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level.11
月曜の朝は憂鬱だ──。
それは小学生でもサラリーマンでも同じだろう。
だが、桐谷にとってそれは魔の月曜日。いつもの月曜に輪をかけて憂鬱の過積載。
想定内──。
桐谷内、月曜の朝ご機嫌ランキングNo. 1を獲得した男がにこやかに教室に現れた。
桐谷はわざとワイヤレスイヤホンを耳に詰めて、流れていない音楽に聴き入るふりをして、峯が来たことに気付かない素振りを見せる。
当然ながらそんな猿芝居、今の峯には通用しない。
背後から拗ねた大きな背中に抱きついて、峯はごちんとおでこをぶつける。
「おはよー!」
「──偉く大胆ですのね、陰キャくん」
「だって、拗ねた背中が可愛い」
「陰キャの分際で生意気なッ」
今朝の峯にはいつもの嫌味も減らず口も暖簾に腕押し。何本釘を用意しても刺さらない。
「──楽しかったか、ライブ」
「うん、ヤバかった〜、皆可愛かったぁ〜、でもやっぱり柚莉──」
「やっぱ言うな! 吐きそう……」
「相手はアイドルだよー、なんでそんな怒れるの? 虎羽ってモテるだろうにホント変わってるよね」
──世間一般からすればそうだろう。
アイドルに現 を抜かす恋人に、ただ嫉妬してるだけにしか見えないだろう。
──だけど真実はもっと複雑だ。
自分のセフレ、しかも殆ど金で雇われてなったような関係である女を目の前で可愛いと言われる。こんな複雑怪奇で不可解なことが自分たちの他に存在しているだろうか──。
「俺と同じ世界線にいるのは虎羽だけだろ」
「………………」
「虎羽?」
「うん……」
峯の言葉ひとつひとつ胸に刺さるのは──峯に言えない秘密を隠し持っている大罪のせいなのかと桐谷は頭を重くした。
その夜、わかりやすいくらい激しく乱暴に、桐谷は峯を抱いた──。
なんとなくそうなることは予想していた峯だったが、想像以上にその嫉妬は凄まじくて、峯は半ば気を失うように最後は眠りについた。
それでも自分に抱きついて眠ってくれる峯の寝顔をじっと見つめながら、涙の跡を拭い、その柔らかな髪を撫でる。
バッグの中で携帯が振動しているのに気付き、桐谷はなんとなく察しながら重い身体を起こして、恋人からしぶしぶ離れた。
「──もしもし」
「何その声。寝てたの?」
相手は昨日まで恋人の瞳も脳も何もかもを独り占めしていたアイドル、柚莉愛だ──。
桐谷は後ろめたさからか、極力眠っている峯から一番遠い玄関そばまで歩き、話を続けた。
「まあ……なんか用か?」
「──は? アンタに用とか他にあったっけ?」
「あのさ……もう潮時にしねぇ? もう一年もいりゃ十分だろ?」
「一年すりゃ飽きたって?」
「理由なんて何だっていいだろ。彼女じゃあるまいし」
「じゃあセックスなしでいいよ。モデルとか売り子なら良いでしょ、同じ額払うからさ」
「いや、もう全部やめたい。お前に協力出来なくて悪いけど、もう出来ない」
「彼女になんか言われた? 浮気と勘違いされた?」
「柚莉愛……悪いけど」
「──誰と話してるの?」
背後から声がして桐谷は目を見開き振り返った。
そこには着ようとしていたシャツを握りしめて、裸のまま立ち尽くした峯がいた──。
背筋が一気にして凍りつき、おかしな寒気で携帯を持つ手が震えた。その向こうで女の声が微かに漏れ聞こえ、慌てるように桐谷は携帯を切った。
こんな時に冷静な芝居を打てない自分自身に深く呆れたが、いざ直面してしまうと何一つ賢く出来ないものなのだと桐谷は初めて思い知る。
「ゆりあって……誰?」
峯は今にも泣きそうな震える瞳で桐谷を問い詰めた。
話す唇は明らかに色を無くして、震えている。
「ねぇ! ゆりあって誰?!」
桐谷のそばまで寄って腕を殴りつけた峯はすでに泣いていた。
「彼女がいたの? いたのに、俺としたの? 俺に好きだって、彼氏になってって、揶揄ったの?! ねぇ!!」
力一杯胸を叩かれ、桐谷の肌は赤くなりヒリヒリと熱く痛む。それでも桐谷は峯を見ることなく、唇を噛んで何一つ答えようとしない──正確には何も答えられなかったのだ。
──何か一つでも話せば、目の前の甘くて淡い夢が壊れて消えるのを知っていたから──。
「なんとか言えよっ、馬鹿!!」
バシリと強く頬を打たれても桐谷は峯を見ることが出来ずに、ただ俯くばかりだった。
「出てけよっ! こっから出ていけ!! もう、二度とっ……二度と……っ」
峯はぐしゃぐしゃに泣いてとうとう床に崩れてぺたりと座り込んだ。
「うっ……好き、だったのに……、ほんとに……好きだったのに……」
バタバタと峯から零れ落ちる涙が床を濡らして、白い肩が悲しげに揺れる。
この震える身体を抱きしめて、許してくれと言える権利が自分に果たしてあるのだろうかと、桐谷は迷った──。
真実を告げなかったのは峯を傷付けたくなかったから?
それとも自分が傷付きたくなかったから──?
──やましい気持ちがあったからこそ、ずっと言えずにいた──それこそが紛れもない真実だ──。
「………………ごめん」
何一つ上手い言葉を見つけられずに桐谷はそれだけ告げると愛しい人の部屋から静かに立ち去った──。
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