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level.12

──桐谷はその夜わかりやすい夢を見た。  桐谷は崖のへりに両手だけをかけてぶら下がり、自身の体重を支えきれずに今にも深くて暗い谷底へと落ちかけていた。  それを冷淡な瞳で静かに見下ろす峯が頭上にいた。  峯は崖にかかった桐谷の手を踏みつけて苦痛を与え、まずは左手を外させた。  残った右手へはその細い指を寄せ、残酷にも一本ずつ指を外してゆく──。  そして、峯は小さく口を開き囁いた──。 「裏切り者──」  真っ暗な谷底へと飲み込まれていくその瞬間、桐谷は目を覚まして飛び起きた。  全身に冷たい汗をかき、早くなった心臓の音が耳へと這う。  そのまま頭を抱え、桐谷は目覚めてからも再び現実の悪夢にうなされた。  翌朝、大学に現れた峯は明らかに疲れ切っていて、酷くやつれて見えた。  せっかく綺麗にしてもらった髪も無理に真ん中で分けて、味気ない無地のスウェットシャツに袖を通していた。  誰も座りたがらない一番前の席に峯はわざと座って、いつも一番後ろに座る桐谷から離れた。  そこから唯一見える細い首筋を、ぼんやりと桐谷は眺めるしかなかった──。 ──嘘みたいだ。  昨日まで腕の中にあの身体はあったのに……。  講義が始まり、桐谷はノートパソコンへとゆっくり視線を移す。  あの細くて熱い身体も、可愛い声も愛くるしい笑顔も──たった一日で失った。  桐谷は人生で初めて、喪失感という言葉を体感し、恐ろしいまでの空虚感と気の遠くなるような永遠に苛まれた──。  峯は明らかに戻ろうしていた──  桐谷と始まる前の自分に──。  峯は自宅のポストに入っていた葉書を見ながらぼんやりしていた。 「──LOVE6……当選……。ああ、CDイベント当たったんだ……」  競争率の高いイベントに当選したというのに、峯のテンションは全く上がらなかった。  そんな自分自身に峯が一番驚いていた──。 「柚莉愛ちゃんに会えるのに……俺、なんで──…………。そか、彼女と同じ名前だったから……あんなに嫌がってたんだ……あいつ……」  当選ハガキをカレンダーの真横にピンで貼って、峯はベッドに力無く腰掛けた。  部屋に一人でいると、ここで共に過ごした桐谷の温度を思い出してすぐに泣きそうになる。  ポロポロと峯はまた泣き出して、懲りない自分に腹を立てた。 「うっ……うう……」 ──仕方ない。  だって、虎羽は俺のことなんて本当は好きでもなんでもなかったんだから……。  俺が諦めるしか道はないんだから──。  必死に自分に言い聞かせるが、そんな簡単なはずがない──。  自分にとって桐谷は初めて出来た特別な存在だったのだから──。

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