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幸せの形(結婚編)ダラス×ルキーノ
「なるほど概ね理解しました。」
「ルキーノ、」
「お断りさせていただきます。」
「…………。」
帰ってきたかと思えば、ダラスはなぜか座っていたルキーノの前に跪き、その嫋やかな手をギュッと握りしめ宣った。俺のために子を産んでくれと。
まるで王子のように整った凛々しい顔で言うダラスに、トゥンクと胸が跳ねたのは事実だ。
しかしながら、二言目に準備はできていると言う様子に不穏さを感じ取ったルキーノが、なんの準備ですか?と聞いたのが運の尽き。己の兄のサイコパス具合を測りかねていたと知ることになる。
「いいですか、まず常識として、普通は寝ている弟の腹に陣など刻みません。」
「それはすまなかったと思っている…」
「反省なさる割に子を産めと仰る。」
「だって、」
ルキーノは冷たい声色だった。未だ溶けきらぬ凝り固まった己の考えが重石となり、自分自身を追い詰めているということを自覚していた。それなのに、兄はなお囲い込もうと手を広げて近づいてくる。
その胸に飛び込めればさぞかし楽だろう。しかし、それができないのも事実。
そんな消化しきれぬ思いに溺れ、そして一方的に思いを差し出すダラスの思考に業を煮やした。
ぴしゃりとテーブルを叩くと、ダラスは目に見えてびくりとした。ルキーノがそこまで怒るとは思わなかったらしい。
思わず背筋をのばしたダラスは、次いで目に涙を溜め始めたルキーノに、心臓が冷えていくような気がした。
「る、」
「あ、あなたはなんにも、わかってない!!」
「お、おちつ、る、」
「それに、あなたはまだいちどもっ…!」
ぐすっ、と鼻を啜り、ルキーノはごしりと目を擦る。この体になってから、どうにも涙腺が弱くていけない。なんだか感情の制御が効かなくて、まるで幼子の駄々のように気持をぶつけてしまいそうになる。
おろおろとしたダラスの様子がなんだか小気味よい。ルキーノは胸にわだかまっているこの思いが少しだけ空くような思いだった。
弱りきったダラスを真っ直ぐに見つめると、この人は本当に僕に対して不器用だなあとおもった。
「貴方は、産まれ直してまで僕を選ぼうなどと、しなくてよろしい。」
ついに口にした本心。この心からの願いは、兄に幸せになってほしかったからだ。
普通の人のように結婚をし、父になり、そして家庭を築いてほしかった。
本当にたまに気にかけてくれればそれで良い。
そんな思いを込めた眼差しが、真っ直ぐにダラスをとらえる。
目を見開いたまま、ルキーノの言葉に硬直をしていた。
ダラスは言われている意味が理解できなかった。いや、したくなかったのかもしれない。
なぜなら最愛の弟によって明確に突き放されたのだから。
「……、」
「もう、充分に罪は償いました。ならば、人生のやり直しをなさい。今世こそ、普通の幸せを味わいなさい。」
「…なら、生まれ直した意味がない。」
身体を離すように、ルキーノの手がダラスの胸に置かれていた。俯いて、声を震わせて、そんなふうに取り繕えないまま突き放す弟に、ダラスはじりじりと苛立ち始めていた。
ポツリと呟いた言葉、そうだ。意味がないのだ。
ダラスはルキーノにきれいな世界を見せてあげたかった。だから生まれ変わり、共に同じ道を歩む幸せを共有したかった。
ダラスの愛は歪んでいる。そんなもの、たった一度転生したくらいでなおるものではないだろう。
「俺が嫌いか、憎いのかルキーノ。」
「そんなわけ…」
「そうか、ならば次こそは間違わん。」
「え、わっ!」
不機嫌な顔で見つめてきたかと思うと、あろうことかダラスはルキーノの手首を鷲掴み、その手を引っ張りながら寝室に向かう。
わけがわからないという顔をするルキーノの体を組み敷くようにベッドに押し倒すと、ルキーノがようやく状況を把握したらしい。
「な、なにを…!」
「俺は我儘だ、ルキーノ。お前と共に転生し、互いに記憶を持ったまま生まれ変わった。だから尚更、お前は俺から離れないと思っていたのかもしれない。」
「え、や、やだっだめ、どこさわって、」
「過去は変えられんな、やはり生まれ変わっても、俺は俺らしい。」
組み敷かれ足の間に体をすべり込ませたダラスが、少しだけ悲しそうな顔でルキーノを見下ろした。
あのときとはまた違う。自嘲するような笑みだ。
なんだか泣いてしまいそうなダラスの表情に驚いていると、やわらかいものがふにりと唇を塞ぐ。
「え、んむ、っ…!?」
己の口を開くと、ダラスの唇が重なっている。
なんだこれ、もしかしてキスか!?ルキーノは前世でも口付けはしたことがなかった。まさか今世で体験するとは思わず、ルキーノの頬を撫でながら柔らかく唇を啄むダラスに、驚愕しすぎて声も出なかった。
「……ふ、お前もそんな顔するのか。」
「ど、どうせ大した顔ではありません!」
「違う、ああもう、少し流されていろ。」
ダラスは顔を真っ赤に染め上げながら固まる弟の口端に親指を割り入れると、今度はぬるりと舌を差し込んだ。
「ふ、ぅ…」
なんという端ない口付けだろうか。感情と胸の高鳴りがぐちゃぐちゃに混じって、なんだか忙しい。世の中の恋人達は、皆こうして忙しい口付けを行っているのか。
「ん、んん、ぅ……んむ、っ」
ダラスの熱い舌が、ルキーノの縮こまっていたそれを掬いあげる。
ちゅぷ、という水音が立つたびに、その身の神経がざわめき、小さく震えてしまう。
ダラスは下手くそなルキーノの舌に甘く吸い付くと、ゆっくりと唇を離した。
「ルキーノ、どうした。」
「…な、なんか…すご、かった…」
「そうか、ふふ…」
顔を真っ赤にして呆けているルキーノの口端の唾液をそっと拭う。呆けているのをいいことに首筋に顔を埋めると、ようやく戻ってきたルキーノによってがしりと髪を掴まれた。
「うっ」
「だだ、だ、だからっ、く、くちづけひとつで流されるつもりはありません!!!」
「おまえな、」
先程はいい雰囲気だっただろうがとダラスの目が訴えかける。しかし、そういうことではない。
「は、はじめてだったのに!」
「はじめて?」
「く、…くちづけ…」
どもりながら、口を隠すようにして自分の身体の下で宣うルキーノに、次に呆気にとられたのはダラスの番だった。
「お前、そんなわけ…」
と言いかけて、ようやくダラスは気がついた。
ルキーノの体に宿り、好き勝手にしていたのは自分だ。それはもう、余すことなく勝手に振る舞っていたので、もちろんそういう経験もダラスはある。
しかし、ルキーノは体験としては行為も過去にレイプ紛いなことをしたあの一度だけ。
勿論、思い詰めていたダラスが甘く優しくルキーノをとろめかせるということもなく、貪り抱いてしまっている。
我ながら酷い男だ。こじらせ過ぎている。そしてルキーノは過去も昔も純粋なままだ。それをまた汚そうとしている自分がいるのは、揺るぎない執着心の賜であるが、今世では間違いはしたくない。
緊張でカチコチになりながら、今だ口付けを思い出したように顔を色めかせる。
ダラスは困ったようにルキーノを見下ろすと、そっとその髪を撫でた。
「すまん、」
「僕の中に、貴方がいたときのことは知りません…体験してないんです…」
「ああ、そうだな。」
「だから、も、もうすこし…ゆ、ゆっくりと進んでください…」
顔を真っ赤にして細い声でのたまう。どうやらキャパオーバーしているようで、またルキーノはじわりと目を潤ませる。ああ、泣かせてばかりだなあ。
ダラスはそっと抱き込むと、縮こまったルキーノの体が、更に緊張を孕む。まったく、何をしても初で仕方がない。
「お前が言う、ゆっくりと進むというのをおしえてくれ。」
「ま、まずは…」
お互いを知ることから、と言おうとしてやめた。だってもう知りすぎている。ルキーノの事など、ダラスは手にとるようにわかるだろう。ずるい、僕は兄のことなど、なにもしらないというのに。
「…貴方が、僕に執着心をお抱きになっていること以外はなにも…」
「執着心…ああ、お前しか見ていない。愛しているからな。」
「あ、あいっ、あ、あなっ、き、兄弟としてっ、でしょうが!」
「兄弟だからなんだ。そんな括り、唯の枠でしかない。そんなものに収まるような関係では無いだろう、俺たちは。」
ダラスの言葉に、拘っていたのは自分だけなのだと理解した。
ルキーノの幸せの形、それは本の中の正しい家族のカタチだ。誰かを愛して、愛される喜びをダラスにしってほしかった。
しかし、そもそもルキーノは愛し愛される喜びというのは知らない。だからこそダラスの勢いのある執着心じみた求愛に戸惑ってしまったのかもしれない。
「…互いに、恋愛経験というものが不足しています。何が正解かもわかりません。僕は、今世は貴方に幸せになってほしかった。」
「本当に好きなやつに突き放されて、幸せになどなれるものか。俺を傷つけた罰だ。お前が俺の気持ちに答えろ。」
そんな横柄な態度でとんでもないことを言ってくるのに、ルキーノはそれが嬉しく感じてしまう。
仕方ないですねと、許してしまいそうになる。
「俺の幸せを願うなら、俺の気持ちに答えろ。俺を幸せに出来るのはお前しかいないのだから。」
「…僕の幸せは」
「そんなもの、俺が幸せにしてやる。過去の責任も含めて、もういらないと言うまで幸せにしてやる。」
小さく笑いながら、鼻先を擦り合わせる。こうして柔らかい声色で語るダラスはとても穏やかで。満たされた表情をしているのだ。
この顔を、僕がさせているのかと思うと、ルキーノは堪らなくなった。
「神の教えに背く覚悟はお有りですか?」
「お前はもう祭司ではない、それに俺たちの知る神は、そんな細かいこと気にするような器では無いだろう。」
あのマイペースの極みのような青年は、男性の身で出産したのだ。好きな人といることが幸せを体現した先に得た家族の形を、それは違うと否定することこそが神の教えに背くだろう。
ダラスの理屈っぽい話を聞いて、ルキーノは思わず笑った。
確かにそうだ。幸せは型にはめるものではない。
「僕がダラスを幸せにしましょう、弟ですから。」
「俺がお前を幸せにしよう、兄だからな。」
考えるのが面倒だから、もう言い訳はこれでいい。
綺麗事を抜かせるほど、二人は綺麗じゃない。
ルキーノはダラスの背に腕を回すと、そっと抱きかえした。ルキーノの知る兄の匂いがする。
正面から抱き合える幸せを噛み締めるようにすり寄るルキーノに、ダラスはしばらく固まった後、恐る恐るお伺いをするように首筋に顔を埋めた。
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