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36 再会編 恋人1
たまにセラフィンのもとを訪ねてくるジルは看護師の女性の間でわりと人気が高い。黙っていれば長身の美男子、その上アルファの公僕なので、恋人の有無を聞かれたりもっと積極的な者には紹介してほしいと遠回しにお願いされたこともあるほどだ。今この部屋まで通してくれた彼女もちらちらジルの顔を見ながら扉を閉めていった。
「なんだお前か、みたいな顔はやめてくださいよ。今日はちゃんとこっちの用事できたんですから」
ジルはそう言ってわざと茶化しながら警察の身分証をちらつかせ部屋の半ばまでやってきた。いつもよりやけに言い訳じみたことを口にしているから、この間少し喧嘩別れのような空気になってしまったことをジルなりにきにしているようだ。
「ここはお前の管轄地域からは少し外れているんじゃないか?」
そんな風に突き放した言い方をするくせに。セラフィンがジルの顔を見て明らかにほっとしたような笑みを口元に這わせたことに気が付いていた。
「今日は仕事です。こないだのひったくり事件の担当、親友特権で俺になったって次第です」
「それはいくら何でも適当過ぎるだろう? そんなこと可能なのか?」
更に胡散臭そうにセラフィンがため息をつくと、ジルはこれで良く仕事をしているといえるなというような明るい色のラフな私服姿だ。鮮やかな青いズボンのポケットに雑に身分証を突っ込んだ。
「あーはいはい。そんな顔しない。貴方だって自分が中央でどういう扱いを受けるべき人なのか、それぐらいわかっているでしょう? この国で知らない者はいない名家の出だ。お兄様は現役の議員で警察や軍にも顔が効く。その貴方が大親友である俺の管轄で物取りにあおうなんて、俺にとってこんな屈辱ったらないでしょ? そりゃ気合入りますよ」
「大仰だな。それに家のことは関係ないだろ」
「家のことじゃない心当たりがお有りですか?」
書類を端に整えてセラフィンはくるっと振り向くと、ジルは長い脚を持て余すように大きく開いてどっかりと患者用の席に座った。
「お前、警官みたいだな?」
「先生こそ茶化さないでください。俺個人としても貴方に聞きたいことは山ほどありますが……。今は警官としての質問です。こないだヴィオと先生が掴まえたひったくり犯。前科もある男でした。本人が言うには別の人間から依頼されたと。指示した男の素性はわからないそうです」
「結局何が目的だったんだ?」
「先生の鞄のようです。こないだも聞かれたと思いますが、あの日の先生の鞄の中身はなんですか?」
セラフィンは診療用の机の引き出しから鍵の束を取り出して立ち上がる。ジルもそれに続いた。
「直接見た方がいいだろ」
セラフィンについて歩いて行った先は患者が通り抜けできない関係者以外は立ち入り禁止の区域で、軍専門の病棟と繋がっている間にある建物だ。そこにセラフィンの名前が入ったプレートが付いた小さな部屋があり、その中には資料が多く置かれた棚や窓側に机、着替えの入った洋服をかけたり貴重品を入れて置ける鍵付きの棚が午後には日当たりが悪くなる部屋の薄暗がりの中に整然と置かれていた。
「すごい、資料が沢山あるな。お、先生の本発見」
「お前と国中回って集めたフェル族の資料の一部がここにある。自宅に置いたら手狭になったと……。大方はマリアがきた時実家の方に勝手に運ばれてしまったな」
「ああ、マリアさんならやりかねない…… 沢山人連れて取りにきそう」
名門貴族出身のセラフィンには子どもの頃から世話になった元侍女頭の女性が、孫に世話をやくぐらいの甲斐甲斐しい気軽さでたまに家事をしに来るのだ。
「鞄の中身はたいしたことがない。財布、鍵、ハンカチ、ほらこんなところだ」
確かにたいしたものは入っておらず、ジルならばポケットに押し込んで持ち運ぶ程度のものだった。
身なりの良いセラフィンのもつ鞄であれば、ただのひったくりが人気のない下町で狙う分にはあり得そうな話だが、わざわざあの場所で狙うとも思えない。
ヴィオ曰く沢山の人がすでに通っていった通用口を見ながら待ち伏せしていたと。だからやはり誰かに頼まれたという証言は嘘ではなさそうだ。
「となると、鍵、かもな。先生今ここをあけた鍵と他には……」
机の上に鞄を広げて覗き込んでいたため、互いの頭がくっつくほどの距離にセラフィンがいた。顔を上げると出会ってから変らぬ憧れの美貌がジルを僅かに見上げる。廊下に人通りもなく日の差さぬ部屋の中、物音一つしない。
吐息が掛かりそうなほどの久しぶりの距離感に、ジルが思わず顔を寄せようとすると、セラフィンはすっと身体を引き部屋の中を出入口近くまで移動する。
「暗くなってきたから……」
午後は日の差しにくい場所にある資料室は薄暗く、電気をつけようとスイッチに手をかけたセラフィンのその手を、掌の部分は一回り大きい自分の手をジルが後ろから重ね、手首ごと抑え込むようにする。
「なに? んっ」
振り向きざまに口づけて、早急な仕草で唇を舌で割る。手を壁に縫い留めたまま、熱い腔内を味わうがセラフィンはその攻めに応じず、ただされるがままに嵐が過ぎるのを待っていた。
唇を離すと伝う雫をジルは再び唇で拭うようして再び口づけてから顔を離す。覗き込んだ暗がりに色を落とす藍色の瞳は平静そのものなのが悔しいほどだ。
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