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生きる

大神殿を出て1年が経った。あの日、騎士に連れられ、辿り着いたのはスライズ村だった。 スライズ村と言えば、聖女を毛嫌いし、祈りを請う父に罵声を飛ばしていたグレエがいる村だ。なぜそんな村にと不思議に思った。 きっと彼等から拒否されるに違いない。そう思っていたのに、彼らは俺たちを簡単に迎え入れた。 「聖女様〜。」 薬草を育てる俺に遠くから手を振って現れるグレエの姿。 「その名前で呼ぶのはやめてくれって何回も言ってんだろ。」 「いえ!俺たちにとったら聖女様は貴方だけなんで!」 昔会った時とは態度が違いすぎる。まぁ、昔と言っても前の時であり、今回の時では初めて会うのだが…。まるで犬のように周りを駆け回ってくる。 本当なら俺は彼に、彼らに罵倒されるはずだ。事実前の時では彼に罵倒された。しかし、今回は受け入れられ、認められた。 それはなぜなのか。 今回は確かに何度となく奇跡が起きている。天使が現れ、嫌われているはずの騎士からは愛の言葉を呟かれた。だからといって俺に聖女の力が備わり、災厄を防いだわけではない。無能なままの聖女で、大聖堂から逃げ出している。 未だになぜ彼らが俺を迎え入れたのか分からない。騎士に聞いてもはぐらかされるばかりだ。 「今は騎士もいないし…。聞いてみてもいいか。」 「ん?何かいいました?」 「なんで、俺を村に匿ったりしてるの?俺は聖女の力なんて持ってないのに。」 「えっ!騎士様は話してないんですか?そっか、まぁ、騎士様嫌がりそう…。あの人独占欲強そうだしなぁ。」 勝手に頷いて、納得するグレエ。 俺は早く話せと急かす。 「俺、見たんですよ。貴方を。」 「え?」 「夢の中で。」 グレエはニッコリ笑って思い出すように空を見上げた。 「貴方は言うんだ。人を助けられるのは人だけだ。俺には何も救えない。俺なんかに頼るよりよっぽど自分たちの知恵を振り絞った方が身のためだって。その時、災厄が迫ってきててみんな辛かった時期で、俺たちはみんな聖女様に頼ることでどうにか心を保ってた。でも、いつになっても災厄は収まらない。聖女様のせいだーってみんななってるところで、俺は可笑しいって思ったんです。だってそうでしょ?聖女様になんでそんな期待しているんだって。俺たちはなにもしてないじゃないかって。その時に夢を見たんです。貴方が俺に、自分を助けられるのは自分だけだってそう言う夢。そして加護をくれた。勇気をくれる加護をさ。貴方はちゃんと聖女だったよ。」 俺は初めて、この世界で初めて、自身を肯定された。 涙が溢れてくる。 何度も巡り、何度も意味のない聖女としての人生を全うしていた。だけど、意味がなかったわけじゃなかった。今ここでやっと、届いた願いがある。 「聖女様、ありがとうございます。貴方がいたから今この村はこんなにも豊かになったんだよ。」 温かな風が流れていく。 草木を通り、空へと飛んでいく。 沢山の薬草がこの地にはある。 病を治す薬が作られている。 彼らは彼ら自身で災厄を乗り越えていくのだ。 「俺は何もしてないよ。でも、ありがとう。俺が生きてきた意味に色をつけてくれて。」 ポロリと落ちる涙を腕で拭う。間違いじゃなかった人生に漸く笑えた気がした。 「グレエ!なぜ聖女様を泣かせている!」 遠くから騎士の声が響く。魔物を担いで走ってくるから尚更恐ろしい。 「げぇ!騎士様だ。」 グレエはそのまま走って逃げていく。騎士様がそのまま追い掛けようとするのを、腕を引っ張り止めた。 「聖女様…?」 「なんで黙ってたの?グレエの夢の話。」 グレエの夢の話で騎士はピンと来たようだ。眉を一瞬寄せた。 「すみません。貴方には知られたくなかったのです。」 「あっそう、ならなんで知られたくないの?俺聞きたかった。」 「それは…。貴方がまた聖女になると言うのが恐ろしくて。」 「そんなこと絶対ないよ。ばかやろう。今回のこと、一生許さないから。」 「そんな…。」 この世の終わりかのようにショックを受ける騎士を見て、流石に可哀想かと思い直す。はぁとため息をついて、騎士に抱きついた。 「俺さ、ずっと無意味だと思ってたんだ。何度も何度も生き返って変わらない世界をやり直して。でも、無意味じゃなかったんだよ。俺が生き返ってたこと。それがどれだけ嬉しいことか分からないだろ?」 「すみません。」 「お前の心配することもわかる。でも、大丈夫だよ。そもそも今でも無能なのは変わりないし、それに新しい聖女がもう来てるだろ?なら、本当に俺はこの世界に必要ない。」 「そんなことはありませんっ!」 「いい。いいから、最後まで聞けよ。俺はだからもう、こんなクソみたいな世界のことなんて考えない。俺は身近にある大切なものだけを護って生きるんだ。その身近にある大切なものはお前だよ。」 騎士は抱きしめたままの俺の腕を解く。 拒否された? 一瞬そう思ったけど、騎士は即座にその場に足をつけ俺の右手にキスをした。 「私は愚かです。護るべき貴方から護ると言わせてしまった。だから、私も再度誓いましょう。貴方をこの命尽きるまで、いえ、尽きた後も貴方をお護りします。愛しております。」 「俺もだよ。俺も愛してる。だから、2人で今度は生きていこう。」

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