに押し付けられたタオルで体を拭う。背を向けたルキーノの耳が赤く染まっていたので、ダラスはわしりと頭を撫でた。 「刃物を自分に向けて何をしようとした。」 「髪を切ろうと…」 「髪?俺は長いほうが好きだから切ってほしくはないな。」 「…貴方みたいに短くしたら、なよなよしたあだ名なんてつけられないかと思いました。」 少し唇を尖らせてむすくれるルキーノに、ダラスはちいさく微笑んだ。 今世のダラスは、記憶を取り戻してからはがむしゃらに研究と体を鍛えたのには理由があった。 勿論、ルキーノに男としてみてもらいたいというのもあったが、第一に周りへの牽制もあったのだ。 今世の弟の容姿は、なんとも中性的で危うい。清廉な空気を汚してやりたいと手をのばす輩を遠ざける為に、ダラスは昔の時のように体を鍛えることにしたのだった。 肉弾戦は得意ではない。体は鍛えても、もし戦うなら術を使う。それでもハッタリには使えるくらいには鍛えないと、弟はたちまち汚されるだろう。   「医術局の白百合。」 「やめて…」 「言い出したのは近衛の連中だ。演習で男臭い中、お前の様な容姿のものが医術局から派遣されてくれば、女日照りの連中はたちまち欲の目を向けるなど明白だろう。」 背を向けたルキーノの背後に、ダラスの熱を感じた。洗面台についていた手のひらの上に、ダラスの手が重なる。 自分の後頭部の少し上から聞こえる声がくやしい。   「手を出されるなよルキーノ、お前は俺のストッパーなのだから。」 「お言葉ですがね、貴方がしっかりと理性的である様にと毎日お祈りをしている僕のことも考えてください。」 「考えているさ、ようはお前が誰のものかを明確にしてしまえばいい。」 「…あまり良い予感はしませんね、」 ぐっと下腹部を押されるようにした引き寄せられる。じんわりと暖かさを感じたそこが気になって、ルキーノはキョトンとした顔で男らしい手に抑えられた自分の腹を見た。 「ルキーノ、お前に報告がある。」 「事後報告でなければ聞きましょう。」 「……まて、事後だとどうなる。」 「そんなもの、僕の機嫌が悪くなるだけですね。」 ニコリと微笑みながら鏡越しに言うと、ダラスの目はわかりやすく泳いだ。 このやろう。ルキーノの顔がわかりやすく不機嫌になるのを察して、慌てたダラスが宣った。 「俺のものになってほしい。ルキーノ。」 「今世でも兄弟ですよ、もう前世からの呪縛じみた絆だけで充分なのでは?」 くるりとダラスに向いなおると、困ったように微笑んだ。 こうして記憶を取り戻した兄に求婚じみたことをされるのは7回目だ。 ルキーノは今世こそは人並みの幸せを得てほしいと思っていた。前世でしくじっているのだから、己に囚われない人生を歩んでほしい。そんな弟の気持ちをしってかしらずか、ダラスはこうして気持ちを差し出す。 「断られないようにした。もう、後戻りはできないようにな。」 「…まってください。なんだか不穏な気がするんですけど…」 「不穏?俺にそんなつもりはないが。」 「サイコパスは自覚がないと言いますから、あなたもそうかもしれませんね…」     「少し捻くれてるくらいだとおもうが。」 少し捻くれてるくらいで気軽に殺された身にもなってくれといったら意地悪だろうな。 ルキーノはしばらく黙ったあと、なにか言いたげな目線にダラスが気付いたのか、一度手をきゅっと握ったあとにそっと離した。 「さ、ご飯にしましょう。あなたは帰宅するたびに痩せてくる癖を直しなさい。」 「そうか?普通だと思うが。」 「三日間の食事を振り返ってもそんなことが言えますか。」 「…食おう。」 ルキーノはどこぞから見つめているのだろうかと思うくらいに鋭い。指摘された通り、たしかにダラスのこの三日間は研究室にストックをしてある軽く摘める干し果実やナッツ、そしてだれかの土産品だという菓子ばかりで腹を満たしていた。 水分だけは取っていた。まあ、コップはビーカーだったが。 「塩と水だけである程度は生きられるがな。」 「そうですか、ならば僕があなたのために作ったお夕飯は召し上がらないと。」 「違う、一言多かった。食べさせてください。」 「今の発言は責任逃れととりますよダラス研究員。己の身体の管理すら行えない無責任な男と、医術局の僕が堂々と付き合えるとでも?」 「兄弟だから、不審がられないだろう。」 「いいえ、あなたの好意は露骨すぎます。少しは身の振り方を考えてくださらないと。」 まるでエスコートするかのようにルキーノによって引かれた椅子に腰掛ける。やばい、余計に苛立たせてしまっている。ダラスはルキーノしかしらない。恋愛に関して己のすべてを捧げたい、殺したいほど愛しているのはルキーノだけだった。 ルキーノの胸元には痣が残っていた。それはダラスが手にかけたときの痣であり、転生しても、それだけは戒めのようにくっきりと残ってしまっていた。 「…しかし、俺に恋愛事でアドバイスをくれるやつなんぞいないだろう。」 「あなた、本当にそう思ってます?いるじゃないですか。エルマーさんとかレイガンさん。」 「ジルバとかか。」 「ジルバ様は…これ以上歪まれると身が持たないのでやめてください。」 ダラスは気の合うジルバならいいかとおもったのだが、ルキーノからはNGが出た。 しかし、エルマーとレイガンか。効率を考えると二人まとめて城のここに招けばいい。エルマーはこの部屋まで転移でこれるだろうし、それならばダラスだってぎりぎりまで研究していられる。 ふむ、と納得したような顔をするダラスに、ルキーノはなんだかしくじったかもしれないという不安が少しだけ残ったが、むりやり気の所為だと思うことにした。 あの話から2日後。なんでかダラスはルキーノによって、教えを請う奴が伺わないなどと常識がないのか!と怒られて、菓子折り片手にドリアズまで来ていた。城からここまでの一時間、これだけ時間があったらあそこまでできていたのにと口惜しい気持ちにもなったが、ルキーノから事前にそちらに伺いますからとエルマー達に連絡をしたらしい。 まったく、弟の使う伝達術はすばらしい。ツバメの形をしたそれは、登録した魔力の元にただしく向かう。 ダラスはその魔力の残滓を追ってここまで来た。近衛の演習で騎馬の練習をしていてよかったと思う。 まあ、乗ってきた馬はバイコーンという魔物だが。 「…………。」 なんとも牧歌的な風景に似合う家だ。家の裏側に回ってみたが、背の高い木の隙間から見えたのは冬虫夏草だろうか。あり得ないものが庭に埋まっているのを見て、間違いなくここはエルマーの家だろうと理解した。 「家になんかようですか。」 「…君は」 「サディン。」 「サディン…、エルマーの息子か。」 ダラスに声をかけてきたのは、金の瞳が美しい赤毛の少年だった。 顔立ちは中性的だが、眠そうな目元はエルマーに似ている。あの二人の子供がここまで成長していることに驚いたが、更に驚いたのはその魔力の量であった。 「…君のその魔力は、母譲りか。」 「うん、周りにはエルフっていってごまかしてる。」 特に不便はないよと微笑むサディンは、その聖属性の魔力のせいか、成長が遅い。知能は同じ14歳程でも、体付きはまだ10歳にも満たなそうだった。 本人が特に気にしていないのは、ひとえに二人の愛情のせいだろう。ダラスは小さく頷くと、サディンは改めて不思議そうに見上げた。 「ルキーノさんから聞いてる、貴方がダラスさんでしょ?お父さんは今、…多分ロンのうちかな。」 「ロンの家?」 「お母さんなら家にいるよ、よかったら中にどうぞ。その前に魔力登録しないと弾かれちゃうから血をください。」 「やけに物騒だな、かまわないが。」 サディンのちいさな手に引かれ、ダラスは少しかがみながらついていく。入口の塀の石にサディンが触れると、ふわりと光った。誘導されるがままにそこに触れると、僅かな突起に血を吸われた後に魔力を少し抜かれた。これで訪問者が弾かれないらしい。見事なシステムに感心していると、アロンダートのだよと、第二王子の技術であることを教えてもらった。 「ナナシは、…」 「平気、お母さんのほうが強いから。」 「そうだな、」 過去の悶着でトラウマを刺激しないかと一抹の心配をしたのだが、それはサディンににべもなく切り捨てられた。たしかに、ナナシの方が秘めているものは計り知れない。転生したダラスがなにかしようなどと、そんなもの簡単に御することができるだろう。するつもりもないが。 「おかあさん!おきゃくさん!」 「はぁい、」 家の中はとてもぬくもりを感じる仕様であった。整理された家の中は掃除が行き届いており、子供の玩具が棚に並ぶ。玄関には抱っこ紐がぶら下がっており、小さな麦わら帽子もある。サディンのものだろうか、虫取り網も立てかけられていた。 「ダラス?」 ひょこりと顔を出したナナシは美しさに磨きがかかっていた。 昔のあどけなさは抜け、大人の雰囲気を漂わせている。少し物怖じしてしまったダラスに小さく微笑むと、隣りにいたサディンを見て困ったか顔をする。 「…ああ、エルマーにあいに来た。」 「えるからきいてるよう、サディン、またそのすがた。もうおにいちゃんなのに、まだまだ甘えた?」 「え?」 何を言っているんだかわからなくて、ダラスが疑問符を浮かべたとき。不意に背中に圧迫感を感じた。 思わずビクリと体を跳ねさせて振り向くと、先程までの幼い少年はそこにおらず、ダラスよりも背の高い年かさの青年が不遜な顔で立っていた。

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