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光の向こう

「また、遅かったね。ねぇ、騎士様。」 クスクスと妖精が笑う。 「ほぉ、なるほどな。お前か趣味の悪い真似をしていたのは。」 「ん?悪魔か。ありゃあ、悪魔が殺しちゃったんだ。それじゃあ生き返らないや。まだ遊べたのになぁ〜。」 「妖精様がまた面白そうな遊びしてやがる。」 妖精はパタパタと羽を自由に動かす。 「悪魔なんかよりよっぽど僕らは楽しいことが好きだからね。」 「ふんっ、愚かな人間はお前の掌の上で踊らされていることも知らずに、何度も死んでは生き返ってんのか。」 「そーそっ!人間って本当お馬鹿だよねぇ。でも、そういう人間だぁいすき。だって、僕に最上級の娯楽をくれるんだもの。」 ケラケラと笑う妖精。 あまりに純粋で、酷く残酷な言葉を吐く。 悪魔もニタリと笑った。 「そうか、なら、悪い妖精を排除するのは俺たちの役割だな。」 「えっ、」 白い羽が天から舞い落ちる。 妖精の首に無数の刃が向けられた。 その刃を持っているのは白く美しい天使達だ。 「な、なんで天使が…。」 「なぜ?そんなこと決まっているだろ。お前は掟を破ったからだ。人間に干渉するとそれなりの罰が降る。」 「違う、そうじゃない!なんで悪魔が天使達と手なんか組んでのって話だよ!あり得ない。悪魔と天使は仲が悪いはずでしょ。」 「なぜ?それは俺が悪魔のふりをした天使だと言えば分かるか?」 「そんな…嘘だ!だってそんな天使の匂いがしない…。」 はぁと溜息をついた悪魔は自身の漆黒の翼を白く塗り替えた。確かに他の天使達と同じ存在であるとその白銀の翼が伝えている。 妖精は冷汗が止まらない。 天使に捕まってしまえば自由に生きることが出来ない。 娯楽を愛する妖精にとってはそれが何よりの苦となる。 どうにかこの状況を打破しようと模索する。 「で、でも、いいの!?天使様とあろうものが人間を殺してさ!」 「死んでないさ。いや、正確にはお前を欺く為に一度は死んだがな。」 妖精が聖女を見る。すると、そこには意識を取り戻し不思議そうにする聖女の姿があった。 「なんで!」 「お前は天界で然るべき罰を与える。覚えておけ。」 妖精は囲まれていた天使たちに捕らえられ、天界へと連れて行かれた。 目が覚めた聖女は、訳の分からない状況に戸惑った。いつもと同じ死の感覚に一度死んだと思った。目が覚めて、自身が生き返ったことを知ると、やはりまた同じ運命を辿るのかと落胆もした。 しかし、あたりを見渡すとどうにも違う。 聖女が呼び出した悪魔がそこにはおり、騎士はその場に足をつき、項垂れている。 そして1番の違和感。 小さな生き物を取り囲む白銀の羽を持つ天使達。 時間が戻っていないと気付いたのはすぐだった。 「聖女様…?」 目があった騎士。 騎士は目を見開き、口をパクパクとさせている。大量の涙が伝い、俺を抱きしめた。 「生きて、生きて、良かった。良かった。すみません、すみません。聖女様。お護りできず、いつもいつも無能な私をお許しください。」 それは、まるで長い時間を渡った俺を知っているかのような、そんな口調だった。 「俺のこと分かるの?」 「…はい。」 「どうして…、どうして?どうしてそんな顔してるんだよ。そんな、そんな、まるで生きててよかったみたいな顔して。俺のこと、嫌いだったんだろ?だって、だって、俺のこと、呪ってたくせに。呪ってたくせに!」 「…っ、私は、私は、ただ貴方にまた会いたかったのです。」 会いたかった? 「うそだ!だって、だって、お前はいつもいなかったじゃないか。いつだってお前は俺のそばにいてくれなかった。」 「はい。」 「自分勝手だ!」 「ええ。そうです。私は私利私欲なまま貴方を苦しめました。それでも、私は貴方に生きていて、欲しかったのです。貴方にまた側で笑っていて欲しかったのです。」 ああ、なんて愚かだろう。騎士はいつだって俺に冷たかった。時に残酷なまで冷徹な瞳を向ける時だってあった。 でも、今の騎士はそんな面影すら存在しない。優しくて、優しくて、温かいあの一度目のあの時のような俺が愛した人だ。 ああ、本当になんて愚かだろう。 この顔に何度傷付けられてきた。 同じ人間だというのに、どうしてこうも心が揺さぶられる。 でも、だって、仕方がない。 あの日、絶望の中にいたあの日。 1番目のあの日。 騎士は俺から離れていった。 苦しくて苦しくて何もなくて、心臓をナイフで貫いたあの日。 騎士は俺を愛していたのだという。 もう、いらないのだと、嫌いなのだとそう…思っていたのに、騎士は俺を愛していたというのだ。 殺してとまで望んだのに、今はもう生きたいと望んでいる。だって、仕方がない。俺の愛した人があのときのままそこにいるんだから。俺の愛した人は俺を生きていて欲しいと願うのだらか。 「すごく辛かった。」 「ええ。」 「すごく悲しかった。」 「ええ。」 「お前は俺を忘れた。」 「はい。」 「死にたかった。生きたくなかった。あの時、はじまりのあの日、新たな聖女が現れて、一緒にいられなくなったのがすごく辛かった。」 「はい…。」 「俺は、ずっと一緒にいたかったのに…。」 「貴方を護りたいが為に愚かな行いをしました。でももう、離れたりしません。もう離さない。私と一緒に生きて下さい。」 「うん…。」 その温もりは久方ぶりのものだ。 温かくてずっと側にいてほしい。 そんな温もりに涙が溢れて仕方がなかった。 悪魔が俺の元に近寄ってきた。 騎士が俺を護ろうと強く抱きしめる。 それを手で制する。 「悪魔…なのか?なんだ、その格好。まるで、天使だ。」 「そりゃあ、紛れもなく天使だからな。」 「天使…?俺は確かに悪魔を召喚したけどな。それに、俺の魂喰えるって喜んでたろ。」 「そりゃあ天使も人間の魂は喰うだろ。」 今しれっと恐ろしいこといいやがった。 天使って人間喰うのかよ。 「でも、なんで悪魔になんか化けてたんだ。」 「化けてたんじゃねぇ。おりゃ、元々悪魔だ。」 「は?」 「天使と悪魔のハーフってやつだよ。だから、天使でも悪魔でもある。いつもは普通の悪い悪魔をやってる。ただ、それだとあいつらに捕まるだろ。だから、たまに手を貸して恩を売ってんだ。」 あいつらとはあの小さい何かに槍を向けていた連中だろう。彼らは白くて美しい翼を持っていた。その中の1人がこちらに気付き近寄ってくる。 「人間は喰わないという制約だったんですがね。…あなたが今回の被害者ですね。魂がこんなにも傷付いている。妖精に弄ばれたのですね。」 天使は俺の胸に触ると、温かな光を放出した。 「なに…。」 「天使からの贈り物です。」 何が贈られたのだろう。 胸に手を当てても分からない。 「では、私達はこれで失礼しますね。」 「待って!俺の命はもういいの?」 「いらねーよ。人間の魂喰おうとしたのバレちまったし、それにお前もう死にたくねーんだろ?」 横を見る。 騎士が心配そうにこちらを覗き込んでいる。 「うん。」 「なら、いらねー。俺は善良な悪魔なんでな。それに、あのくそ妖精を捕まえられたのはお前らのおかげだ。だから、見逃してやるよ。」 ふっと笑って、悪魔は白くなった翼を広げて飛び去っていった。 「聖女様、私達も行きましょう。」 「どこに?」 「もう、貴女が苦しまなくて済む場所へ。」 「それはこの世界のどこかにあるの?」 「ありますよ。貴方が必死なって撒いた種のおかげです。」 「…?」 悪魔は、同僚の天使に話しかける。 「贈り物なんてキザな言い方しやがって。ただ寿命を伸ばしただけだろ。」 「彼が死に続けたのはそもそもの寿命のせいでもありましたからね。1度目の人生で彼が死んだのは妖精のせいではありません。自死ではありましたが、それも天命。ただの寿命でしたから。だから彼の命は短い。でも、そしたら可哀想ではありませんか。あんなドラマのような展開だったのに、すぐに亡くなってしまうなんて。だから、伸ばしてあげたんです。」 「ケッ、叱られても知らねーからな。」 「叱られませんよ。神様はそこまで心狭くありませんから。それより、貴方の方が奇妙なことをしましたね。貴方が我々に手を貸すことなんて殆どないじゃないですか。」 「神なんかの思い通りにさせたくないんだよ。」 「そうですか。貴方らしい素直じゃない言葉ですね。」 クスクス笑う天使は天界から下界を見下ろす。 短い運命であった筈の人間が、今精一杯生きようとしている。それを見つめながら、目を瞑った。

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