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42 再会編 美貌2

「元貴族院議員、ラファエロ・モルス様のご子息よ。お兄様は現貴族院議員のバルク・モルス様。うちのサロンは今でこそ百貨店に出店にもしているけど昔からずっとジブリール様のご生家のお抱えの仕立て屋だったんだから」 「ジブリール?」  思いがけない名前を聞いて、ヴィオは大きな瞳をこぼれんばかりに見開いた。  そうしている間にも素早くマダムがヴィオに似合いそうなシャツを当てていく。 「この濃い紫もとても似合うけれど、ラベンダー色が最高に可愛いわね。少しだけヘリオトロープの濃い色がシャツの織りの中に入っているからいいアクセントになるのよ。パンツは足がとにかく形が良くて細くて長いから調整はいらないわね。白がいいわ。身体にぴったりしていて、でもこの綺麗な褐色よりの肌が少し見えるぐらいの丈がいいわね。靴はどのくらいの大きさがいいかしら。白い革靴持ってきて頂戴」 「あの。聞き間違い出なければ……。ジブリール様っておっしゃいましたか?」 「そうよ。セラフィン様のお母さまの、ジブリール様。自分たちの土地だけを踏んで歩けば国中を回れるというほどの名門貴族ランバート家の一族の出でいらっしゃるのよ。慈善家としても中央ではとても有名な方でらっしゃいますよ」 (ジブリール様って、セラフィン先生のお母さまだったんだ!)  ヴィオにとっては初耳で驚きを通り越して自分の耳に届くかと思うほど心臓音が鳴りやまない。先生から渡されたジブリール様からの季節のおたより。いつも良い匂いのする季節ごとに違う絵柄が織り込まれて素敵な便せんにしたためられていた優しい言葉の数々。思いやりとヴィオを見守る眼差しを感じてお母さまってこんな感じなのかなあとひそかに慕っていた、その人がまさかセラフィンの母親だったとは。 (はあ。もう。住む世界が違う人過ぎて、もうなんだか実感がもてないや)  セラフィンと自分との格差にすっかり委縮してしまい、自信を失ったヴィオは、肩を落としたままセラフィンの前を通って、マダムに引っ張られるままに隣のヘアスタイルを整える方のサロンに連れていかれた。  大きな鏡のある席に座らされて布を巻き付けられてされるがままになっていると、後ろからさらにマダムがあれこれとスタイリストに指示をだす。  ヴィオが何か口を出せる雰囲気ではなったのでじっとしていた。ヴィオの伸ばし放題で腰まであった髪は綺麗に梳かれ、みるみるうちにととのえられていく。冬場寒いからいいや、と腰までの伸びていた長い髪は、背の半ばより上で切りそろえられた。  やや重たかった目にかかるほどだった前髪も眉のあたりで軽めになるよう仕上げてもらい、より彼の大きく印象的な瞳が際立つようになる。  良い香りのするオイルが付けられたら、煤けてみえていたヴィオの髪は艶と豪華なウェーブを取り戻して本来持ち得ていた美しさを十二分に発揮することになった。鏡の中の自分が見違えるようになったことにヴィオが目を見張っていると、なぜだか後ろに映っているマダムとヘアアーティストのものすごくニコニコして上機嫌だ。そのあと二人が共謀してヴィオの髪を上半分あげて、サイドを女学生がするような複雑な模様に編み込み、そこに紫の宝石が輝く小さな花を模した髪飾りをつけてまとめ上げた。 (えーお花の飾り!! 僕男なのに)  流石に少し抵抗を見せてその髪飾りをいじろうとした手をマダムの分厚い掌がぎゅっと握って阻止する。 「瞳の色と同じでしょ? この髪飾りは私からプレゼントさせていただくわね。ほんと、傑作だわ。今日ご注文いただいた分の服ができ上ってきたら、絶対に私の前で着せて見せてもらわないと。私がこちらに出勤の日にお越しいただくように手配しないとね」  大きな壁一面、緞帳の向こうは鏡だったという姿見の前に立たされ、隣でぶつぶつ呟くマダムの迫力に押されながらもヴィオは自分の姿をまじまじと見つめた。  実は里の家にはろくな鏡はなくて(入ってはいけない姉の部屋にはあったかもしれないが)セラフィンの家に姿見はあったが、日頃から全身を見て姿かたちをチェックする習慣がなかったヴィオは、これほど明るい場所で自分の全身をくまなく見たのはこれが初めてだった。  確かにマダムが腕によりをかけたというだけあって、そこに立つ自分の姿はまるで別人のようにも見えた。マダムと並んでも思った以上に背が伸びているようにも感じたし、少し大人っぽく見えた。それがとても嬉しかった。 「僕、結構大きくなってるね」  にっこりふんわり、しかし爽やかでもある笑顔にマダムは胸を撃ち抜かれて、再びヴィオの背を押しながら、すぐさまセラフィンの元まで駆け出していった。  戻ってきたヴィオが見違えるほど美しさを増していることにセラフィンも目を見張って彼を迎え入れる。隣りに並んだヴィオは恥ずかしそうにしているが、そんな貌すら好ましく見えて微笑むセラフィンの姿もとても良い雰囲気を醸し出している。  マダムは直観的に幼いころから知っているこの青年のただならぬ変化を感じ取って彼女にしてはあるまじきほど興奮してまくし立ててしまった。 「セラフィン様! 花嫁衣装を作る時は絶対に私のところに注文をしてくださいね。腕によりをかけ、一番素敵に見える麗しくかつ、可愛らしく清純な衣装をご用意しますわ。とにかく彼は。可愛すぎる、綺麗すぎる、作りたすぎる」 「マダム?」 「は、花嫁衣裳?」  

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