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第3話

 お風呂から上がると、桜井(さくらい)のベッドにもぐり込んで、キスの続きをした。  切なげに声をあげ、自分の腕に爪を立ててしがみつく桜井は、怖がっている子猫みたいだ。怖くないよと(なだ)めるように、涙がこぼれ落ちんばかりになっている(まなじり)に優しく口付ける。  これまで彼とセックスしようとした時とは、まるで違った。  昨日も含めて、かれは、自分を導こうとしてか、落ち着き払っていた。しかし今は、我を忘れているかのように自分の腕の中で乱れる。松原(まつばら)の胸はじんわりと温かくなる。少しかすれ気味のハスキーな甘い喘ぎ声が色っぽい。時折、泣きそうな表情を浮かべて、自分の反応を窺う彼が可愛いと思った。  過去何度か途中までは試みたから、どうすれば、彼の身体が開くかは知っている。優しく、背後のすぼまりに手を伸ばし、指先で丹念に(つぼみ)(ほぐ)す。 「……(たすく)さん。俺、まだ勃ってる。けど、今日こんな風になると思ってなかったから、ゴム持ってないよ」  要領の悪い自分に、軽い自己嫌悪を覚えながら打ち明けると、うつ伏せていた桜井が振り返る。松原の中心が天を仰いでいるのを確認し、事もなげに言った。 「僕、持ってる。付けてあげるから、その体勢のままでいて」  雄々しく屹立し続けている分身を、困惑と少しの照れ臭さの入り混じった感情で眺めていると、テキパキとパッケージを破り、裏表を確認し、先端をキュッと押さえる。そのまま松原の中心に被せて、陰毛を巻き込まないように巻き下ろしていく。 「慣れないと難しいんだよね。毛を巻き込むと痛いしさ。場所が場所じゃん?」  痛い、と言った時、大げさに顔をしかめて見せた桜井に、松原は、思わず軽く声を立てて笑った。 「笑い事じゃないんだからね? ま、今回は、亮平(りょうへい)がそうならないように、僕がやってあげたから大丈夫だと思うけど」 「ありがと、佑さん」  やんわりと、桜井を仰向けにベッドに押し倒した。 「ね、この体勢でするのはダメかな?」  両手を恋人繋ぎにしてシーツに縫い留め、唇を(ついば)むように何度も重ねながら、合間に松原は囁いた。分かりやすいし挿入しやすいから、とバックスタイルで試みていたが、やはり、初めてだからこそ恋人の顔が見たい。そんな気持ちが伝わったのか、桜井も照れくさそうに頷いた。 「感じてる時、不細工な顔しても笑わないでね」 「俺なんかが、佑さんを感じさせれたら、嬉しすぎて、笑うどころか泣いちゃうかも」  脚を抱え上げ、初めて入った桜井の後孔の中は、温かかった。そして、狭かった。 「入った」 「……嬉しい。今、遼平と一番近くにいるんだね」  神妙な表情を浮かべる松原に、目を潤ませ、桜井はキュッと抱き付く。 「動いてみて。できれば、最初は小刻みに浅く」  松原は怖々と動いた。しかし、緊張で余計な力が入り、すぐ疲れてしまう。 「亮平。僕を傷つけないようにって、すごく気を遣ってくれてるんだよね? ありがと。嬉しいよ。でも、ちゃんとその気持ち伝わってるから。僕、ホントに大丈夫だから、もっと好きに動いて良いよ。僕で気持ち良くなって欲しい。痛かったら、すぐに言うから」 「ホントだよ? 佑さん、すぐ我慢するから。絶対言ってね? 俺も気をつけて佑さんの反応見てるけど。言って欲しい、そう言うのも。俺だって、佑さんに、俺で気持ち良くなって欲しい」  ある角度で、桜井の嬌声がひときわ高くなるのを感じたので、そこで何度も抽送する。 「あ……っ。奥、来て。気持ち良い」  譫言(うわごと)のように耳元に囁く桜井の声は、快感に集中してか、か細い。奥を突くと、あっという間に達してしまいそうだ。しかし、恋人に切なげに頼まれて応えない情のない男ではない。松原は唇を噛み締め、腰の奥に湧き上がる射精感を堪えながら、力強く腰を打ち付けた。 「あ。りょうへ……。い、く……っ」  二人は同時に達した。桜井は、触れてもない前からも白濁を吐き出した。  賢者タイムの倦怠感は、聞きしに勝るものだったが、念願かなって恋人とようやく結ばれた喜びのほうが大きかった。余韻を楽しみつつ、抱きかかえるように桜井を浴室にエスコートし、簡単にシャワーで互いの体液などを洗い流すと、再びベッドに戻って、ピロ―トークを楽しむ……余裕は、松原には無かった。速攻で彼は寝落ちした。  帰宅した桜井の兄が、弟の部屋を覗き込んで見たものは、裸で肌を寄せ合いベッドで眠る弟とその恋人の姿だった。弟の性的指向は以前から理解しているものの、いざ現場を見ると、さすがに驚いた。しかし、二人があまりに無邪気な表情を浮かべていることに、ニコリと笑顔を浮かべ、そっとドアを閉めた。 「メリークリスマス、佑」  兄が気を利かせて、ブラスバンドの仲間たちと一緒に泊っていると松原の両親に電話してくれたお蔭で、年頃の息子を持つ両親の不安を煽ることなく、恋人たちは今度こそ、結ばれ合った幸せな朝を迎えたのだった。

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