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第1話

 ミネットは熱いシャワーを浴び終えるとほかほかとした湯気を纏い浴室を出た。猫っ毛の短く明るいブロンドの髪は濡れていつもより濃い色に見える。  一夜の恋を売る、いわゆる娼夫を生業にしているミネットは体に残る気だるさをかき消すように毛先から滴る水をタオルで乱雑に乾かしつつ、先ほどまで肌を合わせていた客の待つ部屋へ向かった。  狭い部屋の中は客の吸うタバコの煙で曇っている。 「シャワー、浴びてきたら?」  客は火のついた半分以上短くなったタバコを灰皿に押しつけて消すと、裸のままタオルで髪を乾かしているミネットの褐色の腕を掴みベッドの中へ引きずり込んだ。 「どうだ、ミネット。考えてくれたか?」 「なんのことだっけ?」  ミネットはとぼけて答える。仕事の最中、客が延々言っていた愛人契約のことだろう。 「なあミネット、私の愛人にならんか? 不自由はさせんよ?」  客は引き寄せたミネットの尻をぶくぶくとした分厚い手で撫で回しながら返事を促す。ベッドからはめ殺しの窓に視線をやれば薄汚れたエンドムーン街と生きていく日銭を稼ぐため体を売る同業者たちが目に入った。 「俺はさ、誰のものにもならないんだ。……知ってるだろ?」  エンドムーン街で一番人気の娼夫であるミネットを自分の物にしたいと思う客は多かった。  無理矢理ミネットを拉致し監禁した客たちもこれまで数名ほどいたし、気に入った少年を剥製にしているという悪い噂のあるゴルドーからも一度監禁されたことがある。  それでもミネットはいつもまんまと逃げおおせるのだ。そして逃げたあとは何食わぬ顔でまた商売をする。  家を燃やされた客もいた。とはいえ誰もミネットを訴えることはできない。そもそも娼夫を拉致監禁しているうえに、このエンドムーン街でミネットたち娼夫を取りまとめているのは悪名高いマフィアのイドリーだ。  イドリーの商品に手を出せば家が半焼で済んだだけで幸運に思えるような仕打ちが待っているだろう。 「ああ、悪かったな」  その客はそう言ってミネットに支払いを済ませると、迷惑料と称してチップも弾んでくれた。 「分かってくれるアンタは大好きだよ」  そう言ってミネットはパチンとウインクをする。そのままするりと猫のように客の腕から抜け出し、床に散らかしていた自分の服を着て部屋を出ていった。  次の仕事は一時間後。チップ分を置きに一度家に戻ると奥からパタパタと小さな足音が聞こえ、扉から肌の白い黒い髪の少年が顔を出した。 「お兄ちゃん、お帰りなさい! 今日はもう終わりなの?」 「おうジュン。まだ起きてたのか? 悪いな、あともうひと仕事あるんだ」  ミネットはしゃがんでジュンと視線を合わせると優しく伝える。 「どうして?」 「そりゃあ、仕事だからな。それに金がないと食っていけねえだろ?」  生きているだけでお金はかかる。ミネットが体を売らなければ生活ができないのだ。それにミネットにとって稼ぐ方法は体を売る仕事しかない。 「僕も売ろうかな、体。そしたらお兄ちゃんだけが、たくさん働かなくていいよね?」 「お前にゃムリだよ。お前は家で本でも読んで勉強してろ」  ミネットがそう言うとジュンはしゅんとあからさまに寂しそうな顔をした。 「いいかジュン。俺はな、顔が良いから体を売ってんだよ」  それはミネットを拾った娼夫の言葉だ。多少の理不尽を感じたが、幼いミネットはその言葉を受け入れるしかなかった。でもジュンは違う。賢いのだ。その昔自分が絵本を与えられたときは『絵を眺める』ことしかできなかった。でもジュンは意味を理解して読んでいたし、試しに懇意にしている客に相談し勉強ドリルを買い与えてみたが、これも楽しそうにこなしている。 「お前は頭が良いんだから、俺と同じ仕事をする必要はねえよ。でもまだお前は子どもだから今は頑張って勉強しろ。いいな?」 「……わかった」 「いい子だ。じゃあ、行ってくる。早く寝ろよ?」 「うん……。いってらっしゃい、気をつけてね」  ジュンは少しだけしょんぼりとした様子を見せたが、すぐににこりと笑ってミネットにいってらっしゃいのキスをして見送った。  血の繋がりはないが可愛いジュンの笑顔があれば頑張れる。ミネットはジュンの黒髪をくしゃくしゃと撫でて同じくいってきますのキスをして家を出た。

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