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第3話

 3  新堂と怜央の出会いから一年。二人はすっかり息の合ったバディになっていた。数々の依頼をこなし仕事も良好な二人は、プライベートも少しずつ進展しているようで、最近は新堂の自宅に怜央が泊まる日も増え、職員一同二人の事を親のように見守っていた。怜央の表情も日に日に柔らかくなり、笑顔を見せることも多くなった。  しかし、どれだけ身体を重ね合わせても二人が番になることは――怜央が新堂を受け入れることはなかった。先ほど述べたように仲が悪いわけでもセックスを拒絶されるわけでもない。ただ、いつまで経っても怜央の中で新堂とのセックスはエネルギー補給という認識から変わらないのだ。即ち関係も、バディから一切進んではいない。 「それを私に相談されても困るのですが……言葉で気持ちを伝えてみては?」 「伝えているんですけど、本気にされないというか……あいつの中で俺からの好きが「LIKE」以上にならないというか」  新堂は過去に先輩一同から恋愛相談を揶揄われた経験を活かし、SGS専属医師の五十嵐にこのことを相談してみることにした。これが正解だったようで五十嵐はしばらく頭を悩ませ答える。 「怜央くんがあなたのことを嫌っているはずはありません。彼は鈍感さが多少あるとは思いますが、初対面の時から彼はあなたに好意を寄せています。それは日に日に強くなっている」 「なら、なんで」 「純粋にあなたと番になるのを躊躇っているのでしょうね。曰く、私が知っているカップルは性行為中にガイディングをしているわけでもないのに互いの気持ちや感覚がシールドを超えて伝わってくるような、一つになるような感覚を味わっているそうです。つまり、無条件で心を晒し合えるような圧倒的な信頼関係と愛情が、番になる上での必須条件です。怜央くんにはトラウマと呼ぶべき過去がありますし、あなたのことを愛しているけれど完全に信頼しきれていないのかも知れません。そのことが原因できっとまだ彼は壁の内側へとあなたを招き入れる勇気がないのでしょう。それが解決すれば、恐らくは」  応援していますよ。あなたたちの愛を。そう笑う五十嵐に新堂は天啓を受けたような気持ちになりつつ、しかし新たな問題にぶち当たってしまったことに頭を悩ませた。  怜央が気にしていることといえば、やはり過去の実験のこと。そして、「兵器としての自分の一面」だ。自分はこのことすら包み込んで抱き込んであげているつもりであったが、まだ足りないらしい。  どうすれば、怜央の心の壁を壊し、心から信頼して貰うことができるか。それを考えていたそんなある日――ちょうど、センチネルの屋上立て籠もり事件から一週間が経った頃。SGSにとある客がやってきた。  事務員に呼ばれ、新堂と怜央が来客スペースに向かうとそこには見知った二人組。 「あなた方は……確か、鶴橋さんと……なんだったかな」 「大谷です」 「あぁ、そうだ。どうかしましたか」 「えぇ、実は岡崎が妙なことを言っていまして」 「妙なこと?」  そういえば自分と対峙していた際に岡崎が何やら言っていたことを思い出す。新堂は怜央と共に鶴橋と大谷の正面に腰を下ろした。 「えぇ。元々彼は、とある傷害事件の容疑者だったのですがその傷害事件を起こした理由は「とある男に薬を打たれたからだ」と言っているんです」 「薬? 何やらきな臭いですね」 「麻薬や違法ドラッグかとも思ったのですが、被害者の話しを聞いてある考えが浮かびまして」  鶴橋は神妙な面持ちで口を開く。 「岡崎は「野生化」していたのではないか、と」  「野生化」の言葉に怜央が息を呑む音が聞こえた。辺りの空気が冷たくなっていくのを感じる。 「野生化は、私達には見えませんが……スピリットアニマルとやらと同一化して能力が向上して攻撃的になる……そういうものでしたよね」 「えぇ。自分のパートナーであるガイドが傷つけられた際に発生する防衛反応のようなものですが……」  だが、岡崎にパートナーはいなかったはずだ。通常であれば野生化する危険性はない。だが、鶴橋と大谷からの報告に新堂と怜央は強く拳を握りしめた。 「被害者は岡崎に暴力を振るわれました。しかしそれは殴る蹴るではないのです。傷のほとんどが、噛み傷です。犬歯が鋭い、まるで犬に噛まれたような傷を皆負っています。果たして「人間」がそのような攻撃方法をとるでしょうか」 「……岡崎のスピリットアニマルは犬。つまり岡崎はその時、野生化していて――その岡崎は薬を盛られたと言っている。我々警察はその「薬」によって岡崎が野生化し暴走したのではないか。つまり岡崎に薬を盛った人物が真の黒幕なのではないか。そう思っています」 「しかし、新堂さんが言うように野生化はガイドを護るために起こるもののはずです。それとも、我々が知らないだけでタワーでは摂取することによって野生化を引き起こせるような薬が開発されているのでしょうか」  刑事二人の視線は新堂ではなくその隣に注がれていた。新堂が僅かに視線を怜央の方に向ければ、そこには顔を蒼くして汗を滲ませる怜央の顔があった。 「薬……野生化……まさか……」  怜央は声を震わせる。咄嗟に新堂は口を開いた。 「そういった話しは聞いていません。しかし、心当たりはあります。岡崎に薬を打った奴が誰かはわかりますか」 「身元は我々も捜査中ですが、岡崎から特徴を聞いて似顔絵を作成しました」  大谷が持ってきていた鞄の中からA4の紙を取り出す。紙を表へ向けると鉛筆書きされた長髪の男性が現われた。一つ一つの顔のパーツは整っているが頬は痩せこけ、目の下には隈が描かれている。陰気くさそうな印象を抱くその男の顔を見た途端、怜央が顔を歪ませた。 「怜央?」 「すみません。大丈夫です」 「そんなに顔面蒼白にして大丈夫なわけがあるか」  もうさすがに隠せまい。刑事二人の視線は鋭く怜央に向かっていた。 「この男のこと、ご存じなんですね」 「……はい。御門信治という男です。以前、タワーの研究部門で働いていました」 「研究部門、ですか」 「センチネルやガイドについて研究――主として能力抑制剤、シールド補強補助剤などセンチネルの心身を護るための薬剤開発、センチネルとガイドのマッチングに必要となるデータの遺伝子解析などを行う部門なのですが、その男がしていた研究は違いました」 「まさか――」 「野生化の研究です。野生化を意識的、もしくは投薬によって引き起こさせ、ガイド防衛という機能を使わずとも野生化の能力を使用できるセンチネルの生物兵器を作る研究を、彼はしていて――」  そこまで言って怜央は言葉を句切る。ここから先は彼のトラウマに触れる部分だ。新堂が鶴橋の目を見て首を振ると、鶴橋はそれ以上何も訊いてこなかった。代わりに大谷が別の質問をする。 「彼は今もタワーに?」 「いえ、プロジェクトが解散してしまってから彼はタワーを辞めました。今は、どこで、何をしているかも、わかりません」 「そうですか……」  大谷は残念そうに、しかしながら当然だといった様子で肩を落とす。怜央もそれ以降は黙り込んでしまった。依然指先が震えている。 「これはセンチネルが絡んでいる事案です。SGSも警察の皆さんに協力して、捜査致します」 「ありがとうございます。助かります」 「何か情報が集まればご連絡します」  では、と短い別れを告げ鶴橋と大谷は事務所を後にする。二人が扉を閉めてもなお、怜央はソファに座ったままだった。唯でさえ前髪で見えづらい目元は影が下り全く様子がうかがえない。 「怜央、」 「生きていたんだ」  新堂が声をかけた瞬間、何かが切れたように怜央は自分の身体を抱き、うずくまった。 「あ、あの人、まだ、生きて、」 「落ち着け、怜央。ほら、俺の手を握って」  怜央はハッとして縋るように新堂の手を握る。彼は大きく深呼吸をしてから新堂を見つめた。心配をかけぬようにと笑顔を作りはするが、いつも新堂に見せる明るい笑みではない。それだけで御門という男がどれだけ怜央に深い傷を負わせているのかがわかる。 「ありがとうございます。気が動転してしまって……」 「無理もねぇって。話しを聞く限り、お前にとってあの実験がトラウマなのも、実験をしてた御門って男にトラウマを持つのも――」 「御門だって?」  鏑木の一言に呼び寄せられるように、新堂達の周りに人が集まり始める。表情は皆険しい。やはり、怜央の敵には敏感なようだ。 「御門ってあの御門か?」 「……何があった」 「そういえば、先ほど警察の方がお越しになっていましたね。それと何か関係が?」 「待ってくださいって。ちゃんと順を追って説明しますから!」  宣言通り新堂は一から順を追って皆に説明をする。一から十を話していくうちに職員の顔には見る見るうちに暗雲が立ちこめてきた。 「タワー辞めて大人しくしてるのかと思ったら、そんなことを……」 「こんなこと訊いてごめんね、怜央くん。実際の所どうなの? その、野生化をガイド無しに無理矢理引き起こさせる薬って、存在するの?」 「それは……」  怜央は皆の顔を一瞥し左腕をさすった。 「存在します。僕も、投与されたことありますから」  各所から驚く声が上がった。恐らく怜央が能力を失うきっかけになった実験の過程で投与されたのがその薬だろう。新堂達には目星がついていた。 「僕に投与されたものは持続性が十数秒程度のものでした。ただ、副作用が大きく使用後は周囲に攻撃的になり、それが治まったかと思えば数週間程度持続的に症状の軽いゾーン状態が続きました」 「大丈夫だったのかよ、それ」 「はい。実はその時タワーを脱走して、外にいたのですが……」  怜央にしてはかなり大胆な行動だ。だがそんな行動をとらざるを得ないほど、危機的な状況に追い込まれていたと解釈すれば頷ける。  怜央は恥ずかしそうに顔を赤らめ微笑む。そこには一縷の愛おしささえ感じた。 「その時、親切なガイドの方に助けていただいて、相性もよかったらしくゾーンは治まりました。その後、救急車も呼んでいただいて事なきを得ました」 「……ふぅん? 親切なガイド、ねぇ?」 「おやおや、新堂くんが妬いてしまったねぇ」 「焼く……何をですか?」 「餅かな」 「何故今餅が出てくるんですか。真面目な話しをしているんです」  怜央は眉を寄せ、頬を僅かに膨らませた。怜央は腹を立てているにもかかわらず、周りの雰囲気は僅かながらではあるが和みつつある。 「兎にも角にも、だ。これは由々しき事態だぞ」 「鏑木さん、俺達も当然捜査しますよね」 「そうだな。あくまで各自担っている案件と並行しながらにはなると思うが」 「そうだ、怜央くん。なにか御門に関する情報持ってない?」 「部屋を探せば恐らく、写真くらいは……探しに行ってきますね」 「俺も行く」  今の怜央を一人にしておくのは不安だ。返事が返ってこずとも新堂は怜央の後について彼の部屋へ向かった。  センターの三階にある怜央の部屋は相変わらずの簡素さであった。必要最低限しか家具が置かれていないというのもあるが、最近は新堂の家に泊まることも多く、あちらにいくつかの荷物が移動しているのだ。  だが、こればかりは新堂の家にも持っていってはいなかったようだ。本棚からアルバムを取り出すと怜央はそれを捲った。中から現われたのは似顔絵よりも健康そうな御門と白い服を着て正面を見据える幼き日の怜央が写った写真だった。 「小さい怜央可愛いな。いくつの時の写真?」 「かわ……」と呟いて怜央は咳払いを一つ。頬には隠しきれない朱色がさしていた。 「確か十歳の時です。あまり良い思い出がないので本当は捨てようと思ったのですが、存外写真の処分って気後れしてしまって。とっていたのですが役になってよかったです」  確かに、怜央の目は虚ろでどこか遠くを見つめている。垂れ下がった手からは生気が感じられなかった。  ふと新堂は鏑木の言葉を思い出す。 「俺はな、お前なら怜央を連れ出してくれると思ってるんだ」  タワーは怜央にとって辛い過去の象徴なのだろう。ということはつまり、タワーの中にいてはずっと怜央は過去に囚われたままなのではないか。新堂は漠然とそう感じた。 「なあ、怜央」 「はい」 「もし俺が、「お前をタワーの外に連れて行ってやるからついてこい」っていったら、お前どうする」 「何ですか突然……それにタワーの外って一体、どこです」 「外は外だ」 「それって、SGSを辞めるということですか?」 「そうとも言う」  一切曲がる気配がない新堂の決意に、怜央は苦笑し新堂の眼を見据えた。 「あの、実は前々から思っていて、口にしたら失礼に当たると思い言えなかったのですが」 「何だ。言ってみろ」 「あなたって、少し――いえ、かなり強引な方ですよね」 「いいじゃねぇか。謙虚なお前と強引な俺でちょうど良いだろ」 「確かに、そうかも知れません」  満面の笑みを浮かべる新堂に、怜央はつられて笑う。こんな風に笑顔を浮かべることが出来たのも、強引な彼のおかげだ。  怜央は目を閉じ昔のことを思い返す。生まれてから、今に至るまで怜央はずっとタワーの管理下にいた。教育も外の学校ではなく全てタワーで受け、初めて外に出たのは例の脱走事件の時だった。  新堂はそんな自分を、強引にも、勇敢にも連れ出そうと言っているのだ。怜央はゆっくりと瞼を開く。 「……タワーの管理下から出るだなんて、考えたことがありませんでした。ですから、その、急なことであまり考えが纏まりませんが……あなたが連れて行ってくれるのであれば、僕はそれについていきたいと思います」  怜央の答えに新堂は嬉しそうに頷き怜央の手を強く握りしめる。怜央は新堂の手が思ったより熱いことに驚く。笑顔もいつも以上に輝いて見えた。 「よし、当面の目標が出来た。いつになるかはわからねぇけど、俺がお前をこのタワーから――過去の呪縛から解放してやる。有り難く思えよ」 「――っ」 「じゃあ、お前を連れ出すためにも、早くこの男見つけ出して洗いざらい悪事を吐かせてやらねぇとな」  新堂はまばゆい笑顔のまま怜央を置いて部屋から出て行く。怜央はそんな新堂の後ろ姿を見て立ち尽くす。 「……ごめんなさい、景さん」  怜央の小さなその声が、新堂の耳に届くことはなかった。  その後SGSは警察に協力する形で、御門について調べることになった。だが、捜査は一向に進展しない。  そんなある日、新堂と怜央はある任務を終え、SGSへ帰ってきた。いったん報告のため怜央と別れ休憩室にいるはずの怜央を迎えに行く新堂であったが休憩室に怜央はいない。 「あれ、あいつどこ行ったんだ?」  怜央の部屋に向かうがそこにも怜央はおらず、新堂は事務所内を彷徨った。屋上、トレーニングルーム、倉庫まで探したが怜央の姿はどこにもない。 「佐藤、怜央見てねぇか? あいつ、休憩室にも部屋にもいなくて」 「怜央くんですか? 現場に忘れ物をしたと言って先ほど出て行きましたけど」 「忘れ物? 何を忘れたんだ?」 「そんなに苛立たなくても、直ぐ帰ってきますよ」  納得いかない様子で新堂はコーヒーを一杯淹れてからデスクに戻り仕事をし始める。だが、待てど暮らせど怜央は帰ってこない。新堂は遂に二杯目のコーヒーを飲み終わってしまったが、それでも怜央は戻ってこなかった。一体いつまで忘れ物を探しているのだろうか。不審に思っていると、事務所の電話が鳴る。 「はい。SGS、佐藤がお受け致します……新堂ですね。少々お待ちください」 「俺の指名か?」 「警視庁の鶴橋さんからです」  今、鶴橋から連絡が来たということは御門の件で何か進展があったのだろうか。それならなお一層、怜央が側にいて欲しかった。新堂は依然頭の中に怜央の事を思い浮かべながら電話を取る。 「お電話変わりました、新堂です」 「鶴橋です。先日は御門に関する情報提供有り難うございます」 「いえいえ。それに、あの写真を出したのは俺ではなくて怜央ですから」 「その御門のことなのですが、奴が住んでいると思われるマンションがわかりました。今から任意で引っ張るために向かおうと思うのですが、ご協力いただけますか」 「それは構いませんが、怜央が戻ってきてなくて……」  その時、電話越しに大谷のものと思われる青年の声が響いた。 「ん……? あれって、怜央くんじゃ……」 「本当だ……怜央くんが御門の住んでいると思われるマンションに入っていくんですが、何か聞いていますか?」 「なんだって……!?」  怜央は今、前の現場に忘れ物を取りに――いや、もしも怜央が、御門の連絡先を知っていてそれを黙っていたとしたら。過去の因縁を晴らすため、自分一人で御門の件を解決しようとしていたら。 「今すぐそちらに向かいます。住所を教えて貰っても良いですか?」  新堂は鶴橋から聞いた住所を直ぐにスマートフォンのマップに打ち込む。マップ上にピンが立てられると直ぐに電話を切り事務所を飛び出そうとした。 「どうしたんだ新堂。そんなに慌てて」 「鏑木さん! 怜央が、御門の家に一人で行っちまったみたいで」 「御門の家に?!」 「俺、とりあえず行ってきます!」 「俺達も後から追う。気をつけろよ。怜央は御門のお気に入りだ。あの男、怜央に何するかわからねぇ」  ほぼ怒鳴るような声で返事をすると、新堂は勢いよく事務所を飛び出し、愛車の待つ駐輪場へと向かった。 「怜央、無事でいてくれよ……!」  必死に祈りながらバイクに跨がり、新堂は勢いよくエンジンをかけた。  新堂がバイクでSGSを飛び出した頃、怜央はマンションのとある部屋の前に立っていた。インターフォンを鳴らせば待つ暇さえなく玄関の扉が開く。中から現われたのは薄ら笑いを浮かべる長髪で細身の男性。 「怜央、久しぶりじゃないか。五、六年ぶりかな?」 「お久しぶりです、御門さん。今日はお話があって参りました」 「君はいまSGSにいるんだっけ。じゃあ、話したいって内容も大方予想がつく。薬のことだろう?」  飄々とした口調で話す御門に怜央は眉を吊り上がらせた。 「……わかっていてあなたは平然と僕にこの場所を教えたんですか」 「驚いた。怜央、君、野生化もしていないのに感情の吐出が出来るようになったのかい?」 「感情は人間が本来持ち、制限がなく表出されるべきものです。それを抑制していたあなたが何を、」 「はいはい、悪かったって。中に入りなよ。話しはそこでしよう」  怜央は顔を顰めると玄関前で一拍おき、部屋の中へと入っていった。  室内は研究に使っているのであろう道具や薬剤で溢れかえっている。この空間自体が違法空間なのだと思うと、怜央は軽く吐き気さえ覚えた。 「何か飲み物でも飲むかい?」 「いりません」 「何も混ぜやしないよ。確かに、この薬を使ったら君がどうなるのかは見たいけれどね」 「あの研究はタワー外部に持ち出さない約束だったはずです」 「独自に作っていた薬が結果としてセンチネルに野生化によく似た症状を引き起こさせる薬になっただけだよ」  ああ言えばこう言う。それに苛立ち舌を打てば、そんな様子も御門は楽しんでいるようだった。これでは埒が明かない。怜央は単刀直入に切り出す。 「岡崎さんに薬を投与した理由は何ですか」 「岡崎……誰だい、それ。何人目?」 「まさか、複数名にあの薬を使ったのか」 「口が悪くなってるよ、怜央。ちゃんと敬語は教えてあげただろう。目上の人には丁寧な言葉遣いをしないと」 「今のあなたは目上の人でも何でもない。唯の狂った犯罪者だ」 「大発明家と呼んでほしいね。怜央と研究をしていたときより副作用も少なく効果にも持続性がある薬を作ることが出来たんだ。これを使えば凶暴かつ頑丈な生物兵器を生み出すことが出来る」 「何のためにそんなことを」 「お金と名誉のため。こういう技術はね、世界各国の様々な人がほしがるんだ。テロとか戦争のためなんかにね」 「……外道」  何を言われても御門は笑顔を見せ続ける。これは研究所時代から変わらぬそぶりで、怜央はそれが酷く恐ろしく、大嫌いだった。 「この研究にも苦労してるんだ。センチネルを探し出すのは楽だけど、優秀なセンチネルが見つからなくてね。やっぱり能力が高くて何より強くて凶暴なスピリットアニマルを持ってるセンチネルじゃなきゃ例えば、怜央。君とかね」 「どういう意味だ」 「ねぇ、怜央。また僕と組まないかい? 僕は君が大好きだからね。君はどのセンチネルより優秀だ。力を覚醒できたら、SGSどころかもっと色んな所で活躍が出来る。そして何より、僕の無差別実験を止めることが出来るよ」  悪意にまみれた夢物語を聞いて怜央は溜息を吐く。そして「わかりました」と呟いて――ジャケットの中から拳銃を抜いた。 「やはり、あなたを野放しにして置くわけにはいかない」 「物騒だな。お父さんにそんなもの突きつけて良いのかな?」 「あなたは僕の父親ではない。さっきも言ったが、唯の犯罪者だ」  引き金を引こうとした、その刹那。玄関の扉の開く音がする。開け放たれた入口からは怜央が一番好きで、今最も聞きたくなかった声が聞こえた。 「怜央!」 「景さん……?!」  想像より遥かに早くやってきた声に驚き、怜央が振り返ると同時に御門が怜央の身体を蹴りつける。「しまった」と声に出したときにはもう遅く、怜央の身体は床に倒れ、拳銃は御門の手に渡ってしまっていた。伊達にタワーで研究員を務めていたわけではない御門は、センチネルの暴走に備え訓練していたことを怜央は覚えていたはずだった。だが、咄嗟に動けなかった怜央はそのまま御門の腕の中へと捕らえられた。 「てめぇ!」 「残念だったね、怜央。せっかく一人で乗り込んできたのに、僕を殺す計画が潰れてしまって。悲しいだろう? 僕も、君がガラクタになってしまったときには心底悲しかったよ」 「黙れ。怜央をガラクタ呼ばわりするんじゃねぇよ!」 「ダメです、景さん! あなたが、手を汚しては」 「そうだね、僕もそっちのよく知らない奴には殺されたくない。かといって、警察っぽい人もわらわら湧いてきたしなぁ……しかたない」  御門の身体が動く僅かな音がする。だが、パニック状態の怜央の耳にはその音が全くの無音に聞こえた。  身体が、動かなかった。 「君に殺して貰って、僕の研究をみんなに認めて貰うことにするよ」  御門はポケットに拳銃をしまう。一瞬出来た隙の中へ入ることも許さず御門はポケットから何やら注射器を取り出すと、素早く怜央の腕に突き刺した。体内に液体が流し込まれる。不快な感覚と共に、怜央の脳内には在りし日の記憶がフラッシュバックした。今なら御門の腕を振り払えるはずなのに、恐怖で身体の力が抜け、息がうまく出来なくなる。 「この野郎! 怜央に何をした!」 「言わないとわからないかい? もう察してはいると思うけど」  嘲り笑う、耳障りな音が辺りに響いた。今すぐ発砲してもよかったが、奴の腕の中には怜央がいる。新堂には威嚇する事しか出来なかった。 「怜央、しっかりしろ!」 「うるさいな。外野は引っ込んでいてよ」  気怠げに吐き捨てると、御門はポケットを弄り、新堂に向かって取り出したそれの口を向けた。 「やめ、」  怜央が静止する間もなく引き金が引かれる。銃弾は新堂の――頬を僅かに掠めた。銃に関しては素人なのだろう。弾のかすった場所からはスッと血が滴った。傷は浅い。だが、その傷を見て怜央が「ひゅっ」と喉を鳴らす音が新堂の耳には鮮明に聞こえた。 「れお――」  名前を呼ぶが新堂の声より大きな咆哮が木霊した。  野生化に、傷の深さが関係あるはずがない。トリガーはガイドが傷つけられたか否かなのだ。  怜央は勢いよく御門を蹴り飛ばし新堂の前に出る。  新堂自身、野生化したセンチネルを見たことは初めてではない。SGSの任務先だけではなくタワーに居た頃にも野生化したセンチネルを見たことがある。だが、今目の前に居る怜央は今まで見たことのある野生化したセンチネルとは全く違う風貌をしていた。  唸り声を上げる口から覗く鋭い牙。大きく根深くなったネコ科のそれのような手。その先に光る鋭利な爪。髪の毛は逆立ちたてがみのように揺れ、鋭い目つきで四つん這いになり威嚇する。その姿は動物の力を取り入れた人間というよりは、まさに獣そのものであった。 「なんだ、これ――」 「あれ、もしかして君ガイドかい。こっちのトリガー引いちゃったね。まあいいや。怜央の本当の姿をお披露目できたし。どうだい。凄いだろう。これがライオンのスピリットアニマルと同化した怜央の姿だよ。実験のおかげで他のセンチネルの野生化に比べてさらに動物の力を引き出せるようになっているんだ。これがセンチネルの人権だの心身への影響だの何だのに引っかかって実験はぽしゃってしまったけどね」  長々と愚痴を垂れる御門の声など新堂には届かない。新堂は身を屈め、怜央に手を伸ばす。その手は小刻みに震えていた。 「怜央。聞こえるか。おい」  焦り混乱する新堂の声を無視して、怜央は後ろ足を蹴り御門の方へ走った。怜央の鋭い爪と牙が御門に迫る。それを受け入れるように御門は腕を広げた。 「やめろ、怜央!」  新堂の叫び声に、一瞬怜央は耳を動かすと床に着地し動きを止める。だが、御門が僅かに動くと直ぐに御門に向かい牙をむいた。  怜央が御門に飛びかかろうと身を屈める。その瞬間、新堂は床を蹴り上げた。  怜央の身体が伸び上がる。  だが、その身体が御門に届くことはなく、怜央は転ぶように床につっぷした。  暴れる怜央の身体。その上に覆い被さっていたのは新堂だった。 「え、君、何邪魔してるんだい」  軽蔑さえも見える御門の顔を新堂は睨み上げる。ものすごい剣幕を向ける新堂の表情はまさに背後に佇むクロヒョウと同じであった。 「さっきの怜央じゃねぇけどな、怜央の手がお前みたいなクソ野郎のせいで汚れるのは癪なんだよ!」  咆哮にも似た声を上げる。新堂は素早く御門に向かって発砲した。飛び出す銃弾。それはまっすぐと御門の右手に命中し、彼の手にあった拳銃は宙を舞って床に落ちた。  御門の右手から溢れた血液が白衣に染みつき床へと滴る。呆然とする彼に新堂達の後にいた鶴橋が吠えた。 「か、確保!」  バタバタと警察が流れ込む。そのまま完全に生気を失った御門は、抵抗することもなくあっさりと警察に連れて行かれてしまった。  囂々たる音が木霊する。新堂は自分の舌でうずくまる怜央の耳を優しく抑えてやった。 「怜央、あいつは捕まったよ。大丈夫。俺はもう大丈夫だ」  新堂は無理矢理、怜央を自分の方へ向かせ抱きしめる。呪文のように「大丈夫」を繰り返す。次第に唸り声は止み、牙も腕も元へと戻っていった。代わりに今度は身体が重くなり痙攣し始める。手足はだらんと垂れ、口元からは喘ぐような呼吸音が漏れ出した。  まずい。既視感のある光景に頭に冷水をかけられたような状態に陥った新堂の元へ鏑木達が駆け寄ってきた。 「大丈夫か、新堂くん」 「……大丈夫です、俺は」 「そうか……それにしても、よくあの短時間で部屋を特定できたな」 「部屋の前にこれが落ちていたんです。多分、怜央が自ら落としたものです」  新堂はポケットの中からSGSのバッジを取り出す。怜央は自分が来ることを信じて目印を置いてくれたのだ。  怜央はいったいどんな思いで御門の部屋に一人で訪れたのか。訊こうとしても怜央は新堂の腕の中で震え続けていた。 「怜央」  新堂が名前を呼んでも怜央は反応しない。  すると、念のためにと現場に来ていた五十嵐が怜央に近づき様子を確認し始めた。脈や熱を測る。次に何やら銃のような形をした装置を取り出し怜央の額にかざすと、症状がわかったらしい。新堂の方へ顔を向けた。 「どうやら、この前と反応は違いますがゾーンに入っていると思われます」 「そんな」 「でも、野生化は治まっていますよ。景くんの愛の力ですね」 「ここでからかうのは止めてください……怜央はどうすれば」 「直ぐにでもガイディングをして貰った方が良いです。焦らなくてもこの状態であれば命の危険はありません。場所を変えましょう。ウチの治療室……より、怜央くんの部屋の方が良いでしょうね。先に怜央くんを連れて帰っておきますので、くれぐれも事故をしないように帰ってきてください」  五十嵐は怜央を連れて行こうと彼の肩に触れようとする。しかし、怜央はその手をはねのけて新堂にしがみついた。力強く抱きついたその手は、新堂から離れる気配を一切見せない。新堂は五十嵐と顔を見合わせると諦めたように息を吐いて微笑んだ。 「俺も一緒に車で帰ります。バイクはあとで取りに来れば良いんで」 「そうですね」  怜央を抱えて立ち上がった瞬間、近くの棚から書類が落ちる。何かの資料だろうか。見てみると、そこには怜央の顔写真と名前、血液型や両親の名前などが記入されている。  明らかにタワーからの持ち出したものではないか。眉を顰めた新堂はある場所に書かれた名前を見て固まった。 「これって――」 「景くん、行くよ」 「新堂、早く」 「……今行きます」  新堂は資料を手に取りたい衝動を抑え、怜央を抱きかかえる。これに関しては後で詳しく本人に訊けば良い。それより今は怜央の体調を安定させることが最優先だ。新堂は鏑木達に続き、部屋を出た。  その後、車内でガイディングを試みた新堂だったが、車のエンジン音すら刺激になるらしく、怜央の意識内に介入することさえ許されなかった。  結局、ガイディングは怜央の部屋で行う事になり、新堂はお姫様抱っこをし、怜央を部屋まで連れ帰った。 「じゃあ、怜央くんが目を覚ましたら呼んで。それまで私達は部屋を覗かないようにするから」 「そんな気を遣ってくれなくても……」 「生憎、私は人の情事を邪魔する趣味も度胸もなくてね。今回の件で、怜央くんはだいぶ傷を負ってしまっただろうし、きっちりしっかり慰めてあげてくれよ」  やはりからかわれている。若干むっとしながら、新堂は五十嵐が出て行くのを見送り、怜央をベッドへ寝かせた。  怜央は、震えは止まっているが、僅かに目を開いて身体は脱力している。何やら夢を見ているようにぼんやりとしながら、怜央は唯新堂の手を握り続けた。 「怜央、聞こえるか?」 「けい……さん」 「今からガイディングする。大丈夫だからな」 「きず、しょうどく」 「こんなの唾つけてりゃ治る。ほら、目を閉じて、俺の声だけ聞いてろ」  怜央はこくりと頷き、素直に目を閉じた。新堂は怜央の手を両手で握りしめ目を閉じる。怜央の中へ、深く潜り込む、怜央を全身で包み込むイメージを浮かべ、共感覚で怜央の心に触れる。  瞬間伝わってきたのは、あの日のような「迷惑をかけている」や「申し訳ない」という思いではなく、新堂のことばかりだった。「景さんが御門に撃たれて殺されてしまったら」「僕が護らないと」「でも、僕の野生化を見て景さんが僕のことを嫌いにったら」「景さんに嫌われたくない」「離れたくない」「景さんを、失いたくない」たくさんの怜央の思いが新堂の中へと流れ込む。その中で、怜央が単独で御門の家に乗り込んだ理由さえも自身のためであったと知った。あまりの思いの深さに溺れそうになりながらも、新堂の中にあったのは計り知れない喜びだ。 『お前の中で、俺の存在はここまで大きくなってたんだな』  テレパスでそう伝えると怜央の身体がピクリと動いた気がした。 『ありがとな、怜央。俺の事を護ってくれて』  野生化はガイドを護るための反応。嫌われるのを怖がっていたのに、新堂を護るために怜央は野生化して身を乗り出したのだ。それを否定しないように、あの猛獣を拒絶しないように新堂は告げる。  身を乗り上げ、新堂は怜央の唇の上にそっと自分の唇を重ねた。自分の思いを、怜央への感謝と愛を乗せながら、何度もキスを繰り返す。音もなく、激しくも深くはならないが互いの存在と熱を確認するには十分すぎる口付け。柔く淡い交わりの中、新堂の背中に手が伸びた。その手の持ち主ははっきりと新堂の名前を呼ぶ。 「景、さん」  その瞬間、新堂は怜央の中で何かが壊れ、弾けたのを感じた。顔色を見るにシールドではないが、何かの「壁」が壊れたのをしっかりと感知する。頭に疑問は残ったが、とにかく今は自分を見つめる怜央に集中する。 「よくこっちに戻って来られたな、怜央」  いいこだ、と精一杯に身体を抱きしめてやる。すると、怜央はまだ何処かぼんやりとした声でつらつらと言葉を溢し出す。 「夢を見ていたのです。ゾーンの中で」 「夢?」 「昔の、例の街中でゾーンを起こして倒れたときの夢です」 「……今その話しをするのか」 「あなただったんですよ」 「え?」  研究所時代。御門に例の薬物を投与された数日後。怜央は研究所の全てが嫌になり、タワーから抜け出した。研究所からほとんど出たことのなかった怜央にとって、初めて見る外の世界は光り輝いて、賑やかで刺激的で、刺激が強すぎた。  唯でさえゾーンに入っていた彼の脳へは大きな負担がかかり、怜央は路地裏に逃げ込むとその場にうずくまった。もう何も見たくない。何も聞きたくない。何も感じたくない。消えてしまいたいほどの衝動に駆られた怜央に誰かが優しく声をかけ、手を伸ばす。ここまではよく夢に見た光景、思い出だった。  だが今日の夢では今まで見えなかった手を差しのばした相手の顔も見えたのだ。黒々とした瞳を持った奥二重。優しく微笑む彼は紛う事なき新堂景その人だった。  新堂は怜央に声をかけながら手を握る。その時感じた暖かさに怜央は直感した。 「その時に思ったのです。「この人が、僕の運命の人なんだ」って。その時必死にあなたの顔だけでも覚えようとしたのです。だからですかね。目覚めた時視覚の能力だけは残っていたのです」 「あの時の――そうか」  学生時代に新堂は一人のセンチネルを助けたことがあった。自分の手を必死に握りながら震えていた彼を、淡く揺れる琥珀色を新堂はひしと「護りたい」と思ったのだ。その感覚は怜央と初めて会ったと思っていたあの日、抱いたものと同じで、自分は怜央に対して変わらず思いを抱き続けていたことに気が付く。 「俺達は本当に運命の番だったんだな」  新堂の言葉に怜央は花咲くような柔らかく美しい笑顔を浮かべた。だが、花を散らせる勢いで怜央の身体が揺れ新堂の方へと倒れ込んでくる。どうやら頭が痛むらしく、怜央は頭を抑えながらに唸り声を上げた。 「まだシールド十分張り切れてないだろ」 「そう、みたいです。何だかクラクラします……眼鏡をかけていても視界が眩しくて……視界だけじゃなくて音も、匂いも、全てがクリアで頭が……」 「野生化がトリガーになって抑制していたはずの能力が解放されたのかもな。ほら」  新堂が指を差す先。そこにはクロと、大きくなりたてがみを纏ったムギの姿があった。ムギが大きくなっても相変わらずの仲のようで二匹は互いを舐め、毛繕いをしあっている。  能力が解放されたことでムギも一気に成長をしたらしい。喜びと驚きでいっぱいになっている怜央に新堂は妖しく笑いかけた。 「つまり、今まで以上にシールド強化の必要があって今まで以上にエネルギーを使うって事だ」  新堂は指先で優しく怜央の頬を撫で、首をくすぐる。その仕草で次にどうすべきかわかったらしい怜央は眼鏡を外すと目を閉じた。おずおずと舌を出す姿は扇情的で、新堂は堪らずその舌を吸い上げた。  初めてのキスから今日まで、いったい何度彼とキスをしただろう。初めは本当にエネルギーの補給だけを目的としていたその行為に、熱情を込めるようになったのはいつからだろうか。  ぼんやりと考えつつ、新堂は己の口の中で怜央をしっとりと包み込んでやる。いつもと変わらぬ思いを、熱を纏いながら。 「――ひぅッ!?」  柔く怜央の舌を噛むと同時に怜央の身体が震え上がった。強く噛みすぎただろうかと口を離せば、怜央は慌てて両手で頬を包む。大丈夫かと新堂が顔をのぞき込めば、怜央は甘い息を漏らしながら震え上がった。 「どうした」 「わか、りません……シールドを補強していたら、何だか、身体が熱くて、甘くて……あと、景さん」 「なんだ?」 「能力、使っていませんか? キスをしているときに」 「いや、ガイディングの時以外の能力利用は控えてる」 「で、でも、」  怜央は濡れた睫毛を震わせ、新堂を見上げた。 「キスを、していると、身体を触れあわせていると、景さんが僕にいっぱい「好き」って……言ってくれているみたいで、幸せで、嬉しくて……こんな風に、景さんの感情が伝わってくるの、ガイディングの時以外初めてで……」  怜央の言葉に新堂はある日、五十嵐に言われた言葉を思い出した。ガイディング無しにシールドを超えて伝わってくる思い。圧倒的な信頼と愛情。 「景さんは、こんなにも、僕のことを、思ってくれていたのですか……?」  壊れたのだ。怜央の「壁」が。 「そう、だよ。お前を愛してるんだ」  新堂はまた怜央にキスをした。頭を両手で掴み、撫でるように髪を掻き乱すと、怜央はピクピクと跳ね上がりながら、震えを抑えるように新堂の身体に抱きついた。  すると、新堂へも怜央から感情が流れてくる。言葉というよりは感覚に近く、新堂の身体は甘く柔らかい――ふかふかの綿菓子か何かに包まれたような心地に包まれた。これが怜央の愛の形だと思うと酷く愛おしい。同時に熱も昂ぶってきた。押しつけられている硬いものに怜央もさすがに笑いを溢した。 「景さんのエッチ」 「それはお前も一緒だろ」 二人は僅かに笑って見つめ合う。 「なぁ、怜央」 「は、い……」 「お前は俺の事どう思ってる? ちゃんと言葉で聞きたい」 「景さんのこと……」  怜央は景の手を強く握りしめた。初めて出会ったあの時のように。 「愛してます。ずっと。出会った日からずっと。景さん、あの日のこと覚えていますか? 僕、キスをするのは婚姻する人とだけって決めているんです」 「あぁ、わかってる」 「まだまだ、センチネルとしても人としても未熟な僕ですが、僕をあなたの番として認めてもらえませんか?」 「未熟とか関係ない。俺は、これからもお前を護り続けるよ」  新堂の言葉に怜央は縋るような声を出し何度も新堂の名前を呼んだ。名前を呼ばれる度に、新堂の頭の中は直で媚薬を垂らされているような熱と快楽を感じ続けるのだった。 ==========  身体の奥をじわりと侵蝕する精が散る感覚。吐く息の熱と脈打つ身体。心地よく、終わることのない波のような悦に包まれ、怜央はぼんやりと目を開いた。瞬間目に入った新堂の黒い瞳をジッと見据え怜央は眼を細めた。 「景さん、死なないでくださいね……僕、もうあなたがいないと生きられない身体になっちゃったんですから。責任をとってください」 「わーってるよ。お前ももう二度とあんな無茶するんじゃねぇぞ。俺だってもう、お前がいないと、生きられねぇんだから」  二人は強く互いの身体を抱きしめ合う。部屋の隅、まるで彼等の真似をするように身体を寄せて眠る二匹のスピリットアニマルの首元にはお揃いの赤い首輪が巻かれていた。

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