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第4話

 4  御門の逮捕から数週間後。新堂はクリーニング仕立てのスーツを着てタワーのとある部屋にいた。正面には悠々と椅子に腰を下ろす久遠寺の姿。彼は指を組み新堂を見据える。 「なんだい。用事があるそうだけれど」 「貴重な時間を俺のために割いていただき、ありがとうございます。実は支部長にお願いがあって参りました」 「ほう。お願い、とは」  背後にいるライオンが舐めるように新堂を見つめる。新堂は屈することなく、静かに唇を動かした。 「怜央を俺にください」  相変わらずの逆光の中、久遠寺の表情が動くのを新堂ははっきりと確認した。この表情は「驚き」だ。 「……どこで気が付いたんだ」 「怜央の話を聞いて、もしかしたらと思ってはいました。その時は確証ではなかったのですが、御門の自宅に実験終了の際に削除されたはずの怜央の資料が残っていて、その家族情報の中にあなたのお名前がありました。怜央の父親として」  「久遠寺雄大」と並んでいたその文字が現すのは紛れもなく我らがタワーの日本支部長だった。驚きもしたが、怜央の来歴を考えれば納得も行く。それと同時にタワーの日本支部のトップが、何より彼の親が怜央の実験を黙認していたことが酷く腹立たしかった。  新堂の感情を受けてか背後でクロが唸る。それに対抗するように久遠寺の後に佇むライオンも唸った。 「野生化したそうだね。君もあの子を止めるには手こずったそうじゃないか」 「えぇ。タワーの馬鹿げた人体実験の後遺症のせいで野生化した怜央の能力は他のセンチネルよりも強く、俺の声さえまともに届かない状態でした。それでも、怜央は能力を押さえ込むことに成功した。今は体調も安定していますし、トラウマによって抑圧していた本来持つべきであった能力とも、成長してたてがみが立派になったスピリットアニマルとも上手く付き合っていっています」  新堂は力強く声を上げる。 「怜央には俺しかいません。それに、俺は怜央とキスもしましたし」 「あの子はまだ、そんな約束を覚えていたのか……そうだな。怜央と君以上に相性の良いガイドはいない。それはその通りだ。だが君は、怜央との交際許可を得るためだけにここに来たわけではないのだろう……聞いたよ。鏑木に退職願を出したそうだな。自分と怜央の二人分」 「はい」 「怜央をタワーから出そうというのか」 「そうです」  久遠寺は深く息を吐く。相当怜央のことを気にし、決断しきれないようだ。眉間にはまだ皺が寄っている。 「彼は危険だ」 「それは全てのセンチネルに言えるのでは? ライオンをスピリットアニマルに持つセンチネルなんて少なくないでしょう。あなたもそうですし」  二人は黙って見つめあう。ものの数秒で痺れを切らした新堂は静かに口を開いた。 「怜央にもっと外の世界を見せたい。それに、これ以上彼を過去のトラウマに縛り付けておきたくないんです」  黒々とした眼はまっすぐと、あまりにも鋭く久遠寺を見つめた。新堂の思いが伝わったのか、それとももう早々に折れてしまっていたのか、久遠寺は静かに項垂れた。 「……運命の番様に言われたら、認めざるを得ないな」  認めた、と口ではいっているが背後のライオンは依然毛を逆立てている。威嚇、というよりは何か内なるものと戦っているようだ。 「こんなことを言っても信じてもらえないだろうけどね、私は怜央を愛しているんだよ。愛する妻の忘れ形見だからね」 「……そうですか。それは本人にいった方が良いのでは?」 「彼は私のことを許してはくれないよ。それで構わないと思っている。私は彼の父親と呼ぶにはあまりにも非道だったからね」  懐かしむように――否、まるで懺悔でもしているかのように久遠寺は俯き続けた。机に置かれた手は、硬く組まれている。 「彼は知らないというか、勘違いをしていると思うが「怜央」という彼の名前はシリアルナンバーなんかじゃなくて私と妻がつけたものなんだ。ライオンの「レオン」からとってね。勇敢で逞しく、強い子になるようにと。それを御門が面白がって怜央を被検体〇〇番と名付けたんだ」 「それなら、結果としては願い通りに成長しましたよ。過程は最悪ですけど」 「そう、だね――多分私は、いつかこんな日が来ることを望んでいたんだろうね」  久遠寺はやっと顔を上げる。琥珀色の瞳は、力強く寂しげなその目は怜央によく似ていた。 「怜央を、頼む」 「――はい」  短い返事だけをして新堂は部屋を出た。  タワーを出ると、新堂の愛車に寄り添う怜央の姿が目に入る。一応、親への挨拶だからと同行を求めたのだがやはり複雑な心情があるらしく、怜央は新堂についていこうとはしなかったのだ。バイクの見張り番など必要もない仕事を終えた怜央は小首をかしげる。 「どうでしたか、父は」 「本人はそうでもないけどよ……後のライオンがおっかねぇったらなかったわ」 「そうですか」  景さんは頼もしいですね。そう笑う怜央の顔は何処か寂しげに見えた。 「会わなくてよかったのか」 「会おうと思えばいつでも会えます。今生の別れというわけでもありませんから。それに、僕はバイタルチェックのためにどうあがいても月に一度はタワーの中に入っている専門機関で検査を行わなければなりません。早くて二週間後にはまた会うことになるでしょう」 「完全に、脱・タワーとはいかないか」 「センチネルの宿命です。彼等は本来センチネルの敵ではなく、味方ですから」  「それに」と怜央は口に出す。 「あそこでの思い出は確かに悪いものが多いですが、良い思い出がなかったわけではありませんし、タワーで育たなければ、僕は景さんにこんな形で出会えていなかったかも知れませんから」  運命です。そう言って怜央は笑った。  運命なんて言葉、最初は不審に思っていたはずなのに、今となってはすっかり愛おしい二文字になっている。変わったのは怜央だけではないのだ。新堂は何だかそれすらも嬉しくて笑ってしまった。 「ところで、退職までは残り一ヶ月。その後一体どうしますか? 残念ながら、僕は学歴らしい学歴もないですし社会で働いていけるか不安なのですが」 「そうだな……一応、ちょっと考えているんだが――」  新堂は空を見上げる。頭上には眩しいほどの青色が広がっていた。  季節は足早に過ぎていく。そろそろ冬の木枯らしが吹き始めた頃。鶴橋と大谷はとある事件にぶつかっていた。 「中々、足取りが掴めませんね」 「これは、エキスパートに協力を仰ぐしかないかな」 「エキスパート? SGSの奴らは戦闘本番特化だから、捜査の段階じゃ来てくれないじゃないですか」 「大丈夫。捜査のエキスパートだから」  そう言って鶴橋はスマートフォンを取り出すと何処かへ電話をする。出前を頼む感覚で電話をかけると電話はビデオ通話に繋がった。そこに写る二人の男性。大谷は二人の顔を見て目を丸くした。 「まさか」 「SG探偵事務所の新堂です。こっちは怜央」 「探偵だぁ!?」 「ご依頼の内容は?」 「おい、待てって。お前達、SGSを辞めたんじゃなかったのか?」 「辞めて私立探偵を始めた。SGSは中々捜査の方には手が回らないからな。あっちからもごひいきにして貰ってるよ」 「元々、センチネルの能力は五感に特化しています。実は事件捜査にもってこいの人材なのですよ、センチネルは」  確かに。そういった意味では探偵は適職であるといえるだろう。納得し唸っている大谷に新堂は「おい」と声をかけ顔を歪ませた。相変わらずいつも不機嫌な男だと大谷は感じたが、これは大谷が怜央へ近づくことへの牽制であることを、大谷は知らない。 「で、だ。事件というのは」 「数日前、この辺りで殺人事件が起こってね。その被害者がセンチネルなんだ」 「センチネルの被害者、ね」 「犯人は相手と互角にやり合えるセンチネルの線が濃いが、署内では油断したすきを狙ったガイドが犯人という意見も出ている」 「なるほど。その事件の調査協力をして欲しいと。わかりました。お代はあとで請求しますね」 「金は取るのかよ」 「タダなわけねぇだろ。こっちはSGSにいたときの給料の半分以下になってるんだよ」 「そうか……って、それ普通に企業勤めの会社員の月収と変わらなくないか?」 「それだけ依頼を受けてこなしているということです。信頼してください」  怜央は笑顔で胸を張る。果たしてこんなに笑う少年――そもそも少年という歳ではないのだが――だっただろうか。怜央の自信満々な笑顔は、何処か新堂のそれによく似ているように大谷には感じられる。だが、先日あった際のやけに無表情で無愛想な怜央よりも遥かに愛らしくも感じた。  大谷の表情から何か読み取ったらしく新堂は睨みをきかせる。全く、能力を抜きにして人の些細な表情変化に気が付くガイドはセンチネルよりも厄介かも知れないな。溜息を吐く大谷を面白げに見つめ、鶴橋は画面の方へと向き直った。 「では、詳しいお話をしたいのでお手数ですが署の方に来ていただけますか」 「わかりました」  小さく古びた事務所の中。電話を切った新堂は、椅子から立ち上がるとライダースジャケットを羽織り、怜央の方へ向く。そして白い歯を見せて笑った。 「いくぞ、怜央」 「はい、景さん」  怜央も笑って頷く。これからも、相棒として、パートナーとして共に歩んでいくのだと、改めてそんなことを思いながら、二人は勢いよく事務所の外へと飛び出した。

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