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小悪魔はウィル(結婚編)エルマー×ナナシ
「声出して笑ったわ。なにそれやば。」
バンバンとやかましく机に手を叩きつけながら、散々っぱら大笑いをしていたユミルは、目元の涙を拭うと膨らんだ腹をさすりながら椅子の背にもたれかかった。
「あのエルマーが教官か、恐ろしく向いていない…」
「そうだよ、一体何でそんなもんになっちゃったのさ。」
昔と変わらずの見た目で時を止めたエルマーとナナシが住む家に、レイガンとユミルが遊びに来ていた。ナナシは朝からそれがずっと嬉しいのか、ぱたぱたと尾を振りながらずっとにこにこしていた。
「子供らが自立するまでは死ねねえもの。」
「え、わりと重い話題になったゃうの。」
「ああ、たしか同じ魂か。」
「おなじっつーか、」
ちろりとナナシをみると、ナナシもきょとりとエルマーを見上げていた。
サディンはこの話題が嫌だった。そんないつか来てほしくないし、ウィルもそんな未来があるということを知ってほしくない。
サディンは積み木遊びに付き合っていたのだが、エルマーがサディンの方を伺うように見てきたのをきっかけに、ウィルを抱いて隣の部屋に逃げてしまった。
「反抗期?」
「ちげー、多感な時期なんだあ。」
「サディンやさしいこだから、かなしいはなしやだなの」
心配そうなユミルの問いかけに、ナナシが困ったように笑う。違うよ、とだけ答えると、エルマーは困ったような、それでいて少しだけ切ないようなめずらしい顔をした。
「…出産って命がけだろう、だからウィル産む前に俺からサディンにいったんだあ。」
「御使いのこと?」
「それと、あとナナシが死んだら俺も死ぬってこと。」
「ああ、なるほど。」
レイガンは、二人のことを知っている。死ぬときは一緒にと約束をした深い愛は、たしかに美しい。しかし子からしてみたら、きっとそんなことは言ってほしくないに決まっている。
しかし、言わねばそのいつかが来たときに受け止められないかも知れない。
レイガンは正しく理解している。ユミルも、当事者二人以外はとても悲しい話に聞こえるが、エルマーもナナシも、他人の物差しで図れるような人生を歩んできてはいない。
互いが納得して、どちらかの心が壊れないように決めたことだ。それが歪でも、愛は愛である。
二人がともに同じ魂を持つようなものだし、深い繋がりがある。
ナナシが死ねばエルマーも死ぬし、エルマーが死ねばナナシも死ぬ。
だからサディンが一人にならないように、二人は兄弟を作ってあげたかった。
一人目を産んだあと、話し合って決めたことである。
ウィルの出産の時、サディンは11歳だった。エルマーは臨月のナナシを寝かしつけたあとに、サディンにはこのことを話していた。
出産はきっとうまくいくけど、それは必ずではない。ナナシは沢山痛い思いをするし、きっとサディンの知らない悲痛な声で泣くかもしれない。
出産は命がけだ。ナナシがこの出産で儚いことになれば、エルマーも死ぬ。だけど絶対に死なせはしないし、サディンの弟も死なせはしない。
命をかけて弟を作ったのは親のエゴだけど、愛でもある。
エルマーはそう淡々と親の顔で話したとき、サディンは金色の目が溶けるのではないかと思うくらいに涙をためて、いやだといった。
いやだ、死ぬかもしれないなら生まないでほしい。サディンを置いていくかもしれないなら、弟なんていらないと。
エルマーは黙ってサディンの話を全部聞いた後、そっと抱きしめて頭を撫でたのだ。
「納得はしなくていいけど、弟は愛してくれっていったんだあ。」
「サディンね、なきながらたちあってくれたんだよう、えるはお腹こわしてたけど…」
「エルマー…台無しじゃん…」
「そこはマジですまんと思っている。」
親の顔で言い聞かせたエルマーは、結局ナナシの出産当日には緊張のし過ぎでトイレと愛し合っていた。サディンはエルマーから話を効いたあと、ナナシとも話をしたらしい。
泣きながら愚図るサディンの頭を撫でながら、自分は男でありながら孕んだけれど、こんなに幸せだということ。それは全部エルマーが作ってくれたことで、その幸せをナナシはみんなに返したい。
だからまだ、死ねないのだと笑った。
ナナシの大切なサディンを幸せにするためにウィルを生むのに、二人を抱けないまま死ねないと言った。男らしく無い力瘤を見せながら言うナナシに、サディンはもう笑うしかなくて、自分勝手で仕方のない親だから、僕が二人を見守らなきゃといったらしい。
「エルマーよりしっかりしてるじゃん!」
「さすが俺の子。」
「えるよりもかっこいいときある。」
「ま、じで…」
にこにことしながら嬉しそうに言うナナシの横で、なんとも言えない顔をしている。
サディンは優しいのだ。エルマーの血が入っているとは思えないくらいに。
これはやはりナナシのおかげだろう。ユミルは改めてそう思った。
「んで、シュマギナール暮らしは落ち着いたか?」
「落ち着いたって言ったってどうせカストール帰るんだけどね。エルマーたちにいつでも会えるなら悪く無いと思うけど。」
「産んで、落ち着いたら帰る。来る前にミックが子牛を産んだんだ。」
「レイガンもすっかり牛飼いになってきたな…」
エルマーが呆れたような顔でレイガンを見る。
どうやら国を出る前に飼っていた牛が出産したらしい。今は知り合いに預けているらしいが、カストールに戻る頃にはある程度育っていることだろう。
ダラスによって男性妊娠が可能になったとき、市井のものから希望者はいないかと相談を受けたのだ。
魔力の差や環境でどうでるのか調べたかったらしい。エルマーが何気なくそのことをユミルに話したとき、やってみたいといったのがきっかけであった。
「ルキーノはこの間生まれたんでしょう?なら僕もそろそろだと思うんだよなあ。」
大きくなった腹を撫でるユミルの顔は、すでに母であった。
ルキーノにつわりが来た時点でダラスによって相談をされたユミルは、レイガンとともに牛を預けてシュマギナールに入国した。
レイガンはぎりぎりまで反対をしていたのだが、ユミルはレイガンの血を繋げたかったのだ。
「孕む前日まで大喧嘩して、そんで半ばむりやり僕が襲いかかって妊娠したからどうなることやらと思ったんだけどさ。」
妊娠した翌日から甲斐甲斐しいのなんのって。と続けたユミルは、頬を染めながらちろりとレイガンを見た。
互いにいい具合に歳を重ねた。きっと出産は難しいものになるというのはわかっているけれど、それでもユミルはこの手にレイガンの子を抱きたかったのだ。
「ナナシも、ルキーノもいるよう、ニアも。」
「経産夫二人もいるんだからこんな心強いことないよね。」
「ダラスが分娩するときに楽になれるように術かけてくれるってよ。ルキーノの出産でどうすれば痛みが和らぐか研究したんだと。」
「え、それルキーノ怒りそうだけど。」
「人の陣痛を研究材料にするなー!!って大目玉食らってたぜ。あれは笑えた。」
ぼろぼろのダラスを思い出したのか、エルマーが吹き出した。レイガンもあれから術をかけてもらうのに城に行ったときに話したが、まさかあそこまで尻に敷かれているとは思わなくて呆気にとられてしまった。
「相変わらずダラス以外には優しいのか、ルキーノは。」
「おうよ、ユミルとナナシと奥さん同盟組むとか言ってたぞ。」
「なんだその恐ろしい同盟は…」
旦那の愚痴を言う井戸端会議的なやつらしいとエルマーが言うと、ナナシはなにが楽しいのかくふくふと思い出し笑いをする。
「レイガンの夜の愚痴いってやろ」
「ナナシも」
「は、夜の愚痴!?」
「まて、それはいけない。」
一体何を言われるのかなと青褪めた顔で詰め寄る二人が面白すぎて、ユミルもナナシもケラケラと笑った。
まあ、大抵はユミルもルキーノもナナシも、翌日のことを鑑みてくれないことや、子供部屋の隣で激しいことはしないでと言う一般常識を滾々と語り合う場なのだが、エルマーもレイガンも行為に不満があるのがそっち方面だおもっていない。
「回数増やせってんならいくらでも付き合うぜ?」
「えるのばか、そゆことじゃないもん」
「妊娠してたから控えていたが。抱いていいなら抱きたい。」
「あっ、お断りしますう」
「なんでだ!!」
エルマーもレイガンも、相変わらずに嫁ゾッコンであるからして、こういうときは大抵声がかぶる。
そのうちウィルを抱いたサディンが部屋に戻ってくると、顔をべショベショにして大泣きをするウィルに困り果てた顔で立ちすくむ。
なんだかその絵面がユミルは面白くて、ちっさい頃のエルマーみたいだなあと懐かしんだ。
「お母さん、ウィルが漏らした…」
「はわあ、ちっこしちゃったのう?おふろいこ。」
「ナナシがママしてる…」
「漏らしてた側なのにな…」
しみじみとした顔で下半身とサディンの膝を濡らしたウィルがビャンビャン泣いている。ナナシはレイガンとユミルの言葉を聞こえないふりをしていたが、顔が赤いのでばれている。
半ばわたわたしながらサディンとウィルとお風呂場に消えていったナナシを見送ると、エルマーはこの間も漏らしてたなあと言った。
「トイレトレーニングしてんの?」
「おう、この間ナナシがトイレ行こうとしたときにウィルが漏らして、ナナシがお世話してるうちにナナシも漏らしてた。あれは笑ったなあ。」
「まだ漏らしてんのナナシ!」
「8割は漏らしてねえぞ!」
「2割の確率…」
ゲラゲラ笑うユミルに、レイガンも想像したらしい。はわーーと情けない叫び声がしたと思ってエルマーが駆けつけると、着替えを終えたウィルの後ろでナナシがひんっ…と泣いていた。まったく自分のことを後回しにするできた嫁であるとエルマーが褒めたらしいが、その夜は燃えたと余計なことまで付け加えられた。
「ナナシもトイレトレーニングしたほうがいいんじゃない?」
「してるぞ、恥ずかしがるナナシにおむつをつけるのは燃える」
「ドン引きするから真顔はやめろ。」
胎教によろしくないと引きつり笑みを浮かべるユミルに、レイガンは何かを刺激されたらしい。ふむとかなんとかいって頷いていた。
「ぱぱあーーーー!」
浴室から出てきたのか、ついでに丸洗いされたらしいウィルが真っ裸でかけてきた。エルマーは瞬時にでれっとした顔をするものだから、真正面からそれをみたレイガンもユミルも、お前そんな顔できたのかという具合に呆気に取られた。
「マシュマロちゃーん、んだあ、セクシーな尻ぷりぷりさせちまってぇ。風邪引く前にちんちんをかくしなさい」
「ぱぱうぃるのちんちんしゅきでしょお?」
「うっっわ」
「誤解だお前ら。」
ほかほかのウィルを抱き上げると、とんでもないことを抜かされた。たしかにウィルのつつましいちんちんを可愛すぎると褒めたこともある。ウィルはそれをおぼえていたらしい。
「うぃるのちんち、かぁいいってぱくんしゅるっていってたよう!」
「ぱくん!?」
「まてまてまてまて」
「いくらナナシに似てるからってそれは駄目だな、完全にアウトだ。」
「だからまてって!」
きゃー!と可愛い声を上げながら照れるウィルは、正しく小悪魔である。
浴室から引いた顔をしたサディンと、わなわなしているナナシが出てくると、いよいよエルマーの顔色は悪くなった。
「える、ウィルのちんちん…ぱくんはだめです、」
「してえっていったけどしてねえもの!」
「言うのも駄目だよ父さん…」
「だって可愛いだろうが!?」
エルマーから守るようにウィルを抱き上げたナナシが、お着替えしますようといって奥の部屋に消えていく。
珍しくうろたえたエルマーが助けを求めるようにレイガンを振り返ると、こっちを見るなと言われた。
なんでだあ!!と喚くエルマーに、ユミルは指を指してゲラゲラ笑った。
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