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第1話
近未来的な煌めく夜景を対岸に眺めながら、外灘 の歴史的建造物の前で、包文維 はタクシーを降りた。
いわゆる長身痩躯の、スタイルの良い彼に相応しい、ポールスミスのトレッドなダークブルーのスリムスーツに身を包み、靴はブラックのモンクストラップのエルメス、今どきは時間を確認するためではなく、完全にアクセサリーとしての意味しかない腕時計はスイスのパティックフィリップ、それに最新のiPhoneを手にしただけの身軽な姿で、包文維は外灘のビルの最上階にあるルーフトップバーに向かった。
彼が、日常的にこのような高級な「遊び場」を好むような人間なのでは無く、今日は特別に、セレブ専門の精神科医である彼の患者の、誕生パーティーに招待されたためだ。
学生時代から神童と呼ばれた包文維は、国内の難関医大をトップで卒業後、アメリカに留学し、精神医学を修め、セレブ専門のカウンセラーとしての開業ノウハウまで身に着けて帰国した。
今では地元・上海では指折りのセレブ御用達の人気カウンセラーだ。
エレベータに乗ると、シックなジャケットの前を開ける。サラリと払うと、ポールスミスらしい遊び心のある派手な裏地がチラリと覗く。これほど洒落たスーツ姿が似合う精神科医はそうはいない。
エレベータが最上階に泊まり、ドアが開くと、そこはすでに喧騒に包まれた「天堂 」だった。
「やあ!ウィニー、今来たの?」
彼の患者の1人であり、政府高官の一族であり、そして若くして指折りの富豪である青年が声を掛けて来る。
「ジミー、元気そうだね」
文維は、医師らしい知的で上品な笑みを浮かべてジミー・ヤオ青年と握手をした。
ジミーからは薄っすら甘い香りがする。医療用マリファナということになってはいるが、たとえそうでも国内では使用禁止だ。違法薬物に厳格な上海で、こうも堂々とマリファナを吸っているのは、特権意識が強いからと、それなりの強靭なバックがあるからだ。
「ウィニー、久しぶり」
次々と包文維の患者たちが声を掛ける。
実際、彼ら彼女らは、文維のクリニックに予約を入れ、診察室で高級な安楽椅子に座り、時間になると帰って行く「患者」だが、本人たちは文維のことを何でも話を聞いてくれ、自分を否定しない「親友」だと思っている。
今夜のパーティーに限らず、現代社会はそれだけ「病んで」いるのだ、と文維は思った。
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