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51 再会編 金色の瞳

 女の高く結い上げた場所から蛇のよう垂れる黒髪とドレスがヴィオの身体を覆い隠すように垂れ、ヴィオの骨ばっているが華奢な手首を上から押さえつつ、そのまま寝台の上で女にのしかかられた。  人生で姉とじゃれあっていた幼いころを覗けば女性にこのような体勢を取られたこともない。恐怖と戸惑いに支配されるヴィオの甘ったるいが何か鼻を僅かに刺激し、腰に来るような官能的な香りが侵略してくた。 (この匂い、あの時のに似てる)  ヴィオが思い起こしたのは、学校の宿舎で先生が番になった時のあの時の香り。アルファであるカレブさんが放っていたほうのそれに似ている気がした。セラフィンのように心安らぐそれではなくて、身体に絡みつくようなそれはヴィオにとってはただただ畏怖の対象としか思えなかった。  もう一方の手でセラフィンに買ってもらったラベンダー色のシャツを襟元からどんどん緩められ大きくがばっと開かれる。素肌がひやりとした宵の空気に触れ、心細さがさらに増した。  流石に女の子のように声を上げることは控えたヴィオだが、女の大きな掌がヴィオの腹から胸を撫でまわすことにより、二の腕の辺りまでゾクゾクっと鳥肌が立ってきた。 「若くて綺麗な身体。柔らかな筋肉が付いた引き締まった腹筋も、薄い色の胸の飾りも本当に美しいわ。皮膚も柔らかくって、甘そう。まだ誰にも触れられたことがないのね? 」  つつっといやらしく指先で乳首をこねられ、ヴィオは頭が真っ白になったのち、腰を跳ね上げて抵抗した。自分がとても無力な子供に戻ったような心地に、悔しくて涙がまた零れる。 「触らないで」  か細い懇願にそそられながらも女は絶対に獲物が逃げないとわかっているのか、逆に緩慢なほどの仕草でヴィオの身体を撫でまわし、足の間のあらぬ部分にまで手を伸ばそうとする。ヴィオは必死で腰をよじって逃げようとした。 だが今度は巧みに足を割ってのしかかられてしまい身動きは依然できないままだ。  女の熱い息が耳にかかり、耳朶と穴の周りをぴちゃぴちゃと舐りながら囁かれる。 「ヴィオ。貴方発情期を迎えたことはある?」 「離して! やだやだ! 先生! セラフィン先生!!」  必死でセラフィンの名前を呼びながらヴィオはついに大声で喚いた。  ヴィオはベラに膝で持って股間をぐりぐりと押され、その直接的かつ卑猥な刺激に耐えながらなんとかもう片方の手で彼女の肩を押し返し、彼女の侵略を拒もうと必死だ。しかし日頃より全く力がこもらないへにゃっとしたその抵抗は女に鼻でせせら笑われてしまった。面倒くさそうに腕を払われると、その手もまとめて頭の上で女の右手に括られた。 「身体がどんどん熱くなって、自分ではどうしようもないほどの激しい性衝動と相手を自分の物にしたい欲求で身体が食い破られそうなほど。でもその飢餓が満たされたときは途方もない快感が得られるわ。試してみる?」 「あ、貴女は、そんな……」 「貴方と同じ、希少で有名な、女のアルファよ。誰の番にもなっていない男のオメガと出会えるなんて光栄だわ」  ここまで来てやっとヴィオは得心が言ったのだ。抑制剤の切れかかったヴィオをセラフィンが部屋に閉じこもるように指示した意味が。 (この人も、先生もアルファだったからだ……。なのに僕は先生の言いつけを守れなかった)  セラフィンと付き合っていたからてっきりオメガかベータだと思い込んでいて、この世に僅かしかいない女性のアルファである可能性をすっかり失念していた。  未熟なオメガであるヴィオの無知無防備どちらも極まりないという悪いところが前面に出た結果になってしまった。 (これって、やっぱり、まずい状態?)  ここにきてやっとヴィオも自分の置かれている危険な状況に思い当たった。  パーツの大きな造作が華やかな顔で女は嫣然と嗤い、ヴィオの唇を奪いにきたのでそれがどうしてもいやで反射的に顔をそむける。 「やっぱり、貴方、発情期もまだのオメガね? いくら嫌だからって首をわざわざ差し出すなんて本当に可愛いことしてくれるのね?」  ヴィオはそう揶揄われて泣きそうになる。脳裏に『獣性』という単語が蘇り、ヴィオは先日ひったくり犯と対面した時のようにその力を開放しようと意識を集中する。  ざわざわと総毛が立つように力が漲り、視野が明るくなっていくのは瞳の色と瞳孔が変化して暗がりでもよく見えるようになるためだ。  目前にヴィオの瞳を先ほどのように興奮気味に微笑み、見下ろしてくるベラの淫蕩な表情がありありと見て取れた。 「なんて素晴らしいの、獣性を開放した瞳、まるで大地の女神の持つ黄金の麦の穂みたい。神聖な輝き……。フェロモンもずっと甘く濃くなるのね? ああ、その張りのある綺麗な首筋、噛みつきたい。たまらないわ」   そういってにやりと笑った真っ赤な口元にはヴィオの父にもあり見慣れたアルファの犬歯が白く光るのがみてとれた。急に恐ろしくなったヴィオは集中力を切らして全身の力をすっと抜くと、逆に今度は波が寄せ返すように相手のフェロモンを吸い込んでしまう。一気に全身の力が抜けて下腹部がずんっと重くなる心地が広がり、酒に酔った時のような酩酊感とむずがゆいほどの疼きが下肢に広がり、ヴィオは海綿よりぐにゃぐにゃになったわが身を柔らかな寝台に預けた。  ぽってりと赤い唇を半ば開き、瞼を落としたその無防備な媚態は女の中のアルファ性を刺激するにはぴったりだった。 「もう、どうにでもしてほしいって感じの蕩けた顔ね。ヴィーオ? セラフィンと同じぐらい優しく、丁寧に、大事に、抱いてあげる」  ベラがヴィオの脈打つ首筋に真っ赤な唇を多く開いて押し当てようとしたとき、不意に寝台の下から白い手が伸びてきて彼女のドレスを引き裂くような強さでグイっと引かれる。 「……ベラ、もういいでしょう。やめてください」  続けて寝台に腕をつき、ぐっと力を入れて起き上がる。目を醒ましたセラフィンがまだ自由に動かぬ身体を気力で立て直したのだ。

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