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level.3

 桐谷は自分自身も相当性格が悪いと自負していた──。  峯が柚莉愛の大ファンであることや、峯がやたらと真摯にその想いを吐露したこと、柚莉愛が峯に興味を抱いたこと、そのすべてに関心が向いて桐谷は峯との距離を一気に縮めた。  次に峯はどんな言葉を話すのだろうか、どんな衝撃を自分にもたらすのだろうかと純粋に興味があった──。 「な、なに?」と、動揺したように峯が桐谷を見た。 「え? 何が?」 「さっきから人のことジロジロ見るから、怖いんですけど……」 「あ、悪い」  桐谷は普通に無意識だった──柚莉愛の妄想癖でもうつったのだろうかと誤魔化すように口元を撫でた。  こんな紳士な峯だけれど、実際柚莉愛を目の前にしたら欲望丸出しの男になってしまうのだろうか、峯の言う壁を壊してしまうのだろうか──もしそうなら見てみたいと思ってしまうのは桐谷が穢れすぎている証拠なのか──。 「桐谷っ!」  嘆くように峯が再び声を上げる。 「え?」 「それ、やめて。そのすごい目力で俺のこと見るの。怖いんだって、なんか心の中まで覗かれてるみたいで……」  峯は困ったように視線を泳がせ、頬を赤く染めた。 「……お前やべぇな」 「やべぇって何が?」 「お前、女だったら多分すぐヤられるタイプだぞ」 「ヤっ! もう陰キャに桐谷は刺激が強い〜」  峯は学食のテーブルに頭をつけてうなだれ、すっかりショートしてしまったようだ。 「ぷっ、かわいいな。お前」  うっかり口をついてそれは自然に桐谷の口から漏れた。 「桐谷の人たらし!」 「人たらしってなんだよ」 「そういうことサラっと言ったり、その顔でジロジロ見られたら誰だってドキドキするだろっ」  峯の言うように桐谷は頼まれていたとはいえ、モデルを依頼されるだけの容姿を十分に持ち合わせていた。  本人は色んな女と付き合ったり口説いたりするのが至極面倒なので、柚莉愛の相手をするだけで事足りているような、そう言う面では淡白な男であった。 「へぇ、俺の顔かっこいい?」  とわざとらしく笑って峯のギリギリまで顔を寄せた。  峯は嘘みたいにリアクションが良くて純粋に顔を真っ赤にしている。 「かっこいいよ、俺のと替えてほしい」 「そうか? 峯だって不細工ではないぞ?」 「それ全然フォローになってないから!」  拗ねて唇を尖らせる峯に、ケタケタと桐谷は明るく笑った。 「峯って面白いよな。こんな面白い奴ならもっと前から絡んどけばよかったわ」 「桐谷の絡むってなんかヤンキーのあれみたいに聞こえて怖いんですけど……」 「陰キャがすぎるな、お前」  ふふ、っと小さく峯が笑うので、桐谷は目だけで「なに?」と伺う。 「ううん。桐谷の笑顔ってかわいいなって」 「おい、人たらしはお前じゃねぇのか?」  急に余裕ぶって笑う天然の峯に、桐谷は思わず慄いた。  しばらく柚莉愛はライブのリハーサルと次のクールに始まるドラマの準備で忙しくなるようで「あー漫画描きてぇ」と、メッセージを寄越したのを最後にしばらくの音信不通時期に突入した。  こういうのはよくあることで、桐谷は「頑張れよ」と一言返して業務連絡を終わらせた。  そんな中、時間が経つにつれ峯の機嫌が良くなるのを桐谷は密かに見抜いていた。その理由もなんとなくではあるがわかっている──。 「キモいぞ、陰キャ」 「ストレートな悪口に返す言葉もない」  と桐谷の毒舌に慣れてきたらしい峯は顔を歪めた。 「どうせまた、"ゆりりん"だろ」 「うんっ、ライブのチケット取れたんだー。あっ! この間のお礼に桐谷のこと誘えばよかった!」 ──嫌味でもなく本当に親切で言っているのだから余計に恐ろしいと桐谷は腹の中だけで怯む。 「"ゆりりん"はスルーかよ」 「わざと揶揄ってるのをいちいち訂正するのが面倒臭い。好きに言ってろ。それに桐谷には俺がファンだってとっくにバレてるんだし」 「いいよなぁ、楽しみがあるってのは」 「桐谷は趣味とかないの?」 「──ねぇな……。何するにも面倒くせぇ」 「本当に好きなものが今はないだけだよ。桐谷も何かに出会えたら面倒とか言ってたのが嘘みたいにそれに夢中になったりするよきっと」 「──例えば?」 「ん〜、それはちょっと難しいけど……」と峯は顎に指を掛けて宙を仰ぐ。 「無責任だな」と桐谷はわざと横暴に峯をけしかけた。 「えー、んー。あっ、彼女とかは?」 「いねぇから」 「じゃあ今まで付き合ったこともないようなタイプの人と知り合ってみるとか。もう全然相手が何考えてるか、わかんないみたいな人。全然読めなくて、ものすごく深追いしちゃったりするかも!」 「ふぅん、経験あるんだぁ? そういうのぉ」と、わざといやらしい笑みを作る桐谷に峯は拗ねたような顔をした。 「性格悪くない? 桐谷」 「今更ですか」 「嘘。桐谷は良い人だよ。街中で突然倒れた俺のこと助けてくれるような人だもん」  無意識に出た手で桐谷は、優しく微笑む峯の頭を何故かはたいていた。 「痛いっ! なに!」 「わかんねぇ、なんか勝手に手が出た……」 「なにそれ! サイコパスなの?!」 「お前が変な顔で笑うからだよ」 「悪かったな、変な顔でぇ!」  わざと変顔してみせる峯に、桐谷は素直に胸の内を無意識に声にして明かす。 「──楽しいな」 「なに?」 「お前、楽しいわ。お前みたいなの初めてかも、何考えてんのかわかんねぇ──陰キャ」 「結局ただの悪口かよ!」  憤慨している峯に桐谷はケラケラと明るく笑う。そんな桐谷に峯は前までとは違うお互いの距離感を感じ、素直に嬉しくなった。  近くにある桐谷の顔が色をつけて変わるのが楽しくて、素直に自分も楽しいと口にして伝えるとなぜかまた頭をはたかれたので「やっぱ全然楽しくない!」と峯は後悔して泣いた。

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