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ウィル、参る(結婚編)ダラス×ルキーノ

「あんなに小さいままでずっといられるわけがないだろ。」 「な、」 バン!とダラスの顔の横に手をついたサディンは、のぞき込むようにしてダラスを見下ろした。嫌味な笑みはエルマーにそっくりで、自分も背が高いはずなのに、そう思わせない態度のデカさで見下ろしてくるものだから、ダラスは思わずのけぞった。 「サディン、おきゃくさまにそんなことする、だめ。ナナシはそうおしえてない。悪い子ですね」 「…ごめんなさい。」 「すぐ謝るの、いいこ。ダラスにごめんねしてください?」 むすくれたナナシに窘められ、サディンはさっと顔を青褪めさせる。顔の横についていた手を慌てて離すと、ぎゅうっとナナシにだきついた。 体は大きくてもやはり中身は子供らしい。ダラスは威圧されたまましばらく固まっていたのだが、自分が謀られていたと知ると、さすがはあのエルマーの子だと変な方向に納得してしまった。 「サディン、えるからお留守番まかされるといつもこう。ちいさいのもすきだけど、かっこいいサディンもすき。」 「子供の姿の方が油断するだろ、もしあんたがお母さんになにかしたら、父さんより先に俺が仕留めるつもりだった。」 「サディン、いくない。ダラスごめんなさい、おまたせしました?おいでー」 「あ、ああ。」 サディンはナナシを抱き込みながら物騒に剣呑な視線を向けてくる。エルマーの英才教育は行き届いているようで、ダラスはナナシに促されるままにあがると、リビングに通された。 「子供の玩具があったが、サディンのか?」 「ちがう、ウィルの。」 「ウィル…?」 誰だそれはと首を傾げたとき、ガチャリと玄関の扉が開いた。 ニコニコした顔でナナシが立ち上がる。サディンは帰ってきたみたいと玄関に視線を向けると、ぱたぱたと軽やかな足取りがした。リビングの扉の隙間を縫うように、白銀の髪に金目の幼児がお花を片手に飛び込んできた。 ダラスをみて驚いたのだろう、思わず仁王立ちで立ち止まったかと思うと、ぱぱあー!!といって玄関にもどっていってしまった。 「…ちいさいな。」 「ウィル、今は3歳だよ。おれの11個下、体がまだ若いからね、父さんも母さんもまだ乳繰り合ってるのさ。」 「ウィル、ままにお顔見せて、えるおかえりなさい。」 ませた発言をするサディンに、ダラスはやけに落ち着いた男の子だなあと感心したが、今は転生して同年代だ。なんとなく腑には落ちないものの、そうか。とだけかえすと、前よりも男ぶりをあげたエルマーがウィル片手にリビングに入ってきた。 「よぉ、ルキーノから聞いてるぜ。ちまこくおさまっちまってまぁ。」 「ぱぱ、うぃるあっちいきたい」 「おー、パパにお手々の洗い方教えてくれなあ、おれのマシュマロちゃん。」 「な、」 エルマーがちいさなウィルにでれっとした顔をする。まさかのマシュマロ呼ばわりでおのが息子の望む方向へと進んでいく姿に、過去の苛烈な性格はどこへ捨てたのかと思ってしまった。 「える、ウィルのおてて洗ったらナナシとこうたいね」 「おう、ダラスちっとまっててくれ!」 「わ、かった…」 どうしたらいいかわからないダラスの前に珈琲がだされた。いくつかの砂糖が入った瓶とミルクも出されると、サディンはドカリと横に座る。 自分の分にミルクだけを入れると、くるくると匙で回した。 「どうぞ、うちのマシュマロはお父さんっこだから、お母さんが構ってやらないとあんたとの話邪魔しに来るとおもう。」 「エルマーは、親ばかなのか。」 「親ばかってか、家族バカかなあ…」 子煩悩すぎるところはある、そう言うサディンは楽しそうに笑う。 進められるがままにコクリと一口飲む。とんでもない渋さに思わず噎せると、サディンはハッとした。 「つい癖で自家産のだしちまった。普通の珈琲にするわ。」 「ぶふっ、…じ、じかさん…?」 「別名お母さんの炭珈琲。」 栄養だけを器用に残した無害な消炭だよと言うサディンに、なるほどこいつも確かに狂っていると口端からこぼれた珈琲を拭う。 ダラスの最初の一杯はなんの表情もなくごくりとサディンが飲み干すと、今度こそ平気と言われて香り豊かな一杯を差し出された。 「おまたせ、なんだっけ、恋愛相談?やけに甘酸っぺーこと聞きに来るんだなあって思ったんだあ。」 「える、ナナシはウィルとあっちいってるね?おわたらよんでください。」 「別にいても構わないが。」 変に気を使わなくてもいいと言うダラスに、まんまるお目々のウィルがふくふくとした頬を染めながら言う。 「ならうぃるとあしょぶ」 「あしょびません、ナナシとうぃるがあしょびます」 「可愛くねいまのやり取り?心臓狂うだろ。ダラス平気か?」 「お前の頭が平気か…」 確かに可愛いが、真顔で見つめてくるエルマーの頭が可笑しすぎて、ダラスは戸惑ってばかりだ。 サディンが苦笑いしながら手を振ってくるウィルに振り返すと、にへらとわらって見送ったエルマーが、二人が奥の部屋に消えたタイミングでくるりと向き直った。 「んで、単刀直入に頼むわ。俺もサディンもウィルとナナシと遊ばなきゃならねえし。」 「父さん、ダラスがミセスマグノリアのチェリーパイ買ってきてくれた。母さんの好きなやつ。」 「何でも聞いてくれ、俺にできることなら。」 「あ、ああ…たすかる…」 手のひら返しがえげつない。サディンは嬉しそうにキッチンで皿を取り出すと、早速箱から出していた。 ずび、とエルマーが難しい顔で珈琲を飲んでいる。まさかそれも先程の炭珈琲だろうかと思ったが、怖かったので聞くのをやめた。 「ルキーノに何度も告白をしているのだがにべもない。」 何から話すか、と考えて単刀直入にと言われたのを思い出す。ならばべつに恥じることでもない、堂々とするかと宣うと、エルマーは単刀直入過ぎんだろと面食らったようだった。 「ああ、あいつなあ…変に堅物なのは今も変わんねえんだ…」 「ルキーノ?」 「ダラスの弟だあ。」 「ダラス弟に恋してんの?やるじゃん。」 サディンがニコニコしたまま隣に腰かけてくる。人懐っこいのはナナシに似たらしい。先程の警戒心が高かったときとは裏腹に、いまはこんなにも人好きする笑みで微笑まれるとむず痒い。 「拗らせてんなー、とは思うけど、恋愛は自由だしな。」 前言撤回、こいつはすこしオブラートに包むことを覚えるべきだとおもった。 「サディン、誂うな。んでどうしたいんだ?」 「俺のものにしたい。だが素気なくてな。エルマーならどうすると思ったんだが。」 「お前前世で抱いたくせに今世では抱かねえの?お前のフットワークの軽さを今使えよ。」 「父さんも結構酷いこと言うよね。」 「そうかあ?」 ダラスは引き攣りそうになる表情をなんとか取り繕う。ナナシとウィルがいなくなった途端、こんなにも雑になるとはどういうことだ。むしろエルマーは心的にはあまり成長がない気がする。辛らつなところは今も昔も変わらずだ。 「どうせてめえの事だから策略済みなんだろ?俺に相談ってか建前はつくっとこうって腹じゃねえの?」 「…やはりお前なんか嫌いだ。」 「ふはっ、俺もまだ赦してねえけど?」 ずも、と互いの間に不穏な空気が流れる。サディンは辟易とした顔をすると、立ち上がって隣の部屋に向かった。このままでは埒が明かない。ナナシは邪魔しないようにと気を使っているようだが、むしろ互いの蟠りが邪魔して話が進まないのだ。 「お母さん、全然だめ、やっぱ父さんが煽っちゃう。」 扉から顔を出したサディンの言葉に、ナナシは困った顔をした。なんでいい大人なのにちゃんとお話できないのだろう。そう思ったのだ。 遊び疲れてぷうぷうと寝息を立て始めたウィルをベビーベッドに寝かせると、ナナシは仕方無しと立ち上がる。 サディンによって出されたヘルプは親が答えなければならない。 むすくれたままリビングにいくと、確かにそこには不穏な空気を曝け出す二人がいた。 「える、ダラス。大人はそんなくうきださない。」 「俺は子供だからな」 「てめ、都合のいいときだけガキぶってんじゃねえはっ倒すぞ!」 「える、おくち」 「スミマセン」 乱暴な口調のエルマーを嗜めると、ナナシは隣に腰掛ける。むすくれた顔のダラスにため息を吐くと、ナナシはゆっくりと話しだした。 「ルキーノ、ダラスのことすき。きちんとすき。でも、なにか気になることがあって隠してるんだよう。」 「気になること?」 「ううん、過去のことかもしれない。それは、ふたりにしかわからない。きっかけがあれば、気持ちにこたえるかもですね。」 金色の瞳に見つめられ、そんなことを言われる。ダラスは難しい顔をしながら頷くと、きっかけならあると言った。 「ルキーノには言いそこねたが、身体構築及び妊娠促進の陣を腹に刻んでいる。」 「てめえの?」 「ルキーノの腹に」 「はあ!?」 寝ている間に書いた。などと真顔で宣う。エルマーはダラスの、さも当たり前かのように宣うその神経がわからない。サディンも驚いたようで、それって人権侵害じゃないの?などと小難しいことを言う。 「おま、お前よ…許可無く刻むにしてもえげつなさすぎるだろ…どうすんだルキーノが妊娠したくねぇっていったら。」  「大丈夫だ。そこは孕ませてから言う。既成事実さえ作ってしまえば産むほかはないだろう。」 「だからそれを人権侵害だっていってんだよ…」 ナナシはびっくりした顔でダラスが口を閉じるのを待つと、頭の痛そうなエルマーとサディンの顔を見て、なるほどこれはいけないことなのだと理解した。 ナナシは好きな人の子供は妊娠できて嬉しかったので、ルキーノも嬉しいだろうと思っていたのだが、どうやら今回ばかりは毛色が違うらしい。 サディンにこっそりと、普通の男性は中出ししても孕まないんだよと言われて納得した。 「ナナシは、えるのこ嬉しかったけどな。でも、普通のおとこのひと、なかだし?しても赤ちゃんできないらしい。なら、ルキーノとおはなしするしたほうがいいね。」 「後戻りできないほうが腹くくれるだろう。」 「出産、しぬほどのくるしみ。むりじいするならダラスもけいけんすればいい、ナナシはそうおもう。」 ニッコリと微笑みながらそんなことを言うエルマーが真っ青な顔でナナシの肩を抱くと、何か思い出したのか宥めるように細い肩を擦る。 「俺は、どっかいけって言われたぜ。ナナシに。」 「なに…?」 「いつもべったりで甘えたなナナシが、出産の時に俺を邪魔って言うくらいには壮絶だった。」 青褪めた顔でそんなことを言うエルマーを見る。ひどく真剣な目つきで見返すと、語気を強めて宣った。 「尻から出てくんだよ、死ぬほどの苦しみを味わせるんだ、無責任にだまし討ちみてえに孕ましてみろ。後で後悔するのはてめぇだぞダラス。」 「える、おくち!」 「スミマセン」 死ぬほどの痛み。ダラスは、眉間にシワを寄せた。確かに、生命を生み出す出産という行為は危険を伴う。女性とちがって体の作りがそもそもに適していないのだ。ならばやはり陣には柔軟性を持たせるよう、体が自然に自己形成していくようなものも書き加えたほうがよさそうだ。 難しい顔をしているダラスに、ナナシはぽつりといった。 「ダラス、ルキーノすきなら、お話してみるの大切。こわいのわかるよう、でも、それがいとぐち。」 「孕ませるだけが所有の証だと思ってんのとか、まじで思考だけはじじいだな。脳みそ若くなったんだから柔軟性をみせろってんだ。」 「える、ナナシさっきからおくちっていってる、なんで怖い言葉つかうのう?やだですっていってる、ウィルまねしたら、かなしいのえるだよう?」 「ぐう…スミマセン…」 「…尻に敷かれているのだな。」 結局エルマーよりも参考になったのはナナシの意見だけであった。まあ、あの粗野な男が嫁のクッションと化しているのは大変に愉快であるが、このやり取りを通して得るものはあった。しかし、しかしだ。 「…事後報告ほど怖いものはないな。」 「なにいってんだ、てめ、ん゛んっ、アナタ前世からずっと事後報告ばっかだろう。」  「無理くりにアナタといわんでもいい。気持ち悪いな。」 「事後報告、しってる。えるもそれしたら、ナナシはやだなあ。」 のほほんとそんなことを言いながらミルクコーヒーをこくこくとのむ。顔色を悪くしたエルマーが、んなことするわけ無いだろうと誤魔化しているが、すでに何かやらかしていることは明白だった。 いつの間にかサディンがぐずったウィルをあやしていたらしい、片手に抱き上げたままリビングに来ると、金色のお目々を涙で輝かせたウィルが言った。 「おにいちゃ、めっされゅの…こわぃのぅ?」 「あ、ああ…」 余程思い詰めた顔をしていたらしい、幼児にまで指摘され、ダラスはなんとも言えない顔で頷いた。 「うぃるが、いっしょにごめんねって、したげぅねぇ」 「は…」 「ぱぱといっしょに、ままにごめんねすゅから、うぃる、できるよぅ!」 「エルマー‥、お前…」 こんな幼児を盾にするなとダラスが視線を向けると、ものすごい勢いで反らされた。 サディンは笑いをこらえているので、どうやら事実らしい。本当にルキーノに怒られるようなことがあれば、これはウィルの力を借りるべきかもしれない。 幼子の秘めたるパワーに要期待であると頭に書き留めると、ダラスは先ずはかえって報告からだなと漸く腹を括った。

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